27 混合ダブルス
文字数 3,602文字
出雲さんが穴から覗く夜空を見上げながら言う。
「もう一度聞く。夏目の差し金か?」
霧島さんが鬼みたいな形相で尋ねてきた。
「ジジイの頼みなんか聞くものか! 私たちだけだ」
紅月が戦士の眼差しでにらみ返す。
本部への単独での奇襲攻撃。司令部にも蘭さんにもガイアさんたちにも言っていない。付き合わせたのは夢月だけ。
赤い二人で戦端を開く。おのれの姿がなくなった赤と、恋人の姿がなくなった赤。破れかぶれな二人で始める。だらだらしていられるかって感じだったけど。
よりによってこの二人かよ。ハゲがいたなら、ぼこぼこにしたのに。……霧島さんは二度死んで引退したと、蘭さんから聞かされたばかりだ。なのに滅殺の光すなわちスカシバーニングデストロイに消滅しない。消滅されても後味悪かったけど、レベル120以上確定。
「霧島、戦ってはだめ。……力に秀でた世代が問答無用に蹂躙。私たちレジスタンスがテロリスト呼ばわりされたのは、やっぱりあなたたちのせいね。それだけでないにしても」
出雲さんが悲しそうに言う。その手になにも現れない。
「俺はレベルオーバーだったが、魔女と黒岩に相次いで敗れた」
霧島さんは俺たちをにらむ。
「お前たちに勝てると思っていない。だとしても正義のために戦わないとならない」
それは違う。
「正義は私たち。あなたたちが間違っている」
スカシバレッドがきっぱり言う。
「でも戦いたくない。ハウンドピンクはどこにいます。教えてくれたら帰ります」
目を見れば分かる。出雲さんも霧島さんも野原宏ほどに極めていい人だ。なんでこの人たちと戦わないとならない。
「教えるはずないでしょ。……彼女のお兄さんがここにいなくて良かったわね。あの光を浴びたら、あの子は二度と立ち直れなかった」
出雲さんが言うけど、すり減った少年をなおも俺たちからの人質とするのか。それを止められないのならば、この人たちは弱い。弱いは悪じゃないが正義でもない。
「俺たちはいつでも離脱できる。陸奥を呼ぶだけ無駄だ」
言葉と裏腹に霧島さんは変身したがっている。
「深川蘭お得意の拷問になど付き合わない。コウモリにちょっとずつエナジーを吸わせない」
俺は紅月を見る。
「雪月花でそんなことをしていたの?」
言ってから思いだす。榛名山山麓で捕囚の悲鳴を聞いた。
「うん。私はやらなかったよ。面倒だからすぐにぶっ殺した」
それなら俺もよくやった。……わずか数か月でたっぷり倒してきたな。正義のためとはいえ、実社会ではどんな人だったのか知らずに。知ろうともせずに。
「スカっち。ぼおっとしちゃダメだよ。どうするの?」
紅月が隣で言う。スカっちだと?
「かわいくて嬉しい呼び方ね。……そうね。本部の七夕ランド支部は壊滅した。佐野市のドラッグストアに寄ってラーメン食べて帰りましょう。私は水だけでけっこう」
「うん! ミカヅキ!」
「待ちなさい!」
「待て!」
テンポよくエアサーフボードに乗りこんだ二人が呼びとめられる。
「ここへ何をしに来たの?」出雲さんが尋ねる。
「犬ころを探しに来た。いないから帰る」紅月が答える。
「どこに居るのかを、俺たちから聞きださないのか? そのために来たのだろ」
霧島さんのおっしゃる通りだ。でも尋問さえしない。どうせ逃げられるか、戦うことになる。
「紅月の野生の感に頼ります」
ミカヅキで日本一周すれば、ここだよと教えてくれるだろう。急襲して殲滅の仕切り直しだ。
「ははははは……」
霧島さんが笑いだす。腹を抱える。
「どのレッドも狂っている。もしくは馬鹿だ。本部はみんな笑っていた。お前たちは両方か? ……
「そう言うと思った。私の返事が分かっているくせに」
出雲さんの手に端末が現れてしまった。
「
地中の秘密基地を、緑色の光が照らす。
「俺はファルコンミント。特性は“
マントをたなびかせた緑色のつなぎ服の男が現れる。兜が顔を覆う。腰にはベルト。三十代であろうと格好悪くはない。手には緑色のソード。
続いて橙色の光が照らす。
「私はブラストオレンジ。特性は“熱風”と“鮮”」
マントをたなびかせたオレンジ色のつなぎ服の女が現れる。兜が顔を覆う。腰にはベルト。三十代であろうとスタイル悪くない。手にはオレンジ色のツインソード。
「「私たち『正義のパトロール、パッショマン』に勝てたのならば、夜桜の居場所を教える」」
絶妙のハモりで千由奈を交換条件にしやがった。ならば遠慮しない。それでも。
「あの子がどこかよりも知りたいことがあります」
スカシバレッドは正義が覚束なくなった人たちに尋ねる。
「本気で私と夢月を悪だと思っているのですか? 布理冥尊より、本部より」
二人は答えない。地下秘密基地の沈黙は十二秒。
それが答えなのだろう。
「ありがとうございます。戦いましょう」
スカシバレッドの手にツインソードが現れる。
「紅月、強い月明かりはやめてね。この人たちを消滅させたら何も聞けない」
「うん。これからは、月っちって呼んでね」
こんなシーンで素敵すぎる切り返し。夢月こそ月だけど。
「姫りんと呼びましょう」
「うん! お命頂戴つかまつる!」
紅い光とともに女剣士に憧れたお姫様が現れる。俺のお姫様。
俺は姫を守る。千由奈を連れ戻す。だから歴戦の二人には終わってもらう。正義対正義のダブルスだ。倒さないけど。
***
「せいや!」
再びの紅い光。
「やっぱりこっちにする! 朧月夜! 二十六夜、二十六夜、二十六夜、二十三夜、二十六夜、二十三夜!」
実りなきお祭りに、はしゃぎすぎなお姫様の先制攻撃。
「トロピカルウインド!」
オレンジ色の旋風。靄がかき消される。ブラストオレンジがツインソードで月明かりを叩き落とす。でも押される。
「たあ! 輝けエメラルドソード!」
ファルコンミントがソードを中段に構えて紅月へと突進する。姫を刺激すると十三夜以上をだされるぞ。
「私が相手よ」
スカシバレッドが進路をふさぐ。
「アルティメットクロス!」
赤いXを、ファルコンミントが軽やかに避けて上昇する。穴から夜空へとびゅんと飛ぶ。スカシバレッドは追撃する。差は瞬時に狭まる。
ファルコンミントが振り返る。
「はやすぎだぞ」
呆れた面で俺を待ち構える。
「グリーンインフェルノ!」
「アルティメットクロス!」
赤いXが緑の斬撃を飲みこむ。スカシバレッドはすでに間合いを詰めている。
至近から。敬意を込めて。加減して。
「ファイナルアルティメットクロス!」
「強すぎだぞ……」
究極の赤を叩きつけられて、ファルコンミントが仙台の夜景へと墜落していく。
それさえもスカシバレッドは追い越す。ノスリのごとき急降下。ついで飛龍がターゲットにするのはレベル190台。
ルビーソードは一閃で敵を屠る。夢月がお祭り娘になったのは賢明だ。だとしても十三夜を連発しだす危険性が潜在的慢性的に存在する。スピネルソードでけりをつけるべき。
「二十六夜、二十三夜、二十六夜、二十三夜!」
紅色の光が乱舞する穴の底へと。
模擬戦よりも手加減しているお姫様に圧倒されている正義の人へと。
スカシバレッドは相生智太の心も込めて。
上空からの
「ジャスティスブラッドクロス!」
正義の裁きのXが兜を叩き割る。出雲さんの顔が現れる。
うずくまるブラストオレンジの隣にファルコンミントが落ちてくる。
着地した俺の隣に紅月が並ぶ。かぐや姫に戻り二人を見おろす。
基本的には無口な二人。沈黙が流れる。
「負けを認めて変身を解除してください。そしてハウンドピンクの居場所を教えてください」
スカシバレッドが代表して告げる。
「……実戦不足とか言い訳にならない。きっと若くても勝てなかった」
ブラストオレンジが手をついて立ちあがる。長い髪。ファルコンミントの手を握り、立ちあがらせようとする。
「ミント、終わりにする? まだ戦う?」
「……いいのか? 付き合ってくれるのか?」
ファルコンミントも立ち上がる。兜を脱ぎ、霧島さんの顔が現れる。
「もう二度とないと思っていた」
「私も」
ブラストオレンジがやさしく微笑み、二人は見つめ合う。
「十二年ぶりだね」
ブラストオレンジがファルコンミントの胸に飛び込む。鮮烈な緑色とオレンジ色が混ざり合い、抱き合う裸の二人がブラウンな光に包まれる。