第28話  ぼくと咲雪のいるところ。 6   

文字数 1,031文字


 館内に入ると、客席の正面に湾曲している赤いカーテンがかかっていた。
 ぼくたちは後列の右端の場所に座った。
 さっきの中年カップルは二列前にいる。
「ぼくたちも、あんなふうに映画を観ることが出来ればいいな」
 耳元で言ったけど、返事は無い。
 でも、咲雪さんもじっとカップルを見つめていた。

 カーテンが開くと巨大なシネラマスクリーンが現れた。
 天井から床まで壁一面がスクリーンだ。
 今夜のプログラムは『予告編大会』『天国の門』『ディア・ハンター』そしてもう一度『天国の門』が上映される。
 予告編大会は『七人の侍』から始まった。『ゴッドファーザー』『スター・ウォーズ』『スター・ウォーズ帝国の逆襲』と続いて、『ドクトル・ジバゴ』『地獄の黙示録』『ウェストサイド物語』『未知との遭遇(特別篇)』『ベン・ハー』『2001年宇宙の旅』で終わった。

 ぼくは時々、うとうとする。でも咲雪さんの手は逃がさない。
 ずっと掴んで離さない。
『天国の門』の移民たちがローラースケート場で楽しんでいるシーンで眠ってしまったようだ。 
 咲雪さんに起こされた時は、『ディア・ハンター』が映し出されていた。
 股間が膨張している。
 膀胱が満水になっているようだ。ぼくは我慢できなくなって、咲雪さんも一緒に連れ出した。 
 離れたくない。
 広い通路はガランとしていた。
 ソファーでイビキをかいている人もいる。
「映画を観るよりも、この空間にいたいと思って来ているのね」
「特別な一日だね」
 トイレの前に人の気配が無かった。
 咲雪さんが離そうとした指を強く握ると、腰に手を当てて引き寄せる。
 咲雪さんの言葉を唇で塞いだ。
 ハートを掴みたいけど届かない。乳房を手で覆う。
「こんなことで繋がらないわ」咲雪さんの言葉が頭の中を渦巻く。
 でも、他の方法を知らない。
 祈るように咲雪さんを抱きしめた。

 トイレに入って、急いで放水するけどなかなか終わらない。
 咲雪さんと離れている時間がもどかしい。
 それでも手はしっかりと洗ってから出た。

 待っていると言った場所に咲雪さんが見当たらない。
 キョロキョロと首を動かして探した。
 女子用トイレから出て来た咲雪さんが、ぼくの顔を見て「逃げない、逃げない」クックックと笑った。
 売店で、倉庫に残っていたグッズを売っている。
 昔のパンフレットや見本チケットもセットで売られていた。
 一九六八年に上映した『2001年宇宙の旅』のチラシと前売り券があったので、咲雪さんにプレゼントした。

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