13 冬フライング山麓
文字数 3,079文字
夜に紛れる漆黒の巨大な虎。最前線で戦いながらなおも生き延びている最後の布理冥尊。
「僕たちは東京に帰る」
アグルさんがさわやかに言う。
「俺たちなど戦いの邪魔になるだけだからな。シルクイエローもだぞ。夏目が総力戦とかほざいても、落窪さんがとめてくれ」
ボトル三本のほとんどを飲んだガイアさんは二日酔いになっていない。
「進言はしておきます、ぐひひひ。しかし楽しい夜過ぎて飲み過ぎました、ぐひ……」
青い顔で酒臭い落窪さんはつばさで帰る。陸さんはじきにモスプレイへ転送される。
『おはよう、余興で変身してないよね? 今日は総力戦なのにペナルティを受けたらたまらないから。それと、二度とバイクはモスプレイに転送しないから自力で来てね』
藍菜からメッセージが届いていたが、俺が陸さんを精霊にならせたわけだが、それ以前にキラメキが怪人になっていた。
『総力戦はやめよう。100以下はモスプレイで待機すべき』
返信する。金色の光を放つセイントアローを逃がした藍菜の責任だ……それも打ち込もう。
『あっそう。だったら義務教育のスパローも呼ばない。モトカノと頑張ってね』
なんて奴だ。……これで今日はスパイラルレインボーを使えない。モスの一員である深雪と手をつないだとしても――。
「相生、何度も言わせるな。お前は出雲と霧島に会っているか?」
ガイアさんにゴリラみたく怒られる。
「喚問と陸さんの店でちょっとだけ」
「そうか……。功労者であるあの二人みたいに、俺たちも本部に入ることを勧められると思っていた。しかし音沙汰なしだった」
駐車場へ歩きながらガイアさんが言う。
「深川蘭にしても呼ばれなかった」
アグルさんも歩きだす。
「出雲と霧島と伊勢さん。こっち出身の人間が邪険にされているとも感じる」
「仙台の件は知っていますか?」
「ああ。今後は正義のために各地方に支部を作るらしい。お手並み拝見するしかないがな。……レベルが落ちた那智さんが矢面に立たされるかもしれない。春日みたいに」
そう言うと、ガイアさんがバイクを始動させる。
那智さんとは春日と蒼柳に殺された人。詰問でセンター隣にいた太った人。夢月を倒す覚悟をしろと言った人。布理冥尊あがりでない人……。
「お前は気にするな。……頑張れよ」
ガイアさんがヘルメットをかぶる。
「転ぶなよ」
アグルさんも笑ったあとにヘルメットをする。
「了解しました」
二人を見送る……。なんだか不安が渦巻いた。夢月に電話する。
『いま電車だよ』小声で言われる。月曜日だった。
『みんなは元気?』と打ち込む。
『トビーちゃんとパックは疲れている。ハウンドは筋肉痛。元気な妹ちゃんはもう学校』
『もう少ししたら夢月を呼ばないとならない』
『学校着いたら早退する。そしたら欠席にならないよ』
……高校生と正義の味方の掛け持ちなんて厳しいよな。ましてや夢月はエースでひっぱりだこだ。彼女じゃなくても卒業が危うくなるだろう。
予感がする。桧だって心配だ。でも妹は呼ばない。なるべく戦わせない。戦わせたくない。
悶々とした不安が渦巻くなか、スカシバイクにまたがる。雪道なんて初めてだ。滑る滑る。
***
蔵王連峰の山形側
『時速100キロで転倒しなかった? ……相生ならあり得るか。トリオスもそこへ向かっている。我々は三十分後に到着予定。シルクとキラメキは機内に転送済。……赤い月を呼べよな。彼女だけ特別扱いするなよ』
「直前に呼ぶ。以上」
通信を終える。茜音は一度死んだ夢月が戦いから逃げるのを危惧している。杞憂どころか夢月は戦いを望んでいる。ある意味狂おしいほどに。
しかし動かないでいると凍える。運転中は神経が集中していて手袋無しでも平気だったのに……木の枝に雪が乗ったままだ。寒いはずだ。モス経由だと防寒具が支給されるから、今回は完全に転生だ。ティアラはないけど我慢しよう。
「スカシバイクも転生できるか試したい」
もう一度連絡する。
「それと上着も」
『甘えるなと言いたいが了解』
茜音はアメシロになっていた。戦いが近づいている。
人は誰もいない。バイクにまたがった状態で白い渦に体を覆われる。
精神エナジーになっても息が白い。でも赤色のパーカーと白いチノパン。首もとにスカーフがマフラー代わりに巻かれている。このまま町に降りられそうなカジュアル寄りだけど、彼女ならば似合うに決まっている。しかしスカシバイクがウイングスカシバイクに変わらないではないか! 仮面ネーチャー端末でないと不可能なのか。
よくよく考えれば当然だ。とりあえずストレッチする。厚着でも動きにキレがなくならない。この普段着スタイルでも空に浮かべる。クールかも。
スカシバイクがただのバイクのままであろうと、モスプレイに駐車させてもらえなくても、スカシバレッドは不敵に笑う。
「転生成功。このままの姿で待機する」
『精神エナジーを探知されるので却下。解除す……いや、トリオスが到着した。そちらと合流して』
冬衣装のスカシバレッドは曇った空を見上げる。光学迷彩を解除したサント号が現れた。こいつらはどんどん強くなっている。
***
着陸したUFOの上で三人はタキシードだけで震えていた。そこそこかわいいレアシルバーなど精神エナジーのくせに鼻水を垂らしている。まあまあ美人なアギトゴールドは親父くさいくしゃみをするし。
機上に乗ると姿を隠せると言うのでスカシバイクを四人がかりで持ちあげる。
「スカシバさんも来られたからちょっと燃やします。フレイムオブジェネラル」
美形とは違う。圧倒的かわいいレオフレイムが、サント号の上に炎をだす。焚き火みたい。黒目がちな大きな瞳が赤く照らされる。
「噂は届いています。つまり陸奥はフリーですね。なぐさめる人が必要です」
男に取られるよりは女のが……なんて本気で考えてしまった。もちろん俺に資格はない。
「格好ええバイクですな。やっぱ、とっかえひっかえの男はちゃいますな」
アギトゴールドがスカシバイクにまたがりやがる。高圧電流が流れる仕様にしてもらえばよかった。落ちないようにとバイクをUFOキャッチャーみたいなクレーンで固定してもらう。
「とっかえひっかえだろうと、レイヴンレッドを離脱させたことリスペクトしますわ。ハデスブラック倒したことよりな。そやさかい、あんたを何があっても守りますんで心配せえへんでな」
タガメ女が上から目線で言いやがる。
「スカシバレッドを守るのは私の役目です。いいえ、彼女とともに戦うのが私の役目。……かわいい服装。アクティブなふつうの大学生って感じ」
レオフレイムが手を握ってくる。
「相生智太は竹生のものだとしても、いまの姿は誰のものでしょう?」
小声でささやいてくる。瞳を覗いてくる。
きっぱり言っておかないと。
「相生智太の精神エナジーは本人と同様に竹生夢月のものです」
「陸の王はあきらめません」
きっぱりと即答される。なおさら手を強く握る。……でもこいつは、スカシバレッドを格下に見やがった。いくらでも好きにできるみたいに。
事実だとしても睨み返す。頭をなでなでされそうなぐらいに微笑み返される。
「格好ええな」
クワガタ女がひきつった顔で手を叩く。
「シルバー、さっそく行きましょか。時は金なりですわ」
「よっしゃ!」
サント号が浮上する。白い大地。どんよりした雲。