第16話  

文字数 1,149文字




 池袋駅の人混みを抜けて、ぼくは三奈と映画館が並んでいる明治通りに出た。
『池袋東急』『池袋スカラ座』『池袋日勝』『日勝文化』『日勝地下』の看板を見ながら歩く。 
 洋画や邦画の二番館で、中には、ピンク映画専門館などがある。
「映画館が池袋には十七館、新宿には倍の三十四館あるんだ。ぼくが行くのは、名画座とか、二本、三本上映している映画館ばかりだけど」
「本当に映画が好きなんですね」
「新宿の映画館へ行った時に、隣の男の人が太ももを触って来て、びっくりしたことがあった」
「髪の毛が長かくて、女の人に間違えられたんですか?」
「そうじゃないんだよ。後で知ったんだけど、その映画館は男と男の出逢いの場所として有名だったんだ」
「それで、浦山さんはどうしたんですか?」
「手を払ったけど、しつこく触ってきたから席を移ったんだ。観たい映画だったので外に出る気はなかった。そしたら、その男も付いてきてさ。仕方がないから、映画の後で付き合うって言ったんだ」
「付き合うって、それは……」
「喫茶店に入ってダベっただけさ。コーヒーをおごってもらった」
「ダベったって、お喋りしたんですね。浦山さんは、変な人を引き付ける魅力があるんですね」
 ぼくは、三奈もずいぶん変な人だと思った。

 明治通りから一本目の筋を左に曲がって、通称『文芸坐通り』に入る。
 青江三奈の『池袋の夜』が流れてきそうな歓楽街の雰囲気だ。
 パチンコ屋やヌードスタジオ、のぞき部屋、そしてストリップのミカド劇場、この先に『文芸坐』と『文芸地下』がある。

 文芸坐は洋画専門、文芸地下は邦画専門の名画座で、いつも二本上映をしている。両館とも俳優特集や監督特集。無名の作品を選んでテーマ別にプログラムを組んでいた。邦画専門の文芸地下では、俳優や監督などのトークイベントも開催している。
 入れ替えなしなので、入場料の二百五十円を払えば、一日中観ることも出来た。

「この界隈は風俗店がひしめいているから、女性一人だとかなり歩きにくいだろうな」
「そんなこと、ないです」
「映画が終わった帰りは、ちょっと女性には厳しいかもな。客引きや酔っぱらったおじさんが多いから、絡まれるよ」
 三奈が顔をきょろきょろと動かすとポニーテールが大きく揺れた。
「ポニーテールを頭のてっぺんで結べば大丈夫かもな」
「その冗談は笑えません」
「オールナイトで映画を観た帰りにここを通ると、仕事帰りのけばけばしいお姉さんと一緒になったりするよ」
「オールナイトって何本ぐらい映画を観るんですか?」
「上演時間によって違うんだけど、四、五本だよ」
「だから、一か月で百十一本も観ることが出来たのですね」
「毎週通ったよ。オールナイトだと、どうしても寝てしまうんだけどさ、目が覚めた瞬間に、映画の中にいるのっていいんだよな」

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