13 ロミオな俺
文字数 3,887文字
諭湖が黒いワンボックスカーを運転しなから言う。
「屈指の追跡者である凪奈でも追えません。政府が極秘裏に打ち上げた人工衛星を利用した裏GPSも解除しました。もう誰からも探知されません。もともと高速道路はフリーで使用できて、記録されない存在ですし」
「変身してから運転すべきかも」
俺は助手席でハラハラしている。女子中学生の運転は荒い。20cmの距離までの幅寄せとハイビームとクラクション。これがあおり運転って奴か。
「お互いが肌を許すのはしばらく先です。なので私のビキニ姿を見せるのもまだです。……凪奈が
諭湖は大井南インター手前に停車して、「砂丘ランドまで逃げれば……」とカーナビを操作している。
俺の欺瞞の魅力はオタっぽい十三歳の布理冥尊にも通用するようだが、そこにはラクダが生息しているらしいが、そんなところまで行っていられない。おそらく眼鏡をはずせば(そこそこ)かわいい娘だろうけど、下手すれば未成年者誘拐で逮捕される。
「私は千円しか所持していません。ガソリン残を考えると、しゃちほこランドまでしか行けません。あなたはいくら持っていますか? ……あなたの名前を教えてもらえますか?」
そこが何県なのか知らないけど、ポケットから二万円がなくなっていた。ハイグレードどもめ……。
「俺を拉致した駅に戻ろう。名前は教えられない」
「私は裏切り者です。捕まれば、耳を削がれ鼻を削がれます。それはあなたも同じでは? 叛逆者にはテロリストの血の制裁が待っているはずです」
俺はまだ叛逆していない。
「諭湖をレジスタンスで匿ってもらう。前例を知っている」
「……ウラミルフですね。奴は恐らく原理主義ですよ。昨日ダミーのアジトを監視する結界内のテロリストを、私は別のビルから監視カメラで眺めていました。あなたであるスカシバレッドは、白滝深雪と百合っぽい雰囲気を醸していました。あなたたちはリア充ですか?」
「それはない」いまのところはまだ。
「ではレッド同士で、紅月照宵と?」
「それもない」
彼女には、スマホと財布を返してもらわないと。鍵とパスと学生証とサングラスも。おかげで身元がバレなかったけど。
「では、モスガールジャーのメンバーと女性の姿と男性の姿それぞれで。主に男のままで……」
諭湖の鼻に詰めたティッシュがまた赤くなる。
「絶対にない」
「わかりました。とりあえず江東区に戻ります。道すがら、二人の未来を考えましょう」
ワンボックスは発車するなり派手に切り返す。東の空が白んでいく。
***
それぞれ所属する組織を裏切るのはよくない。なので引き裂かれた二人のままだけど、ああ、涙を呑んで別れましょう。またすぐに会えますよね? という彼女の案に当然従うことにした。
「俺の写真は撮られているよね?」
聞きながら、諭湖に借りたスマホで毎日十回の復唱を義務づけられている番号へと、駅名と車名をショートメールする。これでこの番号は二度と使われない。すぐに新しい番号が日本中のチームに通知される。この一か月で三度も変更されている。
「私だけが撮りました。それも削除されたと答えておきます」
諭湖はスマホをポーチにしまいながら、片手で運転する。
上級戦闘員二名を倒したスカシバレッドは、さらには親衛隊員までも倒し、彼女を拉致して車を強奪して逃げた。どこぞの駅で彼女を昏倒させ束縛し、早朝の都会に消えていった――。そういう筋書きにするらしい。さすがレッドと、さすがに
「生身のレイヴンレッドの戦闘力はレベル18に値します。しかも虎は追い詰められれば……。本宮は、龍も虎も同じ穴の貉と納得するでしょう」
貉の特性を持つ諭湖が答える。焼石の報酬は生身での力と聞いていたが、麦わら帽子にサンダル履きの状態で、手足を伸ばせるはずもなく、エリーナブルーたちより上なのか。グレネードランチャーを持ち、空高くジャンプするエリート戦闘員に勝るというのか。ギアがセカンド、サードになったらどうなるのだ?
あり得ない。ガセだ。というか、俺の特性が知られているみたいだが、もうひとつの恥ずかしいのもバレているのだろうか。
交通量は少ないので、ワンボックスカーは平均時速90キロで進む。クラクションを鳴らして五台ぐらい追い越して、クラクションを鳴らしながら信号を五つぐらい無視したら、すぐに駅に着いた。さすが布理冥尊。悪に精通している。
街はまだ青白い。人通りは無しに近い。
「この車をでた途端に凪奈の追跡が始まることを覚悟してください。……また会えますよね」
鼻にティッシュを詰めて、後ろ手に手錠をした諭湖が、一万年と二千年の別れのような目を向ける。俺は布理冥尊相手にそんな感慨はない。女子中学生相手にも。
「少し痛いかもしれない」
思いきり彼女の後ろ首を手刀する。
「……精霊の盾をはずします。今度は加減してくださいね」
再度同じ強さでチョップする。諭湖がウッと気絶する。スマホをポーチから取りだす。
『一名到着。クラクションを二度』とメッセージが画面に表示されていた。パスワードを聞きだすために再度起こさずに済んだ。
言われたとおりにして、助手席で待つ。昨日の服装に薄手のカーディガンをかけた深川蘭が現れる。もう一度鳴らす。
***
運転席で眠る女の子を見て、蘭さんが俺に不審な目を向ける。事情を一通り説明する。
「貉? ニンフ? ……この子が“穴熊パック”だと?」
蘭さんが諭湖を後部座席に引きずる。
「夜桜のガキの片腕じゃないか。こいつはマンティスグリーンと違った意味で変幻自在だ。しかも賢い。先月四国管轄のチームが全滅したのも、先々月東海管轄の作戦が大失敗に終わったのも、こいつの仕業だ。昨日の我々の失態の一因もどうせこいつが噛んでいる。裏から指図していたのだろう。……とてつもない手柄だぞ」
その手に注射器が現れる。
「後ほどゆっくり、洗いざらい吐かせてやる」
……ちょっと待て。命の恩人を本部に直行させる訳にはいかないよな。
『やさしく』
『ご丁重に』
言葉通りに捉えていたピュアな俺でもさすがに気づいた。麻酔を打たれてすやすや眠る押部諭湖は、バケツで水をかけられて目を覚ますなり拷問される。ボーナスポイントが100もある抹殺対象であろうと、眼鏡が落ちた寝顔だけ見れば、あどけない女の子なのに。胸はまだまだだし、将来的にも期待できなさそうだけど。
そんなことは関係ない!
「そこまで怒るな。……分かった。夏目にも相談する。悔しいが道理だしな」
蘭さんの手に、司令官の端末と似たものが現れる。
「起きていたのか。さすがに、さきほどの緊急メッセージを気にしていたな。……気づかなかっただと? インスピレーション中? 関係ないだろ。それよりも…………切るな! 赤モスが一緒だ!」
人は怒るとマジで青筋が立つのか。蘭さんは通信を終えるなり、端末を車のフロントガラスに投げる。衝突する寸前にそれは消える。
「港区の一等地に使い捨てのアジトがあるらしい。そこで合流するから急いで来いだと。あいつは何様だ? 何者だ? とてつもない富豪の娘か?」
「蘭さん、冷静になりましょう。昨日の失態の一因はそこにあるかもしれません」
俺のアドバイスに、彼女の青筋がなおさら増える。
俺の手にいきなりスマホが現れる。女性向サイズ。白色のカバーの裏側には、雪の結晶と満月と紫色の花……。
「それは雪月花の通信端末だ。今日が終われば一切あれと口をききたくない。お前が窓口になれ。以前にもエリーナに依頼したが、忙しいし道理でないと断られた。……他の二人のがまだしっかりしていそうだが、私はレッドを信じる」
信じられようが、ブルーが道理でないというのならば道理でないのだろう。俺も断るけど。
「これがあれば私と直接連絡取れる。レッド同士で連絡も取れるようにしよう。
……商売人の顔になっているぞ。お前は釣り目が好みだったのか? もちろん柚香とも連絡取れる。にやりとするな。
使用履歴は記録されるから私的に使うなよ。これからは余程の案件でないかぎり夏目でなくお前に連絡する。木畠に血がでるほどにつつかれようが気にするな。
あの穴熊を捕らえたのだ。お前が嘘っぱちの魅力にあふれているのは間違いない。でもな、柚香はピュアだ。あの子を騙したら、私の残りの人生は、正義でなくお前を地に伏すために存在する」
蘭さんの真剣な目に俺も真摯にうなずき、端末を握りしめる。トリセツがないので、使用法をざっくり教えてくれた。さすが魔法少女って感じの端末だった。
大事なことを言っておかないと。
「借りた二万円を布理冥尊に奪われました。なので」
「それは自己責任だ。約束通り今月中に返してもらう。それよりお前のマーキングを消さないとな。一巡の変身をリターンする。
きょとんとするな。つまり私とともに赤モスになる。そして紅月とともに解除して、いまのイラつく姿に戻る。面倒くさいだろうがクリーニングされて、ハウンドピンクがつけた
夏目の顔を見ると忘れそうだから今のうちに済ましておく」
蘭さんが運転席に移動する。助手席の俺を左手で抱え込む。俺の体が裸になり、今度こそこの子をしっかり見ようとするけれど。
「私を覗く気か!」
俺の首は左80度に曲げられて、そのままスカシバレッドに転生する。