第14話

文字数 1,182文字

*
「窓際に歩いていくと、すうっと身体が沈むんだよ。気持ちが悪いんだけど、何か違う世界へいくような不思議な感じがする」
 河辺さんが文学的にフォローしてくれた。
「ぼくの部屋を、心霊スポットみたいに言わないでほしいな」
「沈むことが分かっていても面白いもんな」
 笑いながら高橋も言った。
「わたし、興味があります」
「えっ!」
 同時に驚いたぼくたちは、同じ反応をしたことで同時に笑った。

 風が収まって薄暗くなったので、庭に出て花火をした。
 それぞれが手に持った花火を、次々とライターで火をつけていく。
 富田と高橋は、お互いの身体に花火を向けて騒いだ。
 ぼくは三奈の手の先から、一瞬の輝きを描いて消えていく花火を見ていた。
 河辺さんが、燃え残った細い棒を集めて足で踏んで消すと。あたりに立ち込めていた火薬のにおいが、ゆるやかに夕闇に溶けていった。

 中通りを歩きながら、ぼくは三奈に補足説明をした。
「河辺さんは二十六歳で東京が地元、高橋は二十三歳で青森出身、富田は二十一歳で千葉出身、そして、ぼくが二十四歳で出身は滋賀県」
「わたし、富田さん怖いです」
「いつもよりはハイテンションだったけど、村上龍のショックが大きかったんだと思う」
「富田さんの話をずっと聞いてあげているのって、浦山さんは優しいです。会社にいた時とは、全く違うから驚いてます」
「会社では、友だちを作れないと思っていたから」
「みんな本音で喋って、ダベっているからすごいと思います」
 そこはダベるじゃなくて、喋るでいいんだけど、訂正はしなかった。

 もうすぐ不動産会社だというところで、三奈に確かめた。
「本当に部屋を見たいの? びっくりすると思うよ」
「今日はびっくり続きで慣れました。だから大丈夫です」
 ちょうど、中井さんが不動産会社のドアを閉めているところだった。ぼくが軽く頭を下げると、三奈も同じようにした。
 細い通路に入りかけた時、中井さんに呼び止められた。
「ちょっと、ちょっと、部屋へ行くのかい」
「そうですけど」
「お嬢ちゃんも一緒にか」
 三奈がうなずいた。
「じゃあ、道が暗いから、明かるくしてあげるよ」
「いいですよ。慣れてますから」
「お嬢ちゃんへのサービスだ。その代わり、五分で戻ってくるんだよ。若い娘さんが長居するような部屋じゃないから」
「中井さん。ぼくは変なことしないから、帰ってくださいよ」
 三奈は何も言わないで、肩をすくめて微笑んだ。
「駄目、だめ。そう思っててもしちゃうんだよ。男ってもんは」
「わたしは、浦山さんをそんな風に思わないです」
 三奈が加勢してくれた。
「駄目、だめ。遅れたら部屋代を倍にしちゃうからね」
 中井さんが会社に入って電気をつけた。
 三カ所の窓の照明がついて、明るくなった通路を進んでアパートに入った。
 共同トイレの消毒液の臭気が、朝より薄まっていた。

 ぼくの部屋のドアを引く。

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