第15話
文字数 1,237文字
*
「浦山さんもカギを掛けてないんですね」
「そうなんだ。河辺さんを見習ってね」
部屋には家具と呼べるものは皆無で、本を入れた青いコンテナボックスが二個と本箱があるだけで、入りきれない本は壁ぎわに積んでいた。
テーブルとパイプ椅子は折りたたんで壁に立てかけてある。
本箱やパイプ椅子からテーブルまで全て友だちの不要品を集めたものだ。
マージャンをする時はコタツの天板を使う。
「本がいっぱいですね」
三奈は腰を曲げて本箱とコンテナボックスの本を覗きこんでいる。
「図書館にもないマイナーな本ばかりだよ。映画雑誌は集めているから多いんだ」
ぼくは椅子を二脚とテーブルを作って、買ってきた缶ジュースを並べた。
「これ見せてもらっていいですか?」
三奈はコンテナボックスの上に積んでいた情報誌の『ぴあ』を手に持った。
「それ便利だよ。どこの映画館で何を上映しているかわかるし、道順も書いてあるんだ。ぼくはそれを持って映画を観て回るときに切実に感じたよ」
「ボールペンで赤く囲んであるのが多いですね。いまも百十一本観てるんですか?」
「観たい映画を全てチェックして、あとで迷いながら決めるんだ。でも、チェックしている時は楽しいよ。行ったことのない映画館でマイナーな作品を上映してると嬉しくなって、その映画館のある街並みなんかも想像してしまうんだ。」
「なんだか本当に楽しそうですね」
ぼくたちは、固くて座り心地のわるい椅子に腰を落としてジュースを飲んだ。
「そろそろ帰ったほうがいいよ」
ぼくが言うと三奈は立ち上がった。
「じゃあ、最後に体験させてもらいます」
「本当にやるつもりなんだ」
三奈は実家の古い家がやはり畳がペコンペコンしたそうで、弟と飛び跳ねて遊んだと言った。
窓際に行くと、三奈は軽く跳び上がった。
ふわりとロングスカートの裾をひらめかせながら、二回、三回と繰り返した。
壁際に積んでいた本も跳び上がって崩れそうになった。
楽しそうな三奈を見てぼくも笑った。
*
ぼくが窓ガラスを叩くと中井さんが窓を開けた。
「おや、早かったね」
「部屋代が倍になるのは困るから」
「冗談だよ」
「ありがとうございました」
「まぁ、健全にね。健全に」
そう言って、中井さんは窓を閉めた。
駅前で男女のペアが黄色いビールケースを椅子代わりにして、アコースティックギターを奏でていた。
その二人を目当てに数人がその音に聴きいっている。
「もっと、いろいろなことを教えてください。コンサートには行くんですが、映画とか演劇とかにも行ってみたいです」
「次の日曜日は映画でいいかな、ぼくの好きな監督特集をしているんだ」
「お願いします」
池袋駅で二時に待ち合わせの約束をした。夜中までマージャンをするので、起きるのがどうしても昼頃になる。
「わたし、あの会社は五月で辞めます。仕事も嫌だし、浦山さんがいないから」
ぼくは一瞬、最後の言葉を聞き間違えたのかと思った。
ーー浦山さんがいないから。
ギターの音色が、電車の轟音にかき消された。
「浦山さんもカギを掛けてないんですね」
「そうなんだ。河辺さんを見習ってね」
部屋には家具と呼べるものは皆無で、本を入れた青いコンテナボックスが二個と本箱があるだけで、入りきれない本は壁ぎわに積んでいた。
テーブルとパイプ椅子は折りたたんで壁に立てかけてある。
本箱やパイプ椅子からテーブルまで全て友だちの不要品を集めたものだ。
マージャンをする時はコタツの天板を使う。
「本がいっぱいですね」
三奈は腰を曲げて本箱とコンテナボックスの本を覗きこんでいる。
「図書館にもないマイナーな本ばかりだよ。映画雑誌は集めているから多いんだ」
ぼくは椅子を二脚とテーブルを作って、買ってきた缶ジュースを並べた。
「これ見せてもらっていいですか?」
三奈はコンテナボックスの上に積んでいた情報誌の『ぴあ』を手に持った。
「それ便利だよ。どこの映画館で何を上映しているかわかるし、道順も書いてあるんだ。ぼくはそれを持って映画を観て回るときに切実に感じたよ」
「ボールペンで赤く囲んであるのが多いですね。いまも百十一本観てるんですか?」
「観たい映画を全てチェックして、あとで迷いながら決めるんだ。でも、チェックしている時は楽しいよ。行ったことのない映画館でマイナーな作品を上映してると嬉しくなって、その映画館のある街並みなんかも想像してしまうんだ。」
「なんだか本当に楽しそうですね」
ぼくたちは、固くて座り心地のわるい椅子に腰を落としてジュースを飲んだ。
「そろそろ帰ったほうがいいよ」
ぼくが言うと三奈は立ち上がった。
「じゃあ、最後に体験させてもらいます」
「本当にやるつもりなんだ」
三奈は実家の古い家がやはり畳がペコンペコンしたそうで、弟と飛び跳ねて遊んだと言った。
窓際に行くと、三奈は軽く跳び上がった。
ふわりとロングスカートの裾をひらめかせながら、二回、三回と繰り返した。
壁際に積んでいた本も跳び上がって崩れそうになった。
楽しそうな三奈を見てぼくも笑った。
*
ぼくが窓ガラスを叩くと中井さんが窓を開けた。
「おや、早かったね」
「部屋代が倍になるのは困るから」
「冗談だよ」
「ありがとうございました」
「まぁ、健全にね。健全に」
そう言って、中井さんは窓を閉めた。
駅前で男女のペアが黄色いビールケースを椅子代わりにして、アコースティックギターを奏でていた。
その二人を目当てに数人がその音に聴きいっている。
「もっと、いろいろなことを教えてください。コンサートには行くんですが、映画とか演劇とかにも行ってみたいです」
「次の日曜日は映画でいいかな、ぼくの好きな監督特集をしているんだ」
「お願いします」
池袋駅で二時に待ち合わせの約束をした。夜中までマージャンをするので、起きるのがどうしても昼頃になる。
「わたし、あの会社は五月で辞めます。仕事も嫌だし、浦山さんがいないから」
ぼくは一瞬、最後の言葉を聞き間違えたのかと思った。
ーー浦山さんがいないから。
ギターの音色が、電車の轟音にかき消された。