25 最強最悪の敵

文字数 4,366文字

 この虎の毛皮は闇にまぎれる。巨大な潜むハンター。

「わ、私は逃げない。つ、月を呼ぶべき」

 ハウンドピンクが尻餅をつく。ピンクのパンツが丸出しだろうが振り向けるはずない。

「分かった」
 手に端末を現すと見せかけて。
「ファイナルアルティメットクロス!」

 虎の脚に赤いXを叩きこむ。

 黒い巨大な虎は跳躍して避ける。

「夜闇!」ハウンドピンクが桜の枝を振るう。「お前じゃ無理だ。早く呼べ!」

 出来立ての結界が赤い爪に切り裂かれる。また樹木が倒れる。太いくせに鋭利な刃が四本、俺へと向かう。

「くっ」
 ソードで受けとめられるはずもなく吹っ飛ばされる。
「ぐあっ」

 もう一つの腕の爪で背中を裂かれた。……深い。

「春風の治癒! 春風の治癒! ……はやく呼んで」

 上空から巨大な虎の精霊が飛び降りてきた。
 俺は寝転んだままでスピネルソードを構える。

「ぐえ……ファイナルアルティメットクロス!」

 踏み潰されながらも交差させる。

「ぐおおおお!」

 虎が怒りの咆哮をあげた。蹴り飛ばされて木に衝突する。

「うがあああ!」

 虎が巨大な腕を振るう。赤い光がいくつも飛んでくる。

「夜闇!」
 ぎり闇に守られる。
「春風の治癒、春風の治癒、春風の治癒」

 ハウンドピンクがスカシバレッドへと桜の枝を振る。全身複雑骨折が治癒されるけど。

「もういらない。ハウンドが先にくたばる」

 そうは言っても圧倒的な破壊力に加えて連続攻撃。俺のレベルが一割上がって、焼石が一割下がろうと効果を感じられない。
 結界がたやすく破られて、巨大な虎の顔が覗く。焼石嶺真やレイヴンレッドの面影はなく、よだれを垂らしていやがる。なのに俺より俊敏で賢いハンター。でかい手で俺たちを掴もうとする。
 もはや格好つけるなどできない。俺は心に雪月花を思う。画面を二度タップする。同時に。

「十六夜!」

 巨大な紅色の光が虎の化け物の頭に直撃する。化け物が倒れこむ。巻き添えで樹木もなぎ倒す。頭の毛皮から煙があがる。
 空には紅いスクール水着が浮かんでいた。常在戦場の心持で待機していたな。

「ぐおおおお!」

 虎の目が赤くなる。立ちあがるなり、空へと四筋の赤光を幾重に飛ばす。跳躍する。

「十六夜! ……まじ。ミカヅキ!」

 虎は巨大な光を弾く。スク水は夜空に逃げる。俺とハウンドを置いて。

「ひどい傷。こんなにも耐えていたんだ。フォローするね」

 でも深雪の声がした。彼女もスクランブルに対応した。

「私なんかどうでもいい。黒神子になって紅月を――」

 振り向くと、白い巫女はハウンドピンクを抱えていた。その背中に深い傷が見えた。ハウンドピンクは安堵したように、彼女に寄りかかる。

「この子はたぶん、ライフもコンディションも一桁に近い」

 深雪が千由奈である精霊のうなじに唇を当てる。地面に横たえて、神楽鈴を鳴らす。ハウンドピンクへと粉雪を降らせる。暖かい雪に包ませる。

 空では紅色の光と赤い光が飛び交う。巨大化したレイヴンレッドは、なおも空を飛ぶ。

「きゃあああ!」

 紅月がミカヅキごと地面に叩きつけられた。跳ねるように起きあがる。

「頭来た。十五夜!」

 スクール水着が夜空を抱える。

 大磯上空に向けてだとしても……眩しすぎる紅色。ロングビーチどころか小田原城からも視認されそう。巨大な光がオゾン層にホールを開けて宇宙に消える。空には何も残っていない。一撃で戦いを終わらす滅びの光……。

「邪魔!」

 紅月に押し倒される。

「十六夜、十六夜、十六夜!」

 夜空に巨大な影が見えた。あの虎の化け物は十五夜さえも避けた。そのまま闇に紛れやがる。

「……ハデスブラックじゃないよね?」

 黒神子となった深雪がスカシバレッドの隣に来る。

「焼石嶺真だ」紅月が答える。「虎の化け物になりやがって。私はひよこなのに」
 ぎりっと歯ぎしりが聞こえた。

「十五夜から逃げられるなら、どうやって倒せばいいの?」
 深雪から困惑の声が漏れる。

「モスキャノンがある」
 真横からかわいらしい声がした。
「モスガールジャーが参戦した。グリーンとイエローはモスプレイに待機しているけど、僕は戦いを志願した」

 正義のちびっこ戦士、スパローピンクが空を睨んでいた。直後に。

 ぐあああああああ!

 ダンプカー同士が正面衝突したかのような悲鳴が空に轟く。

『直撃に成功。ターゲットは大磯の森林地帯に逃げこんだ。現在時刻は二十一時五十七分。伊豆で合流させぬように、総員追撃せよ。スカシバも聞こえているよな、聞いているよな』

 スパローのモスウォッチから聞こえたアメシロの声は覚悟で固まっている。

「深雪行こう、ミカヅキ!」
「強めていくね。祓い賜へ、強め賜へ」
 雪月花だった二人が素早く向かう。

「コノハ!」

 スパローピンクもエアサーフボードを出現させるけど。

「そこでハウンドピンクが傷を癒している」
 スカシバレッドが伝える。
「彼女が目覚めるまで、あなたが守りなさい」

「最前線では司令部よりレッドの意見を尊重する」
 スパローピンクが即座にうなずく。

「お願いね。――ウイングスカシバイク!」

 スカシバレッドが愛機を呼ぶ。

 しーん

 あの大型二輪車は呼ばれても自力で動けないようだ。スカシバレッドは林に愛車を探しに行く。

 ***

 バイクへと転送できるのを思い出したスカシバレッドはまたがって、雪月花端末で連絡する。しつこく鳴らしても深雪はでない。代わりに紅月から連絡が来た。

『スカうるさい。深雪は私に祓っていて忙しいの』
 なんて奴だ。

「合流したいけど、さきにレイヴンレッドに見つかる可能性がある」
『花火をあげるから見逃さないでね』

 丘から上空へと十三夜があがった。またもや湘南全域から視認されただろうけど、スカシバイクはそこを目指す。



「オウムから連絡があった。レイヴンレッドの体躯は半分以下になったらしい。弱まってじゃなくて、わざと小柄になったと想定しろだって」
 深雪は緊張した顔だ。

「奴はだいぶダメージを受けている」

 俺の一言にスク水紅月が、スカ野郎が偉そうにみたいな顔を向ける。

「スカ野郎が偉そうに」
 口にするし。
「アメシロちゃんが言っていたよ。センサーで追い切れないぐらい素早いって。……今夜はウサミンミンがいないね」
「私が倒した」

 ばこーん!

 スカシバレッドは紅月にぶん殴られて、吹っ飛ばされる。神奈川県天然記念物の森を形作るタブノキがへし折れる。

「セミは私の獲物だった! 小突いたぐらいでオーバーに飛ぶな!」

 理不尽すぎる。夢月であろうと、戦場で、これは、さすがに、許せない。
 こいつこそ倒す。

 俺の手にソードが現れる。紅月がいまさらビビっていやがる。

「智太君、駄目! 夢月も、たっぷりパワーアップしているのだからセーブして」

 深雪が巫女姿になり二人の間に入る。俺であるスカシバレッドを見つめる。

「あなたも回復しておく?」

 お言葉に甘えろとスカシバレッドが訴えた。でも。

「まだ不要。……さっきはごめん」
 俺は頭を下げる。

「いいよ。智太君は智太君だから――」
「来た。十三夜、十三夜、十三夜!」

 再びの月明かりが、神奈川県指定天然記念物の森を破壊していく。

「逃げられた。ミカヅキ!」

 紅月の手にルビーソードが現れる。
 スカシバレッドもバイクで追いそうになって、深雪がいることを思いだす。いまは俺が守るべき対象。

「裏技がある。生身の姿に精神エナジーを与えれば、再度変身した時にコンディションもライフ値もまとめて回復している」

 二人きりになって深雪が言う。俺こそ守られる対象だった。

「代わりに深雪のエナジーが減っていく」
「強敵と戦える人たちに、私ができることはそれだけだよ」

 柚香が俺にまだ戦えと望むのならば、俺は変身を解除する。立ちくらみのようにふらつく相生智太を、巫女姿の深雪が見つめる。

「焼石が虎になるのならば、智太君も龍になれるね。でもなっちゃだめだよ。そんな姿は見たくない。私もコウモリには絶対にならない」

 そう告げて、目をつぶり顎を上げる。
 俺は柚香の精神エナジーの肩を優しく抱えて、唇を重ねる。柚香のと同じ感触、温かさ、柔らかさ。
 柚香のエナジーを授かる。

『スーパームーンは苦戦中。レイヴンレッドは動きが早いし、ここは神奈川が誇る天然記念物の森。だからモスキャノンは差し控えている。あなたたちは援護にまわってというか、戦場でいちゃつくな! 首からでも尻からでもエナジーを与えられるだろ!』

 茜音にしてはタイミング良い。二人は唇を離した後だ。

「私の今夜の役目は終わっちゃった。ダブルピンクと合流する。猟犬が回復しているようならば、少しエナジーを返してもらおう、へへへ」
 白い深雪が微笑む。よろめきかける。

『念のため知らせておく。深雪のコンディションは8%。……渡しすぎだよ』
『なので深雪君に私のエナジーを授けよう。ペナルティを受けることになるが、入院日数が増えるだけだ』

 秩父の戦いでのインターバルを思いだす。

「俺も与那国司令官から受けたことがある。鼻血が出るほどだった。モスプレイに戻りな」

 俺は深雪を抱きしめる。柚香より胸はあるけど、柚香と同じ冬の柑橘の香り。……俺たちは二人きりならばうまくいける。二人だけならば、柚香は俺に妥協して、俺は子猫の瞳を見つめるだけ。でも地球上には何十億人も他人がいる。敵もいる。なによりもう一人……。
 だから体を離す。

「今夜ここで焼石を倒す」

 俺はバイクに乗って変身する。再びスカシバレッドとウイングスカシバイクが降臨する。
 深雪が端末を押す。彼女がモスプレイに転送するのを見届けて、俺は前輪を浮かして空をめざす。
 なのに闇に叩き落とされる。

「うまくいった作戦など過去に一つもない。戦いは混沌なだけだ」

 闇が象られていく。

「だが決戦の時がすこし早まり、場所が若干ずれただけ」

 俺と同様に、あのレッド(おんな)も仲間に助けを請うていた。
 巨大な黒い悪魔が現れる。

「でも、ここは人里が近い。この国の動脈である交通網もすぐ隣」

 悪魔の肩に青年が乗っていた。整えた黒髪。端正だけど邪悪な笑み。

「最後だし巻き込んでも仕方ない」

 真壁律。リーガルエボニー。

「まずは裁きの鉄槌を喰らわす」

 スカシバレッドは地面に叩きつけられる。めりこむほどに。全身の骨が折れるほどに……。これはモスキャノンと同じだ。高位エナジーの照射。深雪から授かったエナジーが一撃で喪失した。

「続いて律する」

 力が更に抜けていく。スカシバレッドの力が去っていく。横にはもとに戻ったスカシバイクが横たおしで地面に埋もれていた。
 ヘルメットをかぶっている。俺も相生智太に戻された。意識が飛ぶのを耐える。でかすぎる指が俺をつまむ。

「焼石の読みが正しければ」
 巨大な悪魔に持ちあげられる。
「こいつを人質にすれば、あの女は手出しできない」
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登場人物紹介

相生智太(あいおいともた)

20歳

大学二年生

龍、陰

スカシバレッド

スカシバレッド

モスガールジャーのエース

清見涼(きよみりょう)

22歳

大学四年生

鶚、村雨

エリーナブルー

エリーナブルー

モスガールジャーの実質リーダー

睦沢陸(むつざわりく)

23歳

フリーター

猪、貫、西瓜

シルクイエロー

睦沢陸

たっぷり女性ホルモンを授かったバージョン




シルクイエロー

モスガールジャーの陸戦巨乳隊員

壬生隼斗(みぶはやと)

14歳

中学二年生

巨樹

スパローピンク

壬生隼斗

すっかり健康になったバージョン

スパローピンク

モスガールジャーのちびっこ隊員

芹澤陽南(せりざわひなた)

17歳

流星、向日葵

キラメキグリーン

キラメキグリーン

モスガールジャーのニューグリーン

夏目藍菜(なつめあおな)

21歳

無職

勇魚、雲、寛容

与那国三志郎

与那国三志郎(よなぐにさんしろう)

モスガールジャー司令官

木畠茜音(きばたあかね)

20歳

大学二年生

鸚鵡、耀

アメシロ

アメシロ

モスガールジャー指令室参謀

落窪一狼太(おちくぼいちろうた)

35歳

夏目藍菜の用心棒兼諸々

山犬、恨

ウラミルフ、リベンジグレイ

リベンジグレイ

モスガールジャーの切り札

伊良賀紗助

21歳

レジスタンス叛逆者

草原

モネログリーン

モネログリーン

モスガールジャーの元隊員

陸奥柚香(みちおくゆか)

19歳

大学二年生

雪割草、蝙蝠

白滝深雪

陸奥柚香

金髪やめて高校時代に戻ったバージョン

白滝深雪(しらたきみゆき)

雪月花の癒し役

白滝深雪

銀髪バージョン

白滝深雪

スーパー魔法少女「黒神子」

竹生夢月(たけおゆづき)

18歳

高校三年生

鳳凰、惨

紅月照宵

紅月照宵(こうづきてるよ)

雪月花の真打ち

紅月照宵

ス-パー魔法少女「身分を隠すため町娘に変装したお姫様。お祭りだって初体験。女剣士に憧れ中。でもその実体は?」

お祭り娘バージョン

深川蘭(ふかがわらん)

25歳

社会人

胡蝶蘭、蛟

紫苑太夫

紫苑太夫(しおんたゆう)

雪月花の仕切り役

紫苑太夫

スーパー魔法少女「華柳」

亀の隊長さん

29歳

地方公務員

甲羅、機動

動的亀甲隊隊長

動的亀甲隊隊長

四名の配下戦闘員と長い脚の亀型兵器で戦う

相生桧(あいおいひのき)

15歳

高校一年生

相生智太の妹


町田さん

フリーの看護師

焼石嶺真(やけいしれま)

19歳

不明

虎、渡鴉

レイヴンレッド、元ヤマユレッド

レイヴンレッド

布理冥尊五人衆

ヤマユレッド

元モスガールジャー隊員

与謝倉凪奈(よさくらなな)

14歳

中学二年生

夜桜、猟犬

ハウンドピンク

ハウンドピンク

布理冥尊五人衆

押部諭湖(おうべろんこ)

13歳

中学二年生

貉、妖精

穴熊パック

蒼柳(あおやぎ)

布理冥尊五人衆

言霊、??

フェローブルー

刀根(とね)

第三方面軍直轄突撃団副長

銅、土

トンネラー

茂羅(もら)

第三方面軍温泉ランド区副司令官

苔、慈

コケライト

佐井木(さいき)

本宮護教隊地方管理部フルーツランド担当

犀、念

サイキック

銀山(ぎんやま)

第三方面軍フルーツランド支部長代理

勝虫、彷

シルバーヤンマー

禿尾(はげお)

第三方面軍直轄渉外隊隊長

銭、任侠

ゼニヨコセー

香山(かやま)

第五方面軍特務隊員

蚊、童、群

モスキッズ

織部(おりべ)

布理冥尊五人衆

花蟷螂、嘲

マンティスグリーン

マンティスグリーン

芹澤の父に擬態中

綿辻(わたつじ)

親衛隊(五人衆付)

蒲公英、迷

メーポポ

大賀(おおが)

布理冥尊五人衆

鬼、痴

オーガイエロー

五木田(ごきた)

親衛隊(五人衆付)

噴射、汚

ジェットゴキ

原田(ばるた)

第三方面軍彩りランド支部長

ヴァルタン征爾

忍者、幻

春日(擬態中)

レジスタンス本部

粘土、鹿

ネンドクン

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