第21話  咲雪のいるところ。 8 

文字数 1,004文字


 咲雪さんの身体の外に放出してからも、キスをしたり身体を撫であったりした。
「ベニスには意志はあっても思想はないね」
 咲雪さんは、ぼくの固くなったペニスを握ったまま、いたずらっぽく笑った。
「あたしと結婚する気ってある?」
「えっ?」
「ドッキリは無し。マジよ」
「……」胃袋が引っくり返りそうだ。ぼくは眼をそらせて息を吐いた。
「即答できないってことは、イヤだと言っているのと同じよ」
 ぼくの柔らかくなったペニスを引っ張る。
「あたし、きっと妊娠しているの。父親が必要なの」
「それって、ぼくを好きってことじゃないよね」
 身体を起こして、咲雪さんの上に乗る。
「うたはるとでいいと思ったってことは、好きと同じことよ」
「でも、愛ではないよね」
「クックック。うたはるとって、楽しい人だね」
 ぼくとしては笑える話じゃない。初めてSEXを体験して、いきなり父親になる展開は漫画でも有り得ない。迷宮の扉を開けたとたんに、閉じ込められた感じだ。
「病院へ行って、確認する必要があるよ」
 ぼくの勧めに咲雪さんが応じた。誰かに背中を押してもらいたかったようだ。

 カーテンを透過した日差しが、咲雪さんの寝顔に降り注ぐ。
 柔らかそうな頬にキスをする。
 起こさないようにこっそりと、部屋を抜け出した。
 アパートに戻って、草津さんから貰った中で一番気に入っているストライプのシャツを着る。 
 お金をかき集めても二万円に満たない。
 それをジーンズのポケットに押し込んだ。
 急いで咲雪さんの部屋に戻った。

「逃げたと思ったわ」
「今日はぼくが咲雪さんを病院まで連行する監視役だ」
「クックック。うたはるとって、優しい人だね」
「扱い易い人って意味でしょ」
「なかなか言うようになったわね」
 咲雪さんはぼくの頭に、ブルー地のバンダナを巻いてくれた。

 近くは嫌だと咲雪さんが言ったので、池袋まで出ることになった。
 電車に乗るのは久し振りだ。
「これって、初めてのデートだね」
 隣に座っている咲雪さんの耳元で言うと、眉を上げて睨んできた。
「そのネッカチーフ似合うよ」
 ぼくのバンダナに合わした様な薄いブルーを首に巻いていた。
「これよ」
 咲雪さんはネッカチーフを少しずらした。
 赤く内出血したような跡がある。
「うたはるとがつけたキスマーク」
 その言葉を聴いた左の耳から、熱が顔に広がる。
 ぼくは池袋駅に着くまで下を向いていた。赤くなっている顔を、誰にも見られたくなかった。

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