17 ひと夏の体験
文字数 2,393文字
増水した荒川を渡る自信があった夢月は、俺を助けながら泳ぐ。でも島から遠ざかっている。
「もう一度変身して」
「うん。変身! ミカヅキ!」
俺までスカシバレッドに強制転生して、無事に島へたどり着く。
かぐや姫は濡れて十二単衣が重そうだ。声をかけて欲しそうに、俺に背中を向ける。
「私たちは正義の同志。果し合いなど馬鹿げている」まずは正論を。
「その喋り方ムカつくからやめよう」
「……俺は今の姿が気にいっている。この姿で戦いたい」
「智太君は変態なの?」
今日の夢月は比較的多弁だ。
「帰ろうか?」
「やだ」
「蘭さんが宿題を」
「やだ」
なんで絶海の孤島でコスプレ二人がこんな会話をする。
「智太君はスカシバレッドが本気で好き。私には分かる」
かぐや姫が礫岩を海に投げながら言う。
「まだ私を嫌いになってないよね? でも……三人の中で誰が一番好きなの? 正直に言って」
三人とは誰か分かるけど、昨日までは拮抗していたけど。理不尽な戦いを強いられた今は。
スカシバかわいいけど俺だし40%
柚香弱いとこあるしかわいい40%
夢月かわいいけどマジヤバい 5%
桧と丸一日会ってない。心配15%
100%まで戻ったが、彼女の脳内評価はがた落ちだ。口にしたら置き去りにされる。
かぐや姫がいきなり立ちあがる。
「……やばいかも」と水平線の向こうを見る。
スカシバレッドも立ちあがる――。野生の勘。を上回る野獣。
背中を上から一直線に切り裂かれる。
「ぐは!」
情けない声をあげてしまう。ようやくスピネルソードが現れる。
「げはっ」
振り向くと同時に今度は腹をえぐられる。
赤い大きな剣……。
「精神エナジーがダメージを受けただけだろ。赤子のようにわめくな」
侮蔑のごとき口調。
目のまえにレイヴンレッドが浮かんでいた。孤島すら似合う、燃える赤髪と漆黒のドレス。挑戦的な強い眼差し。
「二十六夜!」
かぐや姫から三日月の光が無数に飛ぶ。
「弱い月明かりなど怖くない」
レイヴンレッドは飛びながら、レッドタイガーソードで弾き落としていく。
「ミミミミミミ」
重低音が響いた。紅月が耳を抑える。俺は腹を押さえたままひざまずく。
「ミカヅキ!」
「花吹雪!」
桜の花びらが無数に振ってくる。視界がなくなる。
「魔法が弱まった。大技をださないと……! こいつめ、十三夜!」
目の前に現れたレイヴンレッドへと、贅沢すぎる月明かり。
でも、紅い光が通り過ぎてもレイヴンレッドは笑ったまま――。
「ぐえ!」背中から刺された。
「花見酒って技らしい。あれは幻覚で本物はこっちだ!」
「うっ」
おまけみたいにもう一撃斬られる。(紅月の数値を聞かされるまでは)ライフを誇った俺でも、これ以上はマズい。
「スパイラルソード!」
スカシバレッドは両手のソードをひろげ回転しながら空に飛ぶ。手応えなし。
また闇に包まれる。でも、これは昨日の虚無じゃない。ハンターがひそむ夜。昨日の檻が絶望なら、こっちは恐怖。
「紅月、単独だと無理だ」
合流して態勢を立て直さないとならない。……レイヴンレッドにたっぷりやられた。しかも向こうは無傷。まだまだ戦ってやるけど、焼石嶺真にやり返したいけど、そもそも奴はどこだ?
「セミ、今日は逃げないのかよ! 犬っころ、桜を消せ!」
紅月が桜散る闇の中で騒いでいる。
「ほお。月があせるなんて珍しいですね。親衛隊二人と五人衆二人の相手ならば仕方ないですけど」
この声は……押部諭湖。穴熊パック。どこにいる?
「あなた方のアジトで、私は途中から起きていました。いわゆる狸寝入りです。私は狐狗狸のように耳がいいので、いろいろ聞かされましたよ。
与那国司令官もとい夏目藍菜。ペンネームは“南西十字星彡”。私を小馬鹿にしましたね。フォローはすべて解除しました。手作業で星も全部消しました。実名もさらしました。
花である“ふかがわらん”と一緒に、私が仕込んだトラップに気づかず、中坊相手と喜んでましたね。
“あかねっち”がデータ移動した本体を特定できる可能性は半々でしょうか。でも、月が“ゆづき”。雪は“ゆか”? モスの“きよみさん”。
あなたは“ともた”。おそらく“あいおいともた”。
もちろん誰にも話していません。まだ」
俺は空でソードを振りまわす。諭湖がまた耳もとでささやく。
「演技が上手ですね。それならばあなたも狐狗狸のように騙せます。
あなたが私にかけたタオル。それは……二人のために、ここでの出来事に目をつぶれ。
ああ、そのサインは受けとりました。でもレイヴンレッドが絡んでいます。臆病な鴉は騙せません。なので、あなたはここで一度死ぬべきです。それで互いのフェイクが完璧になります。本来の生身のあなたにこそ尽くします…………!」
「パックめ、惑わすな!」
かぐや姫が闇を切り裂き飛んでくる。諭湖の気配が消える。
俺へと荒い息で。
「カラスと夜桜が揃うと、追われているのに気づけなかった。賢い系が揃っているから私だけだと無理。赤モスも怪我が辛そうだし、さっき智太君のスマホを時空の向こうに捨てたときに間違えて通信機も捨てちゃったから、戦線離脱しよ。
最後に寝た場所に戻されるからね。お母さんが旅行中だから私の部屋汚れているから、赤モスはじろじろ見るなよ。すぐに智太君になってください。……初体験が智太君となんて!」
何気にとんでもないことや意味不明を並べながら、紅月照宵が傷だらけのスカシバレッドに抱きつく。
「初めての、敵前逃亡!」
例の時空を越える力に襲われて腹に力を入れる。紅月を抱きかえしてしまう――。
***
見覚えのあるソファの上で、濡れた髪で仰向けの夢月にのしかかっていた。俺も海水を滴らして。互いに至近で見つめあいながら。
夏休みのオフィス街。壁に穴が開いた、誰もいない部屋で。