02 俺がレッドを守る
文字数 3,047文字
俺は相生智太という二十歳の男で間違いないよな。親友も彼女もいない、練馬区の実家から通う地味大学生だったよな。
それが何故空を飛び、穴から顔をだした男に睨まれている? それより、
「エリーナ。イエローを救出しないと」
俺に抱えられたピンクがブルーに言う。レゲエっぽい男が穴から抜けでて、金髪豊満姉ちゃんを引きずりだした。……髪の毛を握ってやがる。俺の胸から怒りの鼓動が聞こえた。
関わっては駄目だ。それよりもだ。
「俺はなんで飛べるのですか?」
眼鏡の青い女性に尋ねる。この人は敬語を使わせるオーラがある。
「特性のおかげだ。それが何であるかは、司令官と合流するまで分からない」
ブルーが俺の横に降りる。
「残り90秒。スパローピンク、やるぞ!」
また機銃掃射と矢の乱れ撃ちが始まった。回転するドレッドヘアがことごとく弾きかえす。
「効かぬすぎるぞ、底辺戦隊め!」
トンネラーの頭からドレッドヘアが無数に飛んできた。ドリル弾?
俺は慌てて避ける。……体の反応が半端ない。
「クソッ、被弾した」
肩を押さえるブルーの手から軽機関銃が消える。
トンネラーの禿げあがった頭にまた毛が生えた。再び髪のドリルが飛んでくる。
「クッ、さらに被弾」
ブルーがふらふらと落ちていく。あれくらい避けろよ。
「助けなくちゃ。でも僕は飛べない」
俺の腕で女の子がつぶやく。
こいつら弱すぎないか?
戦隊を名乗る以上は、特撮番組にでてくる正義の味方たちだと思うけど……底辺呼ばわりされていたよな。
『残り60秒』
腕時計から将棋の記録係みたいな声がした。
「エリーナ、シルク、あと少しだよ。がんばって! レッドが助けにいく! だよね?」
「なんであの子たちはとどめを刺されないの?」
ブルーもイエローも転がされたままだ。茶番ならば俺も向かおう。もうそろそろ終わるみたいだし。そしたら迎えが来るみたいだし。
「なぜ二人が倒されないかは、強くない僕たちを生け捕りにしたいから」
ピンクの手から弓矢が消える。
「そして、僕たちの正義感あふれるレッドをおびき寄せるためだ」
その両手に桃色の葉っぱみたいな
一方のトンネラーの両手がドリルに変わる。ベタだが怖い。
俺はこの子を抱えて逃げるべきだろうけど、美女二人が拉致されるならば見捨てるわけにはいかない。助けてあげた後のご褒美をちょっとだけ夢想して、トンネラーへと突撃する。
俺の腕に赤い
ドレッドドリルが数本飛んでくる。女の子を抱えたままでもたやすく避ける。トンネラーに空中から飛び蹴りをする。……こいつの腕はドリルだった。太ももをかすめた。
俺も露わな服装であることを思いだす。こんな奴相手に無防備すぎる。空へと逃れる。
「逃げるならば、こいつをえぐる」
トンネラーが腕のドリルをイエローにおろす。彼女が絶叫をあげて目覚める。尻を押さえながらのたうち回る。
「変質者め!」
なんであろうとさすがに許せない。ドリルなど籠手で受けとめてやる!
着地してピンクを降ろす。
駆ける俺とドリルまみれの男が交差する。
「うわあああああああ」
俺の甲高い絶叫が倉庫街に反響する。籠手が縦に割れて手の甲から落ちる。
「おえっぷ」
伏した背中を踏まれて口から唾液が拡散される。
「経験が少ないとしても弱すぎる。底辺レッドか?」
トンネラーなどというふざけた
腕も脚も裂傷だらけ。無傷なのは顔だけ。そこだけ守ったから。
『30,29,28……もう少しだよ!』
時計が感情的になった。
「ゼ、0になると終わり?」
踏みつけるトンネラーに尋ねる。だったら痛みにも耐えてやる。
「ミッションクリアだけでは意味がない! 現場から立ち去って完了だ」
ブルーが答えてくれる。ピンクと一緒にイエローを立ちあがらせていた。
「ルーキーに期待した私たちが間違えていた。シルクイエロー! スパローピンク! やるしかない! ストライプス――」
「しゃらくせえ!」
なにかしらの構えを取ろうとした三人が、両手から発せられた大型ドリル弾に跳ね飛ばされる。トンネラーが俺の後頭部を蹴ったあと、彼女たちへと歩きだす。俺は脳震とうで顔を上げられない――。
『全滅警報が発せられました。至急ミッションを放棄して退避してください。全滅警報が発せられました。至急ミッションを放棄して退避してください』
さっきまでと違って感情なき合成音声がスマートウォッチで冷静に騒いでいるけど、俺は目の前の水たまりを見つめる。波紋がおさまっていく。
さきほどの女の子が不安そうに俺を見ていた。
大丈夫だから心配しないでねと、満身創痍な俺が微笑んでみせる。
女の子も不敵に笑いかえす。
街灯の明かりを辛うじて拾った水たまりに映るモノクロの子。ストレートなミドルヘアでアーモンドアイの女の子。この滅茶苦茶にかわいい子は俺だ。
この子をこれ以上傷つけさせない。
強い目に変わった女の子をさざ波に消して立ちあがる。
時計が『警報を無視するな! もう。総員レッドの援護にまわって』などと言っているが知ったことか。俺は喧嘩だけは強い。つまりこの子も強い。
などと思ったら俺の手に刀が現れる。赤く燃えている。
「
鼻血を垂らしたピンクが憧れの目で見あげている。イエローとブルーは大の字だ。
トンネラーが髪の毛ドリルを乱れ撃つ。ソードで叩き落とす。トンネラーが俺へと両手のドリルを向けて駆けだす。
俺が
だから俺はソードを両手で握る。
「貴様は終わりだ!」
叫びながら迎え撃つ。体を半身にまわし対のドリルを華やかに
ここまできたらとどめだ! うずくまる背中へとソードを突き刺――
「駄目、それ以上はやめてください!」イエローの嘆願。
「さ、最終形態にさせるな」ブルーが立ちあがる。
「ミッションは完了しているよ。司令官と合流しよう」
ピンクがサムズアップする。
気づくと時計は0で止まっていた。花吹雪が画面を彩っている……気配を感じて空へ身構える。
『諸君、本当に久しぶりになるが、よくやった』
男の声が腕時計のスピーカーから流れる。上空にニュースで見かけたような飛行物体が浮かんでいた。
『連中を乗せてくるまでの足止めは完了した。つまりミッションクリアだ』
浮遊する機体から
「撤収するぞ。レッドもモスプレイに乗れ。イエロー、もたもたするな」
ブルーが漆黒の機体へ飛んでいく。
「奴を放っておいていいのかよ」
俺はイエローの大きな尻を押すピンクに声かける。
「いまの僕たちでは勝てないよ。それに、とどめを刺すのは彼女たちの任務だ」
よく分からないまま、俺は背後にかまえながら浮かびあがる。
俺の一撃を喰らったドリル男はまだ禿げあがった頭のままで、俺たちにケツを向けていた。西に向かった半月を見ていた。
対のプロペラを廻しながら静止する黒色の機体に、俺も最後に乗りこみながら見る。
月を背景に人のシルエットが三体浮かんでいた。
スタイルで分かる。奴らも女だ。