第15話

文字数 1,237文字


「浦山さんもカギを掛けてないんですね」
「そうなんだ。河辺さんを見習ってね」
 部屋には家具と呼べるものは皆無で、本を入れた青いコンテナボックスが二個と本箱があるだけで、入りきれない本は壁ぎわに積んでいた。
 テーブルとパイプ椅子は折りたたんで壁に立てかけてある。

 本箱やパイプ椅子からテーブルまで全て友だちの不要品を集めたものだ。
 マージャンをする時はコタツの天板を使う。
「本がいっぱいですね」
 三奈は腰を曲げて本箱とコンテナボックスの本を覗きこんでいる。
「図書館にもないマイナーな本ばかりだよ。映画雑誌は集めているから多いんだ」
 ぼくは椅子を二脚とテーブルを作って、買ってきた缶ジュースを並べた。
「これ見せてもらっていいですか?」
 三奈はコンテナボックスの上に積んでいた情報誌の『ぴあ』を手に持った。
「それ便利だよ。どこの映画館で何を上映しているかわかるし、道順も書いてあるんだ。ぼくはそれを持って映画を観て回るときに切実に感じたよ」
「ボールペンで赤く囲んであるのが多いですね。いまも百十一本観てるんですか?」
「観たい映画を全てチェックして、あとで迷いながら決めるんだ。でも、チェックしている時は楽しいよ。行ったことのない映画館でマイナーな作品を上映してると嬉しくなって、その映画館のある街並みなんかも想像してしまうんだ。」
「なんだか本当に楽しそうですね」
 ぼくたちは、固くて座り心地のわるい椅子に腰を落としてジュースを飲んだ。

「そろそろ帰ったほうがいいよ」
 ぼくが言うと三奈は立ち上がった。
「じゃあ、最後に体験させてもらいます」
「本当にやるつもりなんだ」
 三奈は実家の古い家がやはり畳がペコンペコンしたそうで、弟と飛び跳ねて遊んだと言った。

 窓際に行くと、三奈は軽く跳び上がった。
 ふわりとロングスカートの裾をひらめかせながら、二回、三回と繰り返した。
 壁際に積んでいた本も跳び上がって崩れそうになった。
 楽しそうな三奈を見てぼくも笑った。

 ぼくが窓ガラスを叩くと中井さんが窓を開けた。
「おや、早かったね」
「部屋代が倍になるのは困るから」
「冗談だよ」
「ありがとうございました」
「まぁ、健全にね。健全に」
 そう言って、中井さんは窓を閉めた。

 駅前で男女のペアが黄色いビールケースを椅子代わりにして、アコースティックギターを奏でていた。
 その二人を目当てに数人がその音に聴きいっている。
「もっと、いろいろなことを教えてください。コンサートには行くんですが、映画とか演劇とかにも行ってみたいです」
「次の日曜日は映画でいいかな、ぼくの好きな監督特集をしているんだ」
「お願いします」
 池袋駅で二時に待ち合わせの約束をした。夜中までマージャンをするので、起きるのがどうしても昼頃になる。
「わたし、あの会社は五月で辞めます。仕事も嫌だし、浦山さんがいないから」
 ぼくは一瞬、最後の言葉を聞き間違えたのかと思った。
 ーー浦山さんがいないから。
 ギターの音色が、電車の轟音にかき消された。


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