第29話
文字数 1,190文字
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5
七月五日に村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が、第七十五回芥川龍之介賞を受賞したことが発表された。
富田がぼくの部屋でマージャンをする度に、「ぼくは、村上龍が芥川賞を取るって言ってましたよね」と確認を強いてくる。
「そうそう、この耳で聞いた、たしかに聞いた」
「選評が『文藝春秋』の九月号に載るから、どんな評価をしたのか楽しみだな」
ぼくや高橋は新しい才能が出て来たことを素直に喜んでいた。
ところが、富田は「あの小説は、俺が書くべきだった」と言い始めた。
彼の中で何が変わったのかわからないけど、ぼくには嫉妬心の塊(かたま)のように思えた。
*
富田がぼくの部屋を訪れて、これから三鷹の美奈子さんの家に来て欲しいと言った。
「気乗りはしないな。この前のこともあるしさ」
「だからお詫びに、ご馳走をさせてください」
ぼくは富田に連行されるようにして、美奈子さんの家へ行った。
出迎えた美沙子さんは露出の少ない服装だったけど、ぼくはこの前と同じように緊張した。
い部屋に大きな座卓が出してあって、食事の用意もしてあった。
「わたしは酒を飲まない男を信じないのよ」
そう言って、一升瓶を座卓に置いた。
ぼくは、美沙子さんの前で、ほとんど硬直したようになっていた。
庭のテラスに西日が強く射し込んでいる。
ぼくは富田と二人でテラスの床にじかに座りこんで飲んだ。
富田はいま書いている小説のことで悩んでいると言った。
「セックスを通して主人公と女性の繋がりを書いているけど、それだと読み手は描かれている女性の痴態のほうに興味を持ってしまう。それは筆力があるということだけど、本質的な人と人の繋がりが隠れてしまう。そのあたりを考えたらいいんじゃないかな」
少し酔ったこともあって、富田にアドバイスをした。
「俺に協力してくれますか?」
「ぼくでよかったら、遠慮なく言ってくれ」
「浦山さんも一緒に来て欲しいんです」
奥の部屋を目で示した。
「美沙子は了承してくれています」
ぼくには、富田が小説を書くために、三人でセックスをしようと考えていることがわかった。
「いやだ、断る」
「じゃぁ、もっと飲んでから来てください」
そう言って、富田は部屋に入って、襖を開けたまま美沙子さんとセックスを始めた。
ぼくは二人の嬌声を聴きながら、しばらく酒を飲んでいたが馬鹿らしくなって立ち上がった。
玄関にぼくのスニーカーがなかった。
「協力するって、言ってくれたじゃないですか」
後ろからの声で振り向くと、富田が全裸で立っていた。
陰毛を剃ってあるペニスが勃起している。
「お前は間違ってる。人殺しの小説を書くために、人を殺さないだろ」
「俺はやるかもしれません」
富田が唇を舐めて「ケケケッ」と笑った。
「スニーカーを隠すなんて、子どもっぽい真似するな」
「今日は泊まってください」
そう言うと、富田は再び奥の部屋に入って行った。
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七月五日に村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が、第七十五回芥川龍之介賞を受賞したことが発表された。
富田がぼくの部屋でマージャンをする度に、「ぼくは、村上龍が芥川賞を取るって言ってましたよね」と確認を強いてくる。
「そうそう、この耳で聞いた、たしかに聞いた」
「選評が『文藝春秋』の九月号に載るから、どんな評価をしたのか楽しみだな」
ぼくや高橋は新しい才能が出て来たことを素直に喜んでいた。
ところが、富田は「あの小説は、俺が書くべきだった」と言い始めた。
彼の中で何が変わったのかわからないけど、ぼくには嫉妬心の塊(かたま)のように思えた。
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富田がぼくの部屋を訪れて、これから三鷹の美奈子さんの家に来て欲しいと言った。
「気乗りはしないな。この前のこともあるしさ」
「だからお詫びに、ご馳走をさせてください」
ぼくは富田に連行されるようにして、美奈子さんの家へ行った。
出迎えた美沙子さんは露出の少ない服装だったけど、ぼくはこの前と同じように緊張した。
い部屋に大きな座卓が出してあって、食事の用意もしてあった。
「わたしは酒を飲まない男を信じないのよ」
そう言って、一升瓶を座卓に置いた。
ぼくは、美沙子さんの前で、ほとんど硬直したようになっていた。
庭のテラスに西日が強く射し込んでいる。
ぼくは富田と二人でテラスの床にじかに座りこんで飲んだ。
富田はいま書いている小説のことで悩んでいると言った。
「セックスを通して主人公と女性の繋がりを書いているけど、それだと読み手は描かれている女性の痴態のほうに興味を持ってしまう。それは筆力があるということだけど、本質的な人と人の繋がりが隠れてしまう。そのあたりを考えたらいいんじゃないかな」
少し酔ったこともあって、富田にアドバイスをした。
「俺に協力してくれますか?」
「ぼくでよかったら、遠慮なく言ってくれ」
「浦山さんも一緒に来て欲しいんです」
奥の部屋を目で示した。
「美沙子は了承してくれています」
ぼくには、富田が小説を書くために、三人でセックスをしようと考えていることがわかった。
「いやだ、断る」
「じゃぁ、もっと飲んでから来てください」
そう言って、富田は部屋に入って、襖を開けたまま美沙子さんとセックスを始めた。
ぼくは二人の嬌声を聴きながら、しばらく酒を飲んでいたが馬鹿らしくなって立ち上がった。
玄関にぼくのスニーカーがなかった。
「協力するって、言ってくれたじゃないですか」
後ろからの声で振り向くと、富田が全裸で立っていた。
陰毛を剃ってあるペニスが勃起している。
「お前は間違ってる。人殺しの小説を書くために、人を殺さないだろ」
「俺はやるかもしれません」
富田が唇を舐めて「ケケケッ」と笑った。
「スニーカーを隠すなんて、子どもっぽい真似するな」
「今日は泊まってください」
そう言うと、富田は再び奥の部屋に入って行った。