第24話  ぼくと咲雪のいるところ。 2 

文字数 1,167文字


 黒川さんが「特製チャーハンを作り過ぎたから食べろ」と、お皿に盛ってくれた。黒川さんはフライパンにスプーンを突っ込んで食べ始めた。
 他の人は帰ったけど、ぼくのことを気遣って残ってくれているようだ。
「うたはるとはボクサーに例えると、ノーガードで闘うタイプの選手だな」
「ディフェンスは得意じゃないです」
「一、二回はラッキーパンチで相手を倒せても、ノーガードだと必ずダウンさせられる」
「深い話ですね」
「つまんないこと、言わせやがって」
「すみません」
「まぁ見ている分には面白いけどな」
 黒川さんは笑いながらフライパンから、ぼくのお皿にチャーハンを足してくれた。

 四日経つと、左目の周りのあざは薄くなっていた。
 ぼくは事務所から一歩も出ないで仕事をしていた。
 仕事をしている時だけが、心を静かにしていられる。
「うたはると、電話だよ」
 草津さんが、困ったような顔をしている。
 受話器を受け取ると
「あたしのために闘ってくれたんだって? クックック」
 咲雪さんの低い笑い声がしばらく続いた。
「本居先生の許可は取ってあるから、取材に付き合ってよ」
「でも、ここの仕事が……」
「もちろん、草津さんも了承してるわよ。うたはるとが必要なの」
 ぼくは草津さんから、顔を隠した。
 とんでもなくでれっとニヤけていることだろう。

 夜の九時に西武池袋駅の東口改札で待ち合わせた。
 人混みの中でも咲雪さんだけが光を放っていた。
 十一日振りに逢う咲雪さんはスリムになりすぎている。
 日本人形のような白い顔に咲雪さんの濃い眉がいちだんと目立った。
 駆け寄ると、「遅い!」と股間蹴りを決められた。
 嬉しくて無防備に近付きすぎたのだ。

 連れて行かれたのは、北口のラブホテルが密集している通りだった。
「どのホテルがいい?」
「えっ?」
「うたはるとに選ばせてあげる」
 心の準備が出来ていないけど、下半身はOKサインを具体的に出している。
「ラブホテルと言えば、回転ベッドだね」
 ぼくのリクエストに応えて、咲雪さんは回転ベッドの部屋が空いているホテルを探してくれた。
 総鏡張りの室内に入ると、真ん中にある円形のベッドに飛び込んだ。
「これが、回転ベッドか」
 右回りのスイッチを押すと、ゆっくりと回りだした。
「邪魔だから、降りてよ」
 カメラを構えた咲雪さんに言われて、しぶしぶ降りた。
「これって、本当に取材なの?」
「そうよ。取材じゃなかったら、ふたりでラブホに入ること無いわよ」
「本居先生と、取材でラブホに行ったこともあるのかな?」
「当然でしょ。本居先生の作品のための取材なんだから」
「それってヤバクないですか、ふたりで入って」
「今もふたりだけど、ヤバクないでしょ」
「ぼくはヤバイんだけど」
「あたしはヤバクないから、大丈夫よ」
 咲雪さんは、室内にあるアダルトグッズの自動販売機を撮影している。



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