04 お見舞いで「……」
文字数 2,295文字
その予感に間違いなく、俺はまたも死にかけて、置き去りにされたスパローピンクは風邪をひいて本体である隼斗も風邪をひいた。
俺のチョイスは間違いと初めから分かっていたし、夢月は何でも許してしまうほどかわいいけど、スカシバレッド相手に豹変するのだけは堪忍して欲しい。おかげで弱くなった自分を生死の境でしびれるほどに確認できたけど。
『殺しかけて必死に看護したのだろ。夢月さんでも蒼くなっただろうな』
千由奈は俺絡みを脳内脚色する。赤い二人は精神エナジーが枯渇しようが乳繰り合えると教える必要ない。
『隼斗君から連絡あった。あの二人は本気で戦っているみたいだったって。僕も強敵相手に実戦経験が積めたと感激していたよ』
さすが隼斗。でも実際に迎えに行ったときに、
『また100越えたなんて喜んでいたけど、僕なんて雑魚だったね。戦闘モードに入った夢月さんは、まずはスカシバレッドを倒す、それだけだったっくしょん!』
俺同様に弱さを実感させられていた。
そう。俺だって弱い。模擬戦のあとは俺がリードしたけど。……かわいかったな。
***
などとのろけていたら翌日になってしまった。面会時間は午後二時からなので、三限に出てから江戸川区へ向かう。
花束を買い、研究生の真似などせずに病室へ行く。ノックすると、町田さんがでてきた。
「夏目さん方がお越しですよ。狭くなるので、私は表にいます」
「女性は夏目だけですか?」
「はい」
町田さんがパイプ椅子に座る。俺は、こんにちはと中に入る。藍菜と落窪さんと紗助君がいた。
「今日は大安か? 賑やかだな」
清見さんは枕を背にして上半身を起こしていた。顔色は昏睡していたときよりはいい。まだやつれているけど、俺へと笑ってくれた。
「おっしゃるとおりですよ、ぐひひ」
落窪さんが落ちくぼんだ目で笑う。
「お花とは、気が利くようになりましたね。ぐひひひひ」
「もっと中に入れよ」
紗助君が勧めてくれる。彼の顔色もよくなった。卑屈な態度でなくなった。
「清見さんは俺なんかよりお前にそばにいて欲しいしな」
やっぱり卑屈だった。
「人がいっぱいいると救われる。一人になるのが怖いぐらいだ」
清見さんが笑う。
彩りランドで戦い切ったエリーナブルーは、ストックしていた700ポイントを受け取った。レベル23になった。自信も取り戻したようだけど……レベルの増加が少なすぎる。
「なんなら私が今夜添い寝しましょうか?」
藍菜はけたけた笑うけど。
『清見さんの精神エナジーが人並み以上に戻ることはないみたい。無理やり上げたレベルはじわじわ目減りしていく』
櫛引博士の残酷なコメントを彼女から聞いている。
『報酬は別だから大丈夫ぽい。――ご家族から聞いた話だと、昔の清見さんはおとなしくて、おのれの才能を信じられない人だった。それが報酬により自信をもたされた。ありすぎても横柄になるから、今ぐらいでいいんじゃないの?』
司令官の言葉に従うだけだ。清見さんはもう戦わない。本人も望んでいない。
「赤さんも死んだらしいな。隼斗や新しい緑も。陸さんに至っては二度も殺されたのだろ? 無理させるなよ」
紗助君が卑屈に笑いながらもみんなの身を案じてくれた。この人ももう戦わない。
「相生の戦いぶりを聞いた。あの悪魔を倒してくれたのは感謝する。だが、お前こそ何度も死ぬ羽目になるぞ」
清見さんも説教ではない。俺を案じての言葉だ。
「了解です」
俺の一言を最後に沈黙が流れているではないか。もっと言葉を継ぎ足せよ、俺。でも……。
「私も先日やられました。ここにいる誰もが経験者ですね。司令官にしても生身で何度もつらい目にあわされていますし、ぐひひ」
落窪さんが俺へとお茶を入れた紙コップを渡しながら言う。
「平和な時間でも、たとえば木畠さんが勝手に変身すればペナルティです。それはないでしょうけどね、ぐひひひひ……」
茜音は昨日精霊になり俺を殴ったな。スパローも昨夜変身した。……俺もではないか。藍菜にとてつもなき不運が待ち構えている。伝えておくべきか。
「閃きました。この四人でチームを組みましょう」
一人だけ椅子に座った藍菜が唐突に言う。
「冗談だから紗助君はびびらないでよ」
この女はからから笑うけど、洒落にならないネタを振る女には、洒落にならない目にあってもらえ――。
どうしてもドアを見てしまう。俺は恐れているのか、待っているのか。
「さっきからお前はそわそわしているな」
清見さんが俺へと笑いかける。やつれた笑み。
「陸奥は今日来ない。だから伊良賀がいるのだろ。恋人ならばこまめに連絡を取れ。愛想を尽かされるぞ」
……清見さんはなにも知らない。柚香もわざわざ伝えるはずない。むしろこの人のために教えない。力を合わせて救った二人。腐れ外道な一人。
病室の静寂は十二秒。清見さんが怪訝に思うまえに。
「さてと、落窪さん、紗助君、そろそろ広尾に戻りましょうか」
藍菜が逃げやがる。
「そうですね、ぐひひ」
「清見さん、一緒に元気になろうな」
ちょっとだけ若草の香りを残して三人は去っていく。
清見さんと俺だけになる。
「もう少しだけ表にいてもらえますか」
清見さんが町田さんに言い。
「……相生。手を握ってくれ」
痩せた手を差しだす。
柚香も握ってあげたのだろうか。小刻みに震える手。俺は両手でしっかり握る。
「すまないな。……力を合わせて頑張ってくれ」
清見さんは涙をこらえる。俺はこらえられない。なにも言えない。この人の前だけでも柚香と仲良くしてあげたい。姑息なことだけ考える。