05 女二人男一人の北国温泉紀行
文字数 2,756文字
春木千由奈は丸くなってきたけど、学校で一番ぐらいにかわいい。でも、ここにいない。
*
昨夜、無人島で死にかけた俺の見舞いに、桧と千由奈が石神井公園の奥の奥の住宅街を尋ねてくれた。
「以前は毎日顔をあわしていたから気づかなかったけど、見るたびに肥えている。湖佳は太らない体質みたいだから同様の生活をするな。食事を減らすでなく運動をすべきだ」
生死の境を共にした仲間であるからこそ、千由奈へと単刀直入に告げた。さらに付け足す。
「今のままで隼斗に会うと、あいつは幻滅する。
千由奈は赤くなり青くなりピンクのマントが手に現れたりして、涙目で端末も手に現して消えた。
戦友である前に十代半ばの女の子であることを忘れていた。翌日からの東北遠征に顔をださないほど衝撃を受けるとは思いもしなかった。
「お兄ちゃん! ずばり言ってくれてありがとう。みんなでフォローするから気にしないで。……お兄ちゃんは元気そうでよかった。明日から気をつけてね」
制服姿のままの桧が言う。年上との同居に影響受けずノーメイク。シンプルだけどブローしてあるミドルヘア。かわいくて綺麗。ある意味夢月よりも……なんて思わずただただ自慢の妹。
「飯食べていく? 今夜は野菜たっぷりの焼きそば」
「夕食当番は岩飛さんだからそうしようかな。洗い物は私がするね」
桧がテーブルに座りスマホを弄りだす。十一月も半ばだから七時だと外は真っ暗。クロ子が妹の膝に飛び乗り甘えた声をだす。
魔女は音沙汰ない。なのに今も俺たちを見ているような気がした。
*
「智太殿、またあの女の顔を思い浮かべているのですか? おお、おそらくあなたは、私が並べた不平不満を何ひとつ聞いていなかったでしょう」
湖佳の声で我に返ったが、何ひとつ聞いていなかった。どうせ夢月の件だろ。
「布理冥尊め、私の前で智太さんをけなすな。貴様がレベル上位であろうと、エナジーと引き換えに一撃で倒せることを忘れるな」
心が強くなりすぎた芹澤が叫ぶけど、今となってもその四文字は新幹線で言うべきでない。
「ほほお。だがどうやって転生なされるのですか? あなたが司令部にお願いしているあいだに私は消え去るでしょう」
「貴様が光学迷彩しようが向日葵はそちらに顔を向ける。そして私は智太さんと――、キラメキグリーンはスカシバレッドと抱き合い具現する!」
芹澤が立ちあがる。恍惚の表情で何かを思い浮かべだす。俺だってぜひ抱き合いたいけど、この狂信ぶりはレオフレイムを思いださせて正直怖い。
とかしていたら大宮を過ぎた。最初の目的地である、連中がいう将棋温泉まではあと三時間だ。
「千由奈はスクランブルをかければ来てくれるよね」
ハウンドピンクがいないと、弱くなった俺だけでは厳しいかも。
「花鳥風樹の端末にはスクランブルモードはございません。通信と離脱だけです」
「「はい?」」
芹澤とハモってしまった。
「一部のチームが本来の趣旨と違う使用をくり返したからでしょうか。ちなみに変身機能は竹生殿に頼んだら、喜んで破壊してくれました。なので私たちは、ああ、なおもマント経由で精霊のみです」
一部の団体とは雪月花のことで、さらに細かく言えば、それを利用して庭のテントに夢月を呼んだ俺。だとしても、俺が離脱して千由奈を連れて転送すればいいのか。もともとスカシバイクを転送させてこまめに使うつもりだったし。
「いざとなれば、
芹澤が言う。対抗心を感じるけど、その相手は俺の妹だ。
「特性を見ればどちらが本物か分かりそうなものですが」
湖佳が眼鏡の縁を上げる。
「褒めるようで気にいらないですが、竹生殿は
美の女神と軍神か。夢月にお似合いとのろけてしまうが、その称号はスカシバレッドにこそ似合うかも、などと自分の彼女を相手に張りあわない。
「美の武神はスカシバレッドに決まっているが、さすがは惑わしの妖精。あり得そうな言葉を並べる」
芹澤も眼鏡の縁を上げる。
「だとしたら龍は?」
「龍は水神。すなわち地球。金星と火星に挟まれたこの星です」
俺が地球だと? やっぱりこの子はいい奴だ。
「月と太陽の影響を受けるさだめの、水と大気の星。いや、月とはともに引き合い影響しあうと言うべきですな」
「……妹だからか?」芹澤がさらに尋ねる。
「さあ」湖佳が笑う。「厳密には従妹です」
よく分からないけど、惑わしを感じてしまった。
「あの子たちの今後。いかにお考えでしょうか?」
湖佳がトイレに行っている隙に、芹澤が直球で聞いてくる。
「家族のもとに戻らせるべきとは思うけど」
俺は言葉を濁らせる。
春木千由奈と洞谷湖佳。藍菜が抱える有能な興信所であれば、本名が分かればたやすく生い立ちを調べられた。機密扱いだったが、広尾で七時間粘って教えてもらえた。
春木家は一族から複数の高級官僚をだす上級国民。両親ともにガチガチの布理冥尊信者。ただし一般信者。護教隊ではない。『おたくの子供二人は背信者になった』と告げられたようで、布理冥尊に絶縁の誓いを立てた。本部に連行された兄の所在はなおも不明……であるはずないのに奴らは教えない。拷問し過ぎて伝えられない状況かもとのこと。それは正義ではない。
洞谷家はネグレクト。母親が再婚した際に、湖佳の精神エナジーに気づいた護教隊に夜の町でスカウトされて布理冥尊に転がりこんだ。娘が寮生活になり手付金ももらえて、親は大喜びでパチンコで溶かしたそうだ。残された弟は義理の父から虐待を受けた。そのクズは七月に交通事故で大怪我をした。ひき逃げ犯人は見つからない。
あの二人には帰る場所がないのかもしれない。とくに湖佳は。
「芹澤こそどうするの?」
俺は茜音から頼まれていたことを聞く。高二で中退して水商売でバイト。表向きはそうなっている。彼女も親から勘当状態だけど、こちらは戻れる可能性はある。
「貴殿とともに戦いを勝利で終わらせるだけです」
芹澤が一直線に見てくる。
「そのあとは?」
俺も一直線に見つめかえす。
「高卒認定を受けると思います。両親に迷惑をかけた分、自力で大学に通います。できるのならば正義の味方を続けたいです」
芹澤の強い心。彼女は言葉通りにするだろう。
湖佳が帰ってきたけど、三人に以降の会話はほとんどなかった。