30 胎動
文字数 3,877文字
司令官に頼む。焼石嶺真もレイヴンレッドも修羅場で会っている。モスのエースであった彼女はまだ知らない。
傷ひとつ残りません、と確約されている司令官が窓の外を見ながら語りだす。
***
スカシバレッドよりはるかに抑えた露出。それが逆に一部で受けていた。傭兵の人気投票ではシルクに次いで二位だった。
ミッション完了後に彼女ともめたことがある。ヤマユはオカメインコが優しくておとなしくてナンバーワンと言い張ったが、私はあいつらは
それから私は、戦闘で昂ぶった心を考慮して、任務完了後は早めに解散するようにした。
若干嘘が混じっている。
***
そうだったのか。てっきり、自分に都合が悪くなれば端末を押して俺たちをベッドに送り込んでいると勘違いしていた。それよりスカシバレッドなら何位だっただろう。なんて思うはずない!
彼女のベッドの脇まで行く。その耳に口を寄せる。
「聞きたいことは、なぜ彼女が
「相生智太さん。それは意味なきことですよ、ぐひひ」
落窪さんが俺の肩をつかむ。生身でもすごい力。
「裏切りなど争いでは常の事ですよ、ぐひひ……」
「俺は藍菜に聞いている」
落窪さんの手をはらいのける。
「……彼女が私を見限ったから」
藍菜はまた窓の向こうを見ていた。
「本部を見限ったから。向こうこそ正義と思ったから。それだけの話。……向こうの連中にはそれこそが真実。分かりあえるはずない。語りあえるはずない」
「では紗助君の病室に寄って帰ります」
重苦しい沈黙を俺が破る。
「こちらからも話をさせろよ。……雪月花が活動再開したのは知っているよね?」
二人から連絡があったので知っている。
しゃちほこランド支部の殲滅作戦。関西の男二人女一人のAチームである“トリオ・ザ・スーパースター”、略してトリオスとの合同チームで挑んだ。
そして見事なまでの大失敗に終わり、彼女たちはまた活動停止に陥った。
「ならば花が参加しなかったのも知っているね。――作戦失敗の原因は、両チームの相性の問題。今後を占う試金石だったのにね。
……と、ところでさ、智太君はどんどん強くなっていく。モスガールジャーの他のメンバーとの差は開くばかり。こ、この間の戦いは見事だったね。腐れ巫失礼深雪ちゃんとの相性は抜群。こないだも上野でデートなんて公私ともにリアルで充実しているね」
この女がどもるときは不吉な予感がする。私的な行動を監視していやがるし。
身構える俺を見て。
「や、やっぱりいいや。まだいい。
で、でも仮に雪月花が解散したら、くそは一人で戦わせるのが一番だと思うよね。そしたら深雪にはどんなファイタータイプが似合うかな。スカシバレ――」
「俺はこれからもモスガールジャーで戦い続ける」
スカシバレッドとして戦い続ける。こいつが何を企んでいるか知らないが、俺はエリーナブルー、シルクイエロー、スパローピンクと戦い続ける。
「……気色ばらなくていい。智太君、今日はありがとう」
藍菜がまた窓に目を向ける。
「紗助君の部屋に寄るのを忘れないでね。……彼は若草の香りのような人だった」
***
スーツの内ポケットが膨らんだ病院職員にボディチェックされて病室に入る。
カーテンが閉まっている。ベッドは無人。テレビはついたまま。伊良賀紗助は部屋の隅で膝を抱えていた。殺された日の俺のように。
「……誰? ゆるしてください」
「相生智太です。赤モスです」
「ああ。驚かさないでくれよ」
伊良賀紗助が立ちあがる。俺へと卑屈な目を向ける。若草色のパジャマ……。誰が選んだのだろう。
「……な、何を観察している」
伊良賀が怯えだす。無口な俺では場が持たない。
「いろいろと大変でしたね。またチームに戻られる日を待っています」
棒読みのように告げる。彼からは若草の香りはしない。それでもモネログリーンとともに戦う日が来る。そんな予感は消えた。
「……あの女の子と連絡は取ったのか? 強い赤さんよ」卑屈に笑う。
「いいえ。でも伝言は頼みました」
あの日保護した女子高校生は、俺が柚香と寄りそい寝ている頃、モスプレイで目を覚ましたらしい。
「私の名は
彼女はそう告げたそうだ。
「あの人はどこにいますか? あの人に会えるのならば、今日のことは忘れます。一度でいいからお礼がしたいのです。……心が胎動しだしています」
あの人とは相生智太でなくスカシバレッド。翌朝俺は茜音に伝言して、内容を聞いた芹澤は納得した。解放された。口外はしないと厳しく約束させられて。
彼女は強くうなずき返したらしい――。
「何を考えている。用が済んだら帰ってくれ」
伊良賀紗助がテレビに顔を向ける。
俺は部屋をでる。
……彼をこんなところに閉じこめても治るはずないのに。彼は北海道の牧場のような広大な草っ原に行けばすぐに回復する。そこで日に焼けて働きだす。新しい人生を歩み、俺たちが戦いを終わらせたとき、家族と再開する。
そうすればいいのに。俺が口をだす話じゃない。俺は
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台風が伴う前線の影響を受けて、スカシバレッドはびしょ濡れだ。上空を羽田を発った飛行機が飛んでいく。勇猛なナイトフライト。ランプが黒い雲に消える。
『スカシバレッドよ。我が上司ヴァルタン征爾の仇を討ちたい。一対一で勝負しろ』
布理冥尊親衛隊から彼女への果し状が櫛引博士経由で届いたそうだ。そのエビは十五夜に飲みこまれ姿も見てないが、
指定された有明の埋め立て島に来ると、私服八名が傘をさして待ちかまえていた。戦闘員数十名がコンテナからわらわら出てくる。
「愚か者め。本当に一人で来るとはな」
連中の手にマントが現れる。
単体敵のリスクを計算した陣営か。まさに悪の組織。しかし愚か。
「「「スパイラルレインボー!」」」
彼らの背後から、青黄桃の螺旋。残酷な光が地方幹部を一撃で倒す。
さらにさらに。じつに五連発。威力を抑えたピンクの連射機能。
ならば俺も。
「スカシバーニングクラッシュ!」
レベル100をも瀕死にさせる赤い怒りの炎が俺を中心に広がる。ピンクからのアンコールに応えてもう一回。
いよいよ化け物だなと、ブルーが腕を組む。今夜で180を超えるなと付け足す。
イエローの投げた槍が逃げる幹部を追尾する。地面に突き刺し消滅させる。
敵で立っているのは、あっという間に二体だけ。雨が叩きつける。ブルーの発したエナジー弾も降り注ぐ。カニだかの化け物が泡を吹いて消滅。
残ったペンギンが親衛隊か。逃げられるまえに倒さないと。……スカシバレッドはペンギン好きだ。背丈が2メートル以上あっても、イワトビペンギンそのまんまではソードを向けられない。
俺の真横にホールが発生した。
「きゃっ」と女の子がアスファルトにしゃがむ。「ここは……」と見上げる。萌黄色のコスチュームがすぐに濡れて貼りつく。長い黒髪も。眼鏡はかけていないけど。
予感はしていた。
「ここは戦場」
スカシバレッドが厳しく答える。
「かわいこ戦隊モスガールジャーにようこそ。戦うのならば立ちなさい」
「……はい!」
芹澤陽南は立ちあがる。
「あなたはスカシバレッド。伝言は聞いています。『強くなれ。そしたらまた会える』。私はあなたとの約束を果たせたのですね?」
「そうみたいね」
スカシバレッドはペンギンをにらんだままうなずく。
芹澤のあふれる正義の心。みなぎる精神エナジー。埼玉奥深くのこれより先は人跡未踏の公園駐車場で、目を見たときにひと目で分かった。彼女に足りないのは強い心。だから布理冥尊に何度も付け入られた。
でも戦場で必ず会える。新しいモスガールジャーが始まる。そんな予感がしていた。
「スカシバ、その人はあの時の?」ピンクが喜ぶ。
「ほおお。本物の女性か」ブルーがにやつく。
「戦いを早く終わらせましょう。司令官に名前をつけてもらわないと」イエローが微笑む。
「はい!」グリーンがガッツポーズをする。
「あとからあとから。卑怯者どもめ……。降参します」
ペンギンが短い手を必死に上げる。
「失せていい。あらためて戦おう。――アメシロよ。モスプレイを降下してくれ」
スカシバレッドはいつもより格好つける。
「私のコードネームはあなたに決めてもらいたいです!」
グリーンよ。そんなにキラキラした瞳で見つめられたら。
「分かった。君の名は……」
越権行為をしてしまう。でも司令官よりはネーミングセンスに自信がある。
「コードネームはキラメキグリーンだ!」
「はい!」
「あの……」
ペンギンがまだ棒立ちしていやがる。
どうぞと、シルクイエローが道を開ける。
「あざっす」ペンギンがじゃぼんと東京湾に飛びこむ。
任務完了とモスウォッチに花吹雪が舞う。
「さあ司令部に顔見せだ。私が運んであげる」
スカシバレッドはキラメキグリーンを抱えようとするけど。
「大丈夫です。私は飛べると思います」
キラメキグリーンが上を見るなりびゅんと飛ぶ。
“コノハ”に乗ったピンクを追う。
私は忙しいから先に行くと、ブルーの背にグライダーのような翼が現れる。二人を瞬時に追い越す。
俺はイエローを抱えて最後に飛ぶ。低い雨雲からモスプレイが現れる。
いよいよ横殴り。台風はこれからだ。
第二部完