第18話

文字数 966文字


「中井さんに見つかって、また健全にって言われちゃいました」
「いい人なんだけど、おせっかいが過ぎるよな」
 部屋に入って来た三奈が、テーブルに置いてあるカードを手に取った。
「ここに載ってる人を全てカードに書いているんですか?」
 映画雑誌の開いていた目次を見て言った。
「目次に丸を書いている人だけだよ。読んだ時すぐに作らないから、どうしても溜まってしまうんだ」
「こういうのをやってたから、会社でも顧客カードを作っていたんですね。あのカードのおかげで、注文が取れました」
 ぼくが辞めた時に作っていた顧客カードを、全て三奈に渡したのだ。
「これ、浦山さんに返します」 
 三奈が白い封筒を差し出した。
「何か貸していたかな?」
 受け取って中を見ると四千五百円が入っていた。
「三枠の広告を譲ってもらいましたから、半分わたしもいただきます」
 ぼくたちが務めていた怪しい広告代理店は、週刊誌や月刊誌の広告ページを買い取り、分割して小さな枠広告で売る。営業で一枠売ると三千円の手当が入るのだ。給料は十五日〆の二十五日払い。普通の会社なら事前に辞めることを伝えても問題はないけど、
 怪しい広告代理店なのでそれが通じない。
 色んな名目で給料から引かれてしまうし、人間関係もゴタゴタしてしまう。
 十日分の売り上げを捨てたほうがましだと考えたのだ。
 だから、ぼくはその十日間の売り上げの一部を観なやお世話になった先輩に回した。
 三奈には三枠、九千円分だから、その半分を返してくれるというのだ。
「遠慮なく貰うよ」
 四千五百円の臨時収入で、映画や演劇をもっと観に行ける。
「わたしも、カードを書くのを手伝います」
「ここに長居すると、中井さんが心配して見にくるよ」
 ぼくは笑いながら言った。
「河辺さんの部屋へ行って、レコードを聴こう」
「手伝わせてください。書くと色んな人の名前を覚えることが出来るでしょ」
「ぼくは助かるから嬉しいけど、いいのかな」
「いいんです。中井さんがきたら、私が言いますから」
 中井さんのことは冗談で言ったけど、通じなかったようだ。
 三奈に雑誌の中から、大判の映画芸術を渡した。
 目次を開いて、書き終わっているカードを見せて書き方を説明した。
 筆者名、タイトル、雑誌名、発行年月。
 
 最初にぼくが選んで書いてもらったのは『斎藤龍鳳(りゅうほう)』だ。

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