第22話 咲雪のいるところ。 9
文字数 1,046文字
*
駅前の電話BOXにふたりで入った。
「どこでもいいけど、女の先生の方がいい」
咲雪さんは、電話帳をめくり始めた。
広告ページの名前で女医を探す。
三カ所を手帳に書き写した。
最初の病院を探している途中で、電柱の広告を見つけた。
「ここ、女の先生みたいだよ」
産婦人科の下に、医者の名前が優子と書いてある。「すぐそこ」とも書いてあった。
「大きな声で言わないでよ」
咲雪さんは、広告を指していたぼくの腕を引っ張った。
「すぐそこ」の矢印に従って歩くと、すぐそこに産婦人科はあった。
小さなクリニックだ。
待合室には、三人の女性が座っていた。
男はぼくだけだ。完全に浮いている。
スリッパに履き替えると、みすぼらしい靴が気になった。
咲雪さんは堂々としている。
ぼくも背筋を伸ばした。
「うたさゆきさーん」
呼ばれて咲雪さんが立ち上がった。
驚いているぼくに笑顔を残して診察室へ入って行った。
「宇多咲雪」ぼくは何だか誇らしい気分になった。
しばらくすると、取り残されたような心細さに襲われた。
他人との比較の中でしか自分を見いだせない人生はお断りだ。
と言い放っていたぼくは、この超リアルな空間の中ではどこかに隠れてしまっている。
顔が下を向いていく。
クリニックを出てから、ぼくたちはしばらく黙り込んだまま歩いた。
何気なさを装って「どうだった?」と二回訊いたけど、答えをはぐらかされていた。
妊娠はしていたの?
それとも、していなかったの?
咲雪さんの希望でパスタの専門店に入った。
昼前だったので、店内は空席が目立っている。
「誕生日、おめでとう! そろそろ産まれた時間かな」
「変な誕生日になっちゃったわ」
自嘲気味に咲雪さんは笑った。
「どうだった?」
「診察してもらってよかった。すっきりしたわ」
ぼくは全くすっきりしない。
「父親が必要なら、ぼくがなるよ」
勇気をかき集めて咲雪さんに言った。
「うたはるとは、目先の事だけしか考えてないでしょ。ショートスタンスな考え方じゃ駄目よ。十年後、二十年後の自分をイメージしたことはあるの?」
まるで、最終面接のような質問だ。
「どうして今から、そんな先のことまで心配しなきゃいけないんだ。計画通りに生きるって、好きじゃない」
「それが責任を持つってことなのよ」
ぼくはそのことを受け入れられない。
都内にある実家に寄るという咲雪さんを池袋駅で見送った。
誕生日を一緒に過ごそうと思っていたのに、ケンカ別れのようになってしまった。
ぼくはいったい何をしているんだ?
駅前の電話BOXにふたりで入った。
「どこでもいいけど、女の先生の方がいい」
咲雪さんは、電話帳をめくり始めた。
広告ページの名前で女医を探す。
三カ所を手帳に書き写した。
最初の病院を探している途中で、電柱の広告を見つけた。
「ここ、女の先生みたいだよ」
産婦人科の下に、医者の名前が優子と書いてある。「すぐそこ」とも書いてあった。
「大きな声で言わないでよ」
咲雪さんは、広告を指していたぼくの腕を引っ張った。
「すぐそこ」の矢印に従って歩くと、すぐそこに産婦人科はあった。
小さなクリニックだ。
待合室には、三人の女性が座っていた。
男はぼくだけだ。完全に浮いている。
スリッパに履き替えると、みすぼらしい靴が気になった。
咲雪さんは堂々としている。
ぼくも背筋を伸ばした。
「うたさゆきさーん」
呼ばれて咲雪さんが立ち上がった。
驚いているぼくに笑顔を残して診察室へ入って行った。
「宇多咲雪」ぼくは何だか誇らしい気分になった。
しばらくすると、取り残されたような心細さに襲われた。
他人との比較の中でしか自分を見いだせない人生はお断りだ。
と言い放っていたぼくは、この超リアルな空間の中ではどこかに隠れてしまっている。
顔が下を向いていく。
クリニックを出てから、ぼくたちはしばらく黙り込んだまま歩いた。
何気なさを装って「どうだった?」と二回訊いたけど、答えをはぐらかされていた。
妊娠はしていたの?
それとも、していなかったの?
咲雪さんの希望でパスタの専門店に入った。
昼前だったので、店内は空席が目立っている。
「誕生日、おめでとう! そろそろ産まれた時間かな」
「変な誕生日になっちゃったわ」
自嘲気味に咲雪さんは笑った。
「どうだった?」
「診察してもらってよかった。すっきりしたわ」
ぼくは全くすっきりしない。
「父親が必要なら、ぼくがなるよ」
勇気をかき集めて咲雪さんに言った。
「うたはるとは、目先の事だけしか考えてないでしょ。ショートスタンスな考え方じゃ駄目よ。十年後、二十年後の自分をイメージしたことはあるの?」
まるで、最終面接のような質問だ。
「どうして今から、そんな先のことまで心配しなきゃいけないんだ。計画通りに生きるって、好きじゃない」
「それが責任を持つってことなのよ」
ぼくはそのことを受け入れられない。
都内にある実家に寄るという咲雪さんを池袋駅で見送った。
誕生日を一緒に過ごそうと思っていたのに、ケンカ別れのようになってしまった。
ぼくはいったい何をしているんだ?