第31話
文字数 959文字
*
後ろから「三奈ちゃん!」と大きな声で呼びとめられた。
振り返ると富田が手招きをしている。
ぼくは思わず三奈の手を握った。
富田がもう一度三奈の名前を呼んだ。
「美沙子さんもいるし、河辺さんたちもいるから行ってくる」
三奈はぼくが掴んだ手をそっと外して、富田のほうへ行った。
手招きした富田が、三奈のほうに顔を近づけて耳元でささやいている。
ぼくは、三奈を連れ戻そうと歩きだした。
しかし、挑むような富田の視線と目が合うと足が止まった。
小走りに戻ってきた三奈は紙袋を持っていた。
「美沙子さんに、渡してって頼まれたの」
受け取ると、中を見ないでもスニーカーだとわかった。
「富田さんから、『あなたが逃げたことは許す』と伝えて欲しいと頼まれたの。
「……」
「逃げたって、何があったの?」
「……話せない」
富田に頼まれて、美沙子さんと三人でセックスをすることから逃げたことを、どう言えばいいのか……。
「あなたがわからない。どうして隠すのよ」
三奈はそう言うと黙ってしまった。
河辺さんに先に帰るとことわって、ぼくたちは、表通りに面した喫茶店に入った。
椅子に座った三奈の目が話してと促す。
ぼくは説明を試みようとするけど言葉が出てこない。
どう伝えればいいのか。軽い調子でなら話せるかも。
「村上龍が芥川賞を取ってから、富田がちょっとおかしくなったことは感じているだろ」
「前から変わっていたから、特に思っていないけど」
「美沙子さんの家でさ」
ぼくが言い淀んでいると、三奈がきっぱりと言った」
「この前読んだ小説のモデルは、美沙子さんでしょ」
「次の小説を書くために。一緒にセックスをしようと誘われたんだ」
口に出してしまった。
「何を言ってるのか、わかんない」
そう言って唇を歪ませた。それは三奈が、今まで見せたことのない表情だった。
「だから、富田は小説を書くためなら、何でもするんだ」
「あなたが断ったことを、富田さんが逃げたといってるの?」
「そうだと思う」
三奈にわかってもらえたと思った。
「あなたは何から逃げたの?」
「……」
意外な質問に驚いてしまった。
いったい、ぼくは何から逃げたのだろう。
三奈は目の前にいるのに遠くに感じる。
息を詰めて三奈を見ていた。まるで息をしたら三奈が消えてしまうようで、ぼくは呼吸が出来なかった。
後ろから「三奈ちゃん!」と大きな声で呼びとめられた。
振り返ると富田が手招きをしている。
ぼくは思わず三奈の手を握った。
富田がもう一度三奈の名前を呼んだ。
「美沙子さんもいるし、河辺さんたちもいるから行ってくる」
三奈はぼくが掴んだ手をそっと外して、富田のほうへ行った。
手招きした富田が、三奈のほうに顔を近づけて耳元でささやいている。
ぼくは、三奈を連れ戻そうと歩きだした。
しかし、挑むような富田の視線と目が合うと足が止まった。
小走りに戻ってきた三奈は紙袋を持っていた。
「美沙子さんに、渡してって頼まれたの」
受け取ると、中を見ないでもスニーカーだとわかった。
「富田さんから、『あなたが逃げたことは許す』と伝えて欲しいと頼まれたの。
「……」
「逃げたって、何があったの?」
「……話せない」
富田に頼まれて、美沙子さんと三人でセックスをすることから逃げたことを、どう言えばいいのか……。
「あなたがわからない。どうして隠すのよ」
三奈はそう言うと黙ってしまった。
河辺さんに先に帰るとことわって、ぼくたちは、表通りに面した喫茶店に入った。
椅子に座った三奈の目が話してと促す。
ぼくは説明を試みようとするけど言葉が出てこない。
どう伝えればいいのか。軽い調子でなら話せるかも。
「村上龍が芥川賞を取ってから、富田がちょっとおかしくなったことは感じているだろ」
「前から変わっていたから、特に思っていないけど」
「美沙子さんの家でさ」
ぼくが言い淀んでいると、三奈がきっぱりと言った」
「この前読んだ小説のモデルは、美沙子さんでしょ」
「次の小説を書くために。一緒にセックスをしようと誘われたんだ」
口に出してしまった。
「何を言ってるのか、わかんない」
そう言って唇を歪ませた。それは三奈が、今まで見せたことのない表情だった。
「だから、富田は小説を書くためなら、何でもするんだ」
「あなたが断ったことを、富田さんが逃げたといってるの?」
「そうだと思う」
三奈にわかってもらえたと思った。
「あなたは何から逃げたの?」
「……」
意外な質問に驚いてしまった。
いったい、ぼくは何から逃げたのだろう。
三奈は目の前にいるのに遠くに感じる。
息を詰めて三奈を見ていた。まるで息をしたら三奈が消えてしまうようで、ぼくは呼吸が出来なかった。