26 丘の上の総力戦
文字数 4,512文字
南端の遊歩道が整備された一画が見えた。あそこに柚香がいる。
『落窪さんからの情報。大幹部ヴァルタン征爾は彩りランド支部長なんて大物。特性は忍者と幻。分身などの様々な特殊攻撃は、一度嵌まると知恵が足りないものでは抜けだせないらしい。なので、スカシバレッドも気をつけて』
俺は知恵が足りてると思うけど、紅月は嵌まってしまったのか。
飛びながら、雪月花への連絡を心に思う。端末が右手のひらに現れた。紅月へと通信する。
「こちらスカシバレッド。紅月、聞こえているか? 深雪がヤバい。こちらスカシバ――」
応答してくれない。蘭さんは……オフになっていると通知。仕事中だろうが関係ないだろ!
「紅月! 紅月!」
夢月へと延々と叫ぶ。……どこにいる。頼むからつながってくれ。
『スカ、しつこい! 私はあんたと違って忙しいの! 十三夜ぶっつけるぞ!』
なんて奴だドゴン!!!!!
ながら飛行だとしても、空中におもいきり衝突した。ずるずると落ちる。空に見えない壁がある。
『エビの化け物たちが、あと百体倒すとボーナスステージと言っている。ハイスコアを目ざしてやる! じゃあね』
紅月の通信が途絶える。……たしかに知恵が足りないかもしれない。
スカシバレッドはおでこをさする。見えない壁へとソードをクロスする。跳ねかえされる。果し合いをするのは柚香を襲ってかららしい。
『三人に緊急指令! 牧場の羊を解放するように。存在を忘れていた』
俺には関係ないから、柚香に通信。
「結界を消したい」
『あではおでのよりずっと強い。紅月じゃないと無理。グループ通話に切り替える』
「紅月! 俺だ。相生智太だ」
『スカの声だけど智太君だ! 今どこ? 深雪はどこ?』
『鬼とかカマキリがいますよね。私はそれに狙われています』
『……いないよ。エビたちがフォフォフォフォ言っているだけ』
「そこから脱出して結界を消せ。そうしないと俺は行けない」
『うん。だったら十三夜、十三夜、十三夜……。なにも起きないよ』
『雪月花端末はグループ通話に脆弱性あり。傍受に成功』
アメシロの声がモスウォッチからした。
『内容から察するに月は亜空間に囚われた。レベルに関係なく、知恵が足りないと嵌まるらしい。スカシバレッドこそ気をつけて』
『空間を破壊すれば脱出できる。十五夜を使わせろ』司令官の声。
「……紅月、十五夜を撃て」俺は伝言する。
『町では駄目! 一緒にいる私にも責任が来る』必死な深雪。
『傍受だと雑音がひどい。彼女たちは何と言っている?』
「責任がなんたららしいです」
『案ずるな。責任はモスガールジャーも折半する。と伝えてくれ』
「案ずるな」
メッセンジャーは面倒くさいから要約する。
「全責任を与那国司令官が持つ! 夢月、発射しろ!」
『だ、だとしでもかぐや姫でだよ! スーパーの姿じゃ駄目だよ! 空にだよ! みんな死ぬ!』
『やった! ひさしぶりの、十五夜!』
結界の向こうには平和な公園が広がっている。春には人があふれるだろうけど、今日は布理冥尊により誰もいない。遠くで羊が鳴いている。……カマキリと鬼が見えた。俺を指さして笑っている。空間に亀裂が走った……。
はやく逃げろと野獣の感が訴えた。だから必死に高く飛ぶ。
疑似空間が破裂した。そこから結界内が紅色に充満して――、割れて俺も吹っ飛ばされる。
……夕焼けみたい。十五夜が上空に向けてでよかった。これなら秩父市民は『今年の芝桜は夏に空にも咲いてくれたよ。色も濃いね』って気づかないし、全責任は司令官がもつし……。
なんてことを考える時間はない。俺は公園に戻る。丘は焼け野原。羊を逃しておいてよかった。
『ヴァルタン征爾消滅。だが地上の三体はほぼ無傷』
「この野郎!」夢月の実声がした。「今日こそ叩きつぶしてやる! ミカヅキ!」
うわっ……。巨大な黒光りするあれが、羽根をひろげて真横を飛び去る。しかも尻からジェット噴射。轟音を残し町なかに消える。ミカヅキに乗ったかぐや姫があとに続く。
『親衛隊ジェットゴキが慢性渋滞の秩父市内に逃走。歩行者は皆無だが家屋内には人がいると思われる。その人たちに危険が及ばぬよう、月に追跡を続行してもらう』
敵は二体消えて仲間は一人いなくなった。そんで、なおもレベル190台が二体残る。スカシバレッドがお相手かよ。
『相生。おでの結界も消えた。むき出し。はやぐ来て』
柚香は……発見! 白い深雪姿で東の林の縁にいる。
布理冥尊は気づいていない。再び空から現れた
黄色い腰巻だけを巻いた四メートルはあろうかという鬼。こいつがオーガイエローか。謎であった五人衆が、空から向かう俺をうまそうに眺めている。その手にこん棒が現れる。
俺の手にスピネルソードが現れる。
オーガイエローが跳躍する。巨体が悠々と数十メートルも。
『機会!』
『照射!』
……真横に、上空からの強烈なエナジーを感じた。音も風圧もない。でもオーガイエローがいなくなる。地面に巨体を埋めていた。
『地上のターゲットに照射すると甚大な被害が発生する。スカシバがとどめを刺すように』
『一般人が3キロメートル以内にいる場所でのモスキャノンの使用は厳禁らしい。圧縮した精細照射ができるようになってもだ。だが知ったことじゃない。責任は蘭と折半だ』
『司令官! 本部が高位エナジーの発生をはやくも確認。照射の全責任は与那国司令官にあるとのこと』
スカシバレッドはソルジャーだ。上層部のやり取りなど知ったことじゃない。だから。
「アルティメットクロス!」
特大の赤いXを地面に飛ばす。起きあがろうとしたオーガイエローに直撃。
「アルティメットクロス!」
もう一撃。
巨体の精霊が消滅する。
無傷で五人衆を倒してしまった……。なのに俺のエナジーはまだまだたっぷり。あっという間にマンティスグリーンだけ。
追いつめられても奴は飛んで逃げられない。でも地上にモスキャノンを放てば公園にクレーターができる。秩父の子たちを悲しませてしまう。というか、丘の下に電車のトンネルがあるし。
ここからは白兵戦。まさに果たし合い。
なにより俺は深雪のもとに降りる。……白装束が赤く染まっている。また頬が腫れて、鼻血が固まっていて、その目から安堵と涙があふれだす。
俺は彼女を抱きしめようとするけど、彼女もそれを待っているけど、まだマンティスグリーンがいる。それに今は相生智太じゃない。スカシバレッドは白滝深雪に背を向ける。
林から桃色の狼煙があがった。すぐに消える。
「大丈夫。モスガールジャーに任せて。蛾の群れはカマキリさえも倒す」
スカシバレッドは合図と対極になるべくカマキリへと円を描く。
「おらっ!」
カマキリが斬撃を飛ばす。俺はスピネルソードで弾き――体が吹っ飛ばされる。
「へ? 弱いじゃねーか。赤いからびびったが、小細工抜きのが良かったか」
マンティスグリーンが即座に襲いかかる。俺へとのしかかる。でも、馬鹿め。
「「「スパイラルレインボー!」」」
スパローピンクをセンターにした、桃黄青の螺旋がカマキリの背へと直撃する。さらにもう一撃。
「「「スパイラルレインボー!」」」
「……さすがに、これが効くはずねーだろ?」
マンティスグリーンの三白眼があざ笑う。羽根をひろげ尻を震わす。
うわ……。茶色くて巨大で柔らかそうで細長いものを、勢いよく林へと飛ばした。
「俺も貴様と同じく精霊だと雌だ。卵鞘を林の奴らにぶつけた。逃れられない泡の中で、あの三羽は小カマキリの餌になる。……目を見れば分かる。貴様は死ぬまで戦うタイプ。残念だが喰うのは諦める。消滅しろ」
体重を乗せて、俺へと鎌をおろす。
「ぬお!」
俺は対のソードで必死にこらえる。
でも鎌はもう一つある。三白眼が俺をあざける。クリティカルな巨大な鎌を俺へと薙ぐ。
「清め給へ、護り給へ。清め給へ、護り給へ」
見えない空間に、鎌ははじき飛ばれる。マンティスグリーンも俺から吹っ飛ぶ。
白い白滝深雪が祓いの御幣を持っていた。左手には神楽鈴。
それを鳴らす。
「かしこき、かしこき」
鈴の音が具現化する。極太マーカーほどの無数の氷柱になってマンティスグリーンを襲う。
「効くか!」たやすく鎌ではじき落とされる。「喰らえ!」
「護り給へ!」
深雪は張りたての結界ごとよろめき倒れる。
「お前もだ!」
ハナカマキリがおおきく振りかぶり、俺へと対の鎌をおろす。
結界を切り裂かれるが、スカシバレッドは地を転がり逃れる。同時に飛ぶ。
「アルティメットクロス!」ソードをクロスさせる。
「ふん!」マンティスグリーンが鎌ではじく。
「清め給へ、強め給へ」深雪が俺へと御幣を祓う。そうだよ。受けはいらない。攻めだけだ。
「清め給へ、強め給へ」
祈りのたびに、スカシバレッドの力が増すのを感じる。いまの俺はスカシバレッドと深雪の力を授かっている。
その力を解き放ってやる!
「アルティメットクロス!」
スピネルソードをクロスさせる。
「マンティスクロス!」
マンティスグリーンも鎌を交差させた!
緑のクロスは赤いクロスを飲みこみ、俺へと直撃。
これぞ五人衆……。スカシバレッドは地に叩きつけられながら思う。
「護り給へ! 護り給……。相生!」
ハナカマキリがふたつの鎌で深雪を抱えた。顔へと寄せる。三白眼が欲望でゆがむ。
「うおおおおお!」
ワルキューレが王子が持つ尖剣をかかげて飛ぶ。
マンティスグリーンが振り返る。口からレーザー!
「うわあ」
避けられるはずもなく地面に落ちる。……熱波を浴びた。激痛なんてものじゃない。
マンティスグリーンが俺を嘲笑しながら、深雪を舌で舐める。
『召集!』司令官の雄叫びが聞こえた。
「リベンジグレイ、推参!」
灰色の影が時空から現れる。ぶっとい刀でハナカマキリの鎌を落とす。深雪が地面に落ちる。
「リベンジキック!」
灰色の影のドロップキック。マンティスグリーンが数メートル吹っ飛ぶ。
現れた女が深雪を見る。
「白滝深雪よ。残りのエナジーをすべてスカシバレッドの力にまわせ。私が時間稼ぎする」
リベンジグレイは長身でアッシュグレーのロングヘア。グレイの露出したコスチュームに、バストはシルクイエローに次ぐ。三十代だろうが圧倒的な美貌。……でも。
「私は悪の心を上回った善の心の時間しかこの姿に転生できない。いまはまだ一分ほど。……いまだ悪が残る私を正義の戦いに用いた責任は、あの方が負うことになる。ゆえに、それに報いる!」
灰色のエナジーソードを手に、マンティスグリーンへと駆けだす。……この女性はウラミルフ。落窪さん。
「「「――ンボー!」」」
林からの赤黄そして桃の螺旋が見えた。つまり三人は脱出。
白い深雪がよろよろと俺のもとに来る。ひざまずく。
「あっという間にひどい傷ですね。でも、あの人の言うとおりフォローしません」
ぼろぼろの巫女が微笑み。
「清め賜へ、強め賜へ」
黒い深雪となる。