15 縞々拡散、螺旋虹色
文字数 3,835文字
四人はさらに沢へと降りる。俺はピンクを抱えて飛ぶ。イエローは猪のように藪をかき分ける。特性からのイメージだけど。
「SLが走っている辺りかな?」ピンクが言う。
そんな交通手段がまだ残っているのか。たしかに想像を絶する秘境だ。
***
「ではさっそく始めよう。サイドとセンターでは要領が違うが、お前は受け取りだけを覚えればいい。まずは見本を見せる。ピンクとイエロー来てくれ」
ブルーの両脇に二人が並ぶ。三人が手をつなぎあう。
機内でレクチャーは受けている。
ストライプスプレッドとは、それぞれの精神エナジーが集結されて光となり、敵へと発射される特殊攻撃。三つのイメージカラーが螺旋を描き、敵を粉砕する。正義の女たちにふさわしい、美しくも残酷な切り札だ。
やり方は聞くだけなら簡単。中央の人間が意識を二人と合わせて、高めれば、彼女の体からエナジーが放出される。
その攻撃力は三人のレベルを合わせたものを上回る。両手をつながれる人間は、もっとも力あるものがやるべき。放出エナジーにかなりの差がでるらしい。
だからセンターを
デメリットは、戦闘時に三人が集結しなければならないこと。かつマイムマイムみたいに手をつなぎあうこと。敵も手拍子して待ってくれないよな。
短所といえないかもしれないけど、参加人数は奇数だけ。なので今のモスガールジャーでは一人が支援にまわることになる。
今のモスガールジャーだと……。
「キメのポーズなどいらない。全員が手をつなぐだけ。そして中央の掛け声に合わせて、心をひとつにする。全員が声を合わせればなおさらよい」
両手をひろげたブルーが言う。
「今夜みたいな掃討任務で、一度試したことがあります。上級が壁にめりこみ消えました」
その右手を握ったイエローが言う。
「でも
左手をつないだピンクが言う。それは覚えている。こいつら余興かと思った。
「一か八かの状況ではお勧めできない。とどめの一撃か
彼女たちは沢の向こうの巨岩と向かいあう。俺の暗視能力で確認する限り、カモシカはいなさそうだ。
5,4,3……と、心でカウントダウンしながら見守る。……1,0。
「「「ストライプスプレッド!」」」
三人の声が重なる。なにも起きない。
「……ひさしぶりだからな。やりなおすぞ」
三人がまた心をつなぎあわせる。
光は三回目で発射された。ブルーの体が無色に光る。同時に彼女の体から、青黄桃の光が飛びだす。三色は競り合うように絡みあい、巨岩へと一直線に飛び縦に裂く。
「すごい! 強くて、そして綺麗!」
スカシバレッドならば目を輝かせて拍手するに決まっている。
「デメリットがもう一つあった。センターの人間は体力をかなり消耗する。つまりコンディションのパーセンテージが低下する。……力を受け取りながらおのれの力を敵に向けるイメージだ。抽象的だが、これ以上の説明は私でも難しい」
ブルーが額の汗を拭きながら言う。
「エリーナは休んでいて。じゃあスカシバの出番だよ。あの岩なんか吹っ飛ばそう!」
ピンクが跳ねてきて、俺の手を握る。イエローも。
二人の手は柔らかくて温かだった。
*
「五回目ぐらいで出ると思ったが」
岩に座っていたブルーが立ちあがる。
「十回やって駄目だと、なにか問題があるとしか思えない。イエロー、私と代わってくれ」
*
「ずっとだと疲れませんか? スパロー、私が交代します」
イエローが人を傷つけない言い回しでメンバーチェンジする。
*
「レッドのレベルが僕たちと違いすぎるからかも。僕たちがもっと強くならないと無理かも」
ピンクは十四歳のくせに気配りできる。
「やはり英語のせいじゃないですか? レッドも大学生になれるほどだから、司令官のネーミングが気にいらないのでは」
イエローは優しいけど、それはない。俺はストライプもスプレッドも意味を知らないから気にならない。
「どっちにしろ今夜は終わりだ」
ブルーが俺から手を離す。
「まだ私たちはひとつになっていない。戦いを重ねて信頼が生まれたら、いずれ発射できるだろう」
俺に背中を向ける。イエローの柔らかすぎる手も離れる……。
「ひとつになれるはずがない!」怒鳴ってしまう。
三人が俺を見る。スカシバレッドは地面に目を落として言う。
「私を信じていないからだ。闇落ちしたレッド、カスのグリーン。みんなから何も聞かされていない」
スカシバレッドは涙をこらえる。ずっと俺は人と仲良くできる性格ではなかった。悪ふざけが苦手だし、いじめなど大嫌いだし、頭に血がのぼるとおさえられないし、喧嘩になると強すぎて地元では恐れられているし。だから大人になるにつれて一人で過ごすようにした。人との触れ合いを極力避けてきた。
でも、こいつらは違う。最初から分かっていた。きっと俺と同じで強くて弱くて不器用で、同じ奴を求めていたに違いない。
なのに、こいつらはまだ俺を受けいれていない……。
「レッドの言うとおりかもしれません。でも私たちは弱いだけでした。今も」
イエローが涙ぐんでいる。知らぬ間に俺は心の丈を声にしていた。
「どこのデリカシーのない奴から聞いたか知らないが、そいつらの件を告げるのは司令官の役目だ。……彼女には伝えられないってことかな」
「隠し事があるから一つになれないのならば、レッドに教えないとなりませんね。……
シルクイエローがスカシバレッドの手を取る。
「あの技は、五人の力を合わせれば、最終変化の中央幹部さえも倒しました。レッドを扇の要にして両脇にブルーとグリーン。さらにその隣にイエローとピンク」
それがここまで落ちぶれて、弱いレッドを歓迎するチーム。
なおさら愛してしまう。
「ねえ。名前を変えてもう一度だけチャレンジしよう。もっとかっこいいのに。レッドが決めて」
スパローピンクも俺の手を握る。
ブルーがうなずき。
「私がカウントしよう。10,9,8……」
いきなり振るな。……ネーミングセンスが問われるぞ。混ざることなく螺旋を描いた光。そこに赤色が加わるのならば。
「2、1,0」
早いって! と、紅月ならば慌てるだろう。でも、スカシバレッドは。
「スパイラルレインボー!」
高々と叫ぶに決まっている。
***
モスプレイは東海の秘境に別れを告げる。
「もう一息だったよ。手をつないでいて感じた」
中学二年生になぐさめられる。
成功しないに決まっている。互いに秘密を抱えて遠慮したままなんて仲間ではない。
そう。お互いに。
俺だって、三人に伝えられなかったことがある。先日のカフェで。
*****
俺と夢月は抱きあったまま離れなかった。
物理的に離れられなくなった。
「ふん!」夢月が力を入れる。「柚香。私ごと時空を凍らせないでくれない?」
彼女は俺から離れる。俺は動けない。目線も動かせない。
「この店の人間すべての記憶を消す。夢月がいると面倒だから帰って」
黒装束の巫女が視界の隅に現れる。外は動いている。でも店内からは何の気配もしない。音も時計も止まっている。
「なんで?」
「あなたは邪魔なの! だ、だって、ここは一般人だらけで、そいつと木畠もいる。夢月はモスプレイを落としただろ。これ以上問題起こしたら追放されるよ」
「ほんとだ。アメシロちゃんだ。いつもオウムでいればいいのに。で、この人の名前は?」
「え? 知らな」
「
「……相生智太」
「かわいい名前。智太君またね」
夢月は身じろぎできない俺の目を、目を細めて覗きこみ、自動ドアを開き戸に変えて、ちゃんとに閉めて去っていった。
「あんな化け物に惹かれちゃ駄目だろ」
和的露出ゴスロリの柚香が目の前に来る。
「奴を抑えようとしてエナジーがあふれ出た。コンディションが60パーぐらい減ったかも、へへへ。……奴は生身だったよね? 化け物には意味なかったけど、ここの時間はもう少しだけ凍ったまま」
柚香は俺を見つめる。この子は長い黒髪だと小猫じゃなくなる。雪解け水のように清純で
でも彼女は唇を舌で濡らす。犬歯が見えた。俺の頬に手を置く。
「おかげで疲れました。昨夜助けてあげたのだから、少しだけエナジーをくださいね。いつもは首筋からだけど、智太さんなら」
背伸びして目を閉じた深雪の顔が近づいてくる。
「うわあああああ」
俺は呪縛を解き、彼女をはらいのける。
「……動いていたの? あなたも化け物?」
ドアに衝突した黒巫女が、俺を唖然と見ていた――。
「ちゃんとに聞いているのか?」
またブルーに怒られる。
「たしかに病院ならば、私も行けるかもしれない。しかし日曜日だとスパロー君の母親が」
「今夜の戦隊ごっこは終わりだ。夏目は来なくていい。お前は隼斗のお母さんが現れぬように呼びだしてくれ。今後の基金の件とでも方便を使え」
そしてブルーは俺たち三人を見まわす。
「では日曜日の午後に隼斗の病室で、男四人で会おう。相生に、みんなの口から教える。モスガールジャーのファーストメンバーのことをな」