45 夜空にこだました
文字数 3,445文字
「あり得ないだと? 私はあなたを信じているけど、あなたが数日にしてきたことは……まあいい。私は最善を尽くしただけだ」
ハウンドピンクの姿をした千由奈がベッドに座る。
「雪と赤い月は、モスガールジャーが拘束する手はずになっている。本部へ連行される」
だったら多少は安心だ。藍菜にしろ茜音にしろ、二人を本部に渡すはずがない。むしろ夢月が抵抗してシルクやレインホワイトを倒す方が心配だ。
「さっきも言ったけど、千由奈の兄を助けるのは、夢月と柚香、芹澤と岩飛の次だ」
千由奈はうなずきかけて。
「桧と湖佳は? ……あなたの体は?」
「それよりは先。戻るから乗って」
「スカシバイクにか?」
「俺の背中に」
相生智太の口調になってしまっている。そりゃそうだ。俺はスカでもスカっちでもない。スカシバレッドでもない。相生智太なんだから。かぐや姫が竹生夢月であるように。
「……龍に。このシチュエーションなら暴走しないね」
千由奈はあきらめたように普段着に戻り、俺のベッドに横たわるではないか。
「レオフレイムを回復させるのにエナジーを使わせられた。私は休まないと戦力になれない。ついでに、ここに送りこまれるために寝る」
置いていくぞと急かしたいけど、言えるはずない。
「花鳥風樹の端末は?」
「スマホと一緒に没収された。あれから誰とも連絡を取ってない。隼斗君とも」
「ちょっとだけ眠って。そしたら一緒に愛知へ行く」
千由奈がうなずき目を閉じる。かわいい寝顔。あっという間に痩せちゃったな。やつれちゃったな。ダイエットしろなんて二度と言わない。
「起きなさい。あとは龍の腕で眠りなさい」
数分しか経っていないけど、熟睡したところで頬を叩く。
スカシバレッドな相生智太はハウンドピンクでない春木千由奈を抱いて、窓から練馬区の空へと出る。
大好きな柚香と姫である夢月を助けるために体に力を込める。再び龍と化す。
「……でかすぎる。夜闇の結界でも隠しきれない」
爪で挟まれた千由奈が言う。
「あなたは眠って回復するだけよ。すぐに到着するわ」
「龍でオネエ言葉はやめろ。空で寝るのはまずいだろ。精霊にな――」
龍は音速をはるかに越える。人の目に視認できるはずない。
***
「瞬時に気を失ってしまった。おかげで多少回復したが寝なおす必要がある」
赤塚パーキングエリアの裏の裏で、千由奈がふらふらしながら言う。
龍はスカシバレッドに戻り、千由奈は千由奈のまま。夢月と柚香を探し歩く。真夏のコスプレでも意外と気にされない。むしろ顔を逸らしてくれる。寒い寒い。
女子トイレも探したけど……頼れる戦友と一緒だろ。取り乱すなよ、冷静になれよ、俺。
「いないな。では誰を追跡する? 智太さんの勘に従うが、急がないとマーキングを消される」
桜の花びらか。俺もやられたな。
「もちろん夢月と柚香だ」
「その二人と私は会ってないだろ。マーキングしてある奴だけだ」
「だったらハゲだ」
そして問答無用でぶっ倒す。
「分かった」
千由奈がピンクのマントで体を覆う。精霊となり鼻をくんくんする。
「あれ? マーキングはしてないけど、スパローピンクの匂いがする。すでにモスに確保されたようだな」
そんなに鼻が良かったのか! どっちにしろ連絡は取れない。
「まずはハゲを倒す」
「捕捉してある」
また臭いを嗅ぐ素振りをする。
「……だがレオフレイムも一緒にいる」
やっぱりか。穂村は俺が闇に閉ざされても構わない口振りだった。実際に炎をだしまくった。それほどの俺への怒り……。決着をつけないとならないか。
「獅子も倒す」
「……分かった。付き合うが仮眠する。東海のどこかの空で生身になりたくない」
千由奈本来の姿に戻り、サービスエリアの食堂のテーブルにうつ伏す。
この十四歳女子は心身ともにずたぼろなのに戦っている。そして殺される覚悟をしている。……賢くて一途。俺はこの子こそ好きだ。こいつが同年代の男だったら、友だちになれたかな? 頼れる友。そしたらバトミントンでペアを組んでメダルを目指していたとか。
だとしても熟睡したところで頬をやさしく叩く。
「湖佳? ……行こう」
千由奈は寝ぼけながらも立ちあがる。
***
夜闇の結界に包まれながら、スカシバレッドは名古屋に入る。
「近づいた――あそこだ」
腕の中のハウンドピンクが桜の枝で指す。
巨大都市の夜景に浮かぶ白い物体は、さすがに固有名詞は言えないけど、さきほど違うドームの名称を言ったかもしれないけど、某球場ですか。
「宗像も待ち構えている。決戦のつもりだ」
ハウンドピンクから緊張が伝わる。
そこで龍を迎え撃つとは、まさに本部の皮肉、いや覚悟。
近づいて、ドームのてっぺんに立つ三つの人影が見えた。一人は女性。二人は男性。
「一般人だらけの場所。龍にさせないつもりだな」
千由奈が言う。
「何よりレオフレイムを倒せ。奴がいるだけで私の補助攻撃はかき消される」
「豊橋では桜が舞ったし、散ったよね」
かき消されなかったから離脱できた。
「それは智太さんが、レオフレイムのかき消す力をかき消したからだ。……とどめを刺さなかったあなたを倒すのに躊躇したからだ。今回は分からない」
よく分からないから、とりあえず十六夜!
夢月がいたら、やっていそうだな。
「だったら出方を見ましょう。レオフレイムの本気度を測りまし――」
ドームからドームほどもある炎が飛んできた。名古屋の真ん中でフレイムオブカタストロフィ。炎が夜の地方都市を照らす……。
「なんて奴!」
ハウンドピンクが俺の胸で桜の枝を揺らす。
「すでに結界がかき消されている」
この炎は十六夜よりでかくて破壊力あるけど多少のろい。スカシバレッドは炎の下をかいくぐる。すぐに上昇する。彼女はかなり本気と知った。
ハゲの住吉であるシャチの精霊は羽根を持っていたよな。なのに誰も空へと追ってこない。龍を恐れてか。ドームほどの炎も無駄撃ちはしないようだ。
「犬の姿ならば100メートル落下の衝撃を耐えられる」
俺の腕に気品ある犬が現れる。シャンプーの香り。
「全力で降下しろ。そして私を手放せ」
「了解」
獅子を狩ったら合流しなおす。飛龍のごとく急降下を始める。風を切る。アフガンハウンドの毛並みが流れる。市街がどんどん近づく。跳躍する赤い影。
ファイヤーダイヤソードを構えた博多出身京娘が一直線に向かってくる。
「戦えないだろ。もう私を落とせ!」
アフガンハウンドが暴れる。ここは、まだテレビ塔よりも高いだろ。あれはたしか180メートルだ。……ドーム天井に落せばクッションになるかも。でもそこには本部の二人がいる。そもそも風船みたく膨らんでいるのではないかもしれない――
「焰舞!」
燃えながら飛んでくる斬撃。でかくて早くて渦巻いていて、柳のように何でもかわしたウィローブルーが喰らったものを避けられるか!
「夜闇! 夜闇! 夜闇!」
アフガンハウンドが名古屋上空で必死に吠える。
かすかな結界が炎をかろうじて弾く。なのに。
「とや!」
炎の渦の中から唐獅子浴衣女が現れる。燃えたぎる剣が一直線に俺の首へ向かう。
レイヴンレッドでさえ躊躇する部位への、クリティカル狙い。避けきれない。
「春風の治癒! 春風の治癒! 春風の治癒!」
アフガンハウンドが懸命に吠える。
半分以上切り裂かれた首が回復していく。
……この女の剣には、俺ほどに覚悟が込められている。さすが正義のレッドだ。
「手を離せ。戦いにならない」
声涸れたピンクのアフガンハウンドが言う。
絶対に離さない。これで戦う。奴はどこだ。
「私が落としてあげます!」
上空から降ってきた。炎の剣が俺の両手を切断する。アフガンハウンドの顔面を蹴り飛ばす。
「春風の治癒! 春風の治癒! 春風の治癒……龍にはなるな!」
俺へと必死に叫びながら、俺の腕とともに、アフガンハウンドが落ちていく。ハゲと宗像が待つドームの天井へと。
怒り。だとしても戦友との誓い。俺は暴走しない。
レオフレイムは空中で二段ジャンプする。また俺より上空に跳ねる。
「……穂村利里」
バイクの後ろに乗せて、一緒に水族館に行って、一緒にカップ麺を食べた黒目がちな女の子。
斬りおとされた手首からスピネルソードが生える。