15 龍VS天馬
文字数 3,277文字
こいつらは絶対的な過ちを犯した。龍が護る宝物に手をだした。報いを受けろ。
浮かぶセイントアローが洋弓を俺に向ける。金色が放たれる。音速のような矢をスカシバレッドは華麗にかわす。さらに飛んでくる。ソードで弾く。三本目は腕をかすめかける。近づくほどに避けきれなくなる。
セイントアローが上空に飛ぶ。距離を保とうとしやがる。これだと背中を向けて地上を目ざせない。
二つのソードを片手に持ち、俺は心に雪月花を思う。
「深雪」端末に声かける。「上空にてセイントアローと交戦中」
『私はここを離れない』
深雪はそれだけを返す。俺は金色の矢をソードで弾く。
埒が明かない。
「うおおおおお!」
冬衣装のスカシバレッドが覚悟を決める。セイントアローへと突進する。ライフを削りあってやる。落窪さんには申し訳ないけど、俺にはこの戦いしかできない。
ソードで弾く。まだ遠い。腕をかすめる。まだまだ遠い。髪をかすめる。近づいた。
「おめはええ奴だ。なのに、なしてあの女にたぶらがされだ」
セイントアローが弓をひく。
矢が至近で飛んでくる。弾いたスピネルソードがへし折れる。
姫を守るソード。まだ一本ある。また矢が放たれる。スカシバレッドの頬をかすめる。
「だとしでも話し合うべ。あれごそ悪だ。おめもあの人につげ」
セイントアローが目前で矢を射る。スカシバレッドの腕を貫通する。
彼女は気にもせず。
鎧の隙間。
赤い剣をセイントアローの喉もとへ突き刺す。刃を握られる。
「やめどげ。俺は偽の月を監視する役目だった。だのに柚香が来だ。俺はあの子と戦うどぎは死ぬと決めてた。んだんて戦えねぁ。話を聞がぬおめを倒すだげだ」
金色の左拳がスピネルソードをふたつに折る。金色の右拳がかまえられる。
スカシバレッドの右手には籠手がある。赤い矢が現れる。殴られながらも吠える。
「喰らえ!」龍の咆哮。「喰らえ!」
矢は炎に包まれる。
「うおおああ!」
ふたつの矢がセイントアローの両目に刺さる。
スカシバレッドの手にスピネルソードはよみがえる。
夢月を悪という奴は悪だ。倒すべき悪だ。ソードは燃え上がる。
レベルなんて目安だ。注ぎこむ魂のが勝るに決まっている。いまならば、守るべき人のために、どんな技でも繰りだせる!
スカシバレッドは空でもだえる金色の剣闘士へと。
至近から。
全てを込めて。
「ジャスティスブラッドクロス!」
血のごとき正義の十字を叩きこむ。
金色の鎧が裂ける。
更なる正義の赤を知れ。
「ジャスティスブラッドクロス!」
「しったげ強ぇな……」
セイントアローが消滅する。
「セイントアローを撃破。そちらに向かうので結界を解除して。さもないと、自力で破る」
エナジーなど残っていないスカシバレッドが端末に告げる。
「……了解」深雪が応答する。
***
「近づいたらダメだよ。この光は飛びかかってくる。同じ目に遭わされる」
硫黄の香り。我が家が三軒入りそうな巨大露天風呂。その洗い場に元雪月花の二人はいた。十二単衣は燃え尽きていて、彼女の体をなおも白い光が覆っていた。夢月は裸で気を失っている。白い光がなでまわすたびに赤くただれる。そのたび痙攣する。
あの魔女は嗜虐だ。
「なにをしても無駄だった。月明かりもだせないみたいで力尽きた」
どれだけフォローを試みたのだろう。疲労し尽くした黒い深雪が言う。おかっぱの黒髪。
「百夜目鬼を倒せば呪いは消えるかも」
あの魔女は、龍へと赦せざる罪を重ねすぎた。今日ここで倒す。怒りがエナジーと化す。
『全員聞いて』
アメシロの声がした。
『本機の損傷は激しいが、高度7000メートルでレイヴンレッドは攻撃をあきらめた。今度はあなたたちが狙われる可能性が高い。……状況を教えて』
『こちらトリオス。サント号にて魔女のおばはんと交戦アンド逃走中。ヒットアンドアウェイですな』
レアシルバーの声がした。
『レオフレイムは単独で上空をカラスか魔女が通るのを待ち構えておる』
「モスの二名とスーパームーンは一緒にいる」
深雪がモスウォッチに告げる。
「アジト内の100以下は消滅。残存は不明。スカシバレッドがセイントアローを倒したが、スーパームーンが重傷を負っている。残りの二名もコンディションは低下。以上」
『了解した。魔女へのモスキャノンの照射を試みる。トリオスは誘導するように。――スーパームーンは離脱できないの? 地上モニターを破壊されて状況を確認できない』
「気を失っている。私は彼女を守るが、花鳥風樹の召集を希望する」
そう言って深雪が俺をちらりと見る。
『彼女たちは昨日の戦いで疲弊している。呼びだすとしたらハウンドとローリエだけど……』
『誰が迎えに行く? 現状戦力で頑張ってくれ。以上だ』
与那国司令官の一言で通信が終わる。
夢月は苦しんでいる。この白い炎は水をかけて消えるはずない。……強制離脱。俺が白い炎に飛びこんで一緒に解除……。トリオスが戦っている。司令部だって。それこそ本当の敵前逃亡だ。それに俺だけ戻ってきても、嗜虐な魔女はすでにいないかもしれない。報いを与えられない。
「裏切り者のセイントアローは弱かったんだね。地方と東京の差かな。……会わずに済んだ」
深雪が地面を見たまま俺に話しかける。
「強かった。けど戦い方が一直線だった」
勝つために手段を選ぶな。隠し持つ武器で至近で目を狙え。守る人がいるならば。
かけ流しの湯の音だけ。沈黙が流れる。もはや言葉を継ぎ足す必要もない。そんな関係ではない。
なのに深雪が顔を上げる。スカシバレッドを見る。
「君にエナジーを授ける。夢月を守るために」
子猫の瞳。まっすぐに見てくる。夢月が苦しんでいるのに、後悔が押し寄せる。
「お、私にはそんな権利はない」
権利であっているか分からないけど、スカシバレッドは目を逸らす。
「資格ならばあるに決まっている。私は何度も助けられた。これからは私が守ると、私は決めた」
深雪は俺を見ている。
「昨日大きい声だしてすっきりできた。夢月を選んだなんて関係ね。私が君と不釣り合いだったからだ。君より夢月よりちっぽげだったからだ。だから恨んでなんがいない。……ようやく言えた。これで忘れられる。へへ」
不釣り合いは俺のほうで、柚香がちっぽけであるはずなく、そうだとしてもその名の通り、冬を押しのけ咲く小さい花のように強くて可憐で……。
『盗み聞きしているようで済まないが、あなたのエナジーは24%。これは戻ることないよね。でもスカシバレッドは自力で6%から15%にまで回復している。深雪は自分のために残してほしい。以降は地上の音声は拾わないので、そちらから連絡するように』
『ちなみに私は中破したモスプレイを維持するためにエナジーを譲れない。ここぞで頼りになれず申し訳ない。……スーパームーンが復活したら撤退する。七夕ランドは後日だ』
盗み聞ぎしやがっていた司令部がそう言うのに、深雪はスカシバレッドの頬に唇を当てる。清純なエナジーが注ぎこまれる。
「全部じゃないから心配しないで」
深雪がすこしよろめく。
「深雪……なしてだ。キスしてらんじゃねえ!」
セイントアローの声がした。
「義侠団を……仲間を全員倒したな。柚香といえどももう許せね」
湯煙の向こうから、野原宏がよろよろと歩む。ここで寝泊まりしていたのか。
さらに三人現れる。表現に問題あるかもしれないけど、東北三県の支部長たちは作業服で田舎丸出し親父。そして元気。超音波で消えなかったのだからレベル100越え……スカシバレッドの感がおののいた。どいつだ?
「先輩……もうやめよう」
深雪の顔が青ざめる。
「義侠団こそ本物の裏切り者だよ」
「なして語り合わなんだ! ……みんなのだめにおめと刺し違える。俺は何度でも死んでける」
野原宏の手に端末が現れる。こいつこそ怒りをエナジーと化した。