22 ちっぽけな俺に気づいてくれる人
文字数 3,535文字
「二十三区ほどもある。距離でなく人口密度に対応するためだ」
「モスガールジャーを召集すべきかな。でも清見さんは忙しいし、陸さんは五時までバイト。なにより端末の誤作動も考えられる」
「あり得るね。少し探索して様子を見てみよう」
「端末は一台しかない。この広範囲を一チームだけで調べて情報の真偽を確認できる?」
「さらには、どこまで追うべきか……」
女子二人が腕を組み、眉間に指を当てながら考えている。
「雪月花メンバーは?」
「蘭さんは社会人だから……ガセだと怖い」
「月は?」
「彼女は補習。呼びだすと……花が怖い。でも、ここは点在する集落と迷いこんだら出られないような自然。この一帯を捜索するには、奴の野生の感が必要だね。何より奴がいれば、五人衆とお付きの親衛隊がいても対処できる。ガセだったら奴のせいにすればいいし!」
「モスガールジャーのエースとサブエースもいるしね。藍菜に連絡して、いつでも転生できるようにする。追跡を念頭に行動しよう」
ゴマダラカミキリを捕まえて隼斗に自慢しているうちに方針が決まった。エースに意見を求めろって。
***
「智太君だ! 一緒に歩いたり島に行ったり、すごく楽しかったです! 新しいスマホどんなの? 支給品だからすべてが筒抜けってほんと?」
制服姿の夢月が両手を前で振りながら現れる。
「あっ、アメシロちゃんだ! そのシャツかわいい。こないだ約束したよね? オウムのアメシロちゃんになって!」
「はあ?」
司令官との通信を終えた茜音が怪訝な顔をする。
「百歩譲ったとして模擬戦すらしてないし」
「
「……司令官に確認するから待って」
茜音がまたスマホをかける。
「何度も悪い。作戦上関係ないけど私だけアメシロに――」
また私が本部に云々と、藍菜の怒鳴り声が聞こえる。彼女はライフワークを布理冥尊の陰謀により潰され、以後機嫌が悪い。どんなに大金を得ようと人はそれだけでは幸せになれないって奴だ。俺だったら合わせて十三億円当選したら満足できるけど。
「分かったよ。夢月ちゃんに代わるから説明して」
同時に茜音の上にピンポイントで白い渦が現れる。彼女はどこかに転生されることなく、白いオウムに変わる。でかい羽根で頬を叩かぬように注意しながら夢月の肩に乗る。
「夢月ちゃん、満足した? じゃあグリーンを探して」
「うん!」制服少女が先頭で歩きだす。
ついでに落窪さんから宅配されたスマホを、夢月に魔法で傍受を除去してもらった。
サングラスをはずす。美女二人といれば適齢期の女性ですら俺をあきらめるだろうし、そもそも人が歩いていない。柚香も日傘だけになり、バンダナさえもはずす――。
あらためて見るとほどよく色白だな。最初はぎょっとした金髪ショートも、慣れてくるとトレードマークだ。似合っている。かわいい。
でも隣の制服姿が反則だ。白シャツに赤いリボン(自前らしい)、紺系チェック柄のスカート。赤茶色のストレートロングの艶。王道がオウムを乗せて田舎道をずんずん進む。目が合うとにこにこ笑う。
深雪と紅月が一緒なのは修羅場で見かけた。でも柚香と夢月の組み合わせは初めてだ。俺は二人をちらちら見る。柚香は『学年で一番かわいいかな』のタイプ。垂れ目好みも好みそうだ。一方の夢月は『東アジアで一番かわいいかな』のタイプ。
そんな表現を前もしたと思うけど、実際に。
――私、お婆ちゃんのコネで出場した美少女コンテストで、小学六年生の時に東アジアで準優勝したんだよ。優勝したのは香港の大富豪の娘で、どう見ても二十歳過ぎていたよ。某国と某国は不参加だったけど。
ミカヅキに乗せてもらったときに、スカシバレッドへの対抗心からか、規格外のことを教えられた。
でも中身なら柚香かな。茜音は彼女を二重人格なんて言うけど、キャラによって口調を変えるは俺も同じだ。だからやがてウマが合う。
たしかに異常なまでの警戒心があるけど、蘭さんと夢月に露骨に媚びたりするけど、茜音がオウムになったときに指さして涙して笑ったり、陰で夢月の悪口を並べたり、蘭さんが不機嫌だとこそこそしたり、なにか頼まれそうになると『結界張るの大変』みたいに忙しいふりをしたのを目撃したし、隼斗が話しかけても『レベル100未満が』みたいな顔をしたし、二言目には自分の大学の話になるし、お笑いとかの話題をふってもついてこれないし、すぐに『下劣が』みたいな顔をするし、訛りがたまにでるし、貧乳だし……。
それでも『うん! うん! よく分からないけど、天上天下私だけが正義だよ』な女の子よりは扱いやすい。一緒にいて命の心配を感じない。夢月はわがままだし、おさないし、胸も大きくないし、正直に言って…………馬鹿っぽいし。
その点、柚香は俺より利口だけど俺より弱い。おそらくレッドが本気で戦ったら、彼女の補助攻撃は何一つ通用しない。つまり守るべき女の子だ。
でも夢月の眼差しを思いだすと、すべてが堂々巡りになる。……なんとなく感じていることは、もし俺が告白すれば、どちらもきっと
「夢月ちゃん。ちょっと休もうよ」
健康体になっても、隼斗が最初に根を上げる。まだ一時間しか早歩きしてないのに。
「そうだ! 智太さんがどう見えるか、夢月ちゃんも試したら」
とんでもないことを言いやがる。
「智太君のカバンに入っていたこれのこと?」
彼女の手に目薬が現れる。窃盗犯だ。魔法の摺り師だ。
「こんなので智太君への思いが乱れると思う?」
俺への挑戦的な笑み。やめてくれ。
「夢月、やめたほうがいいかも。へへへ」
「夢月ちゃん、やめよ。相生、逃げとけ」
柚香とオウムが言うのに、公園にある上を向いた蛇口のように、容器から中身が飛びだす。夢月は一個分ぜいたくに使って目を洗う。
そして俺を見る。生死の境目。
「……もっと好きになったかも! 私は薬が効かない体質なんだ。毒とかも」
目を細めて俺へと笑う。
隼斗が残念そうな顔をした。この十四歳はけっこう本気で十八歳に憧れているのか。でも、いまチームのエースが死にかけたことを知らない程度にしか、彼女を知らない。
***
「範囲が狭まった。正常に動作している可能性が高い」
柚香が端末を見ながら言う。
その肩にアメシロが乗る。羽根で頬を思いきり叩き、画面を覗く。
「囲む山も含めて秩父盆地全体を示している。長瀞が除外されただ――、いてえな、そこまで殴るかボケ!」
払いのけられて俺の頭に戻る。夢月はオウムを五分で飽きた。
「スカシバレッド、ボーッとしてるな! 司令官不在だから私に権限がある。この腐れ巫女を………………夢月ちゃん? アメシロちゃんにコワイカオシタラダメデスヨー」
「ははは、アメシロちゃんおもしろーい」
茜音のオウム喋りがうけて事なきを得た。しかし、この女たちに任せていたら駄目だと俺は気づく。モスのエースがみんなを見回す。
「低空からミカヅキで探そう。それを深雪が隠す」
「あれ? 町田さんからショートメールが来ていた。あの人SNS使えないから」
「風切羽がひとつ折れたぞ……。クソミコ、クソミコ」
「ははは、アメシロちゃんかわいい」
「……相生、私は聞いているよ。だったらミカヅキリムジン。夢月変身しよ」
「うん」
秩父を囲む急峻の胸突き八丁にさしかかる直前に、巫女とかぐや姫が現れる。
「我々も転生する。司令官お願い。って言うかモスプレイをだせ」
アメシロが肩から消える。俺と隼斗に白い渦が降りてきて、腹に力を込めてスカシバレッドとスパローピンクが現れる。
『埼玉奥深くにようこそ、モスガールジャー及び雪月花の若きメンバーたち。コンディション等を加味したリアルタイムなレベル測定機能など、強化されたモスプレイが諸君を援護する』
与那国司令官の声がモスウォッチから聞こえる。
「ジジイ黙れ! スパちゃんおいで」
紅月と深雪は四畳半ほどもあるミカヅキに乗っていた。
「このバージョンのミカヅキは多人数を収容できて乗り心地も快適です。でも時速は170キロまでしか出せません」
深雪が微笑みながら見おろしてくる。
上空10メートルに待機するそれへとピンクを抱えようとするけど。
「たぶん大丈夫」
スパローピンクが跳躍する。軽々とミカヅキに着地する。
「じゃあ行くよ! スカは飛んでついてきな」
「清め給へ、隠し給へ」
巫女は俺にも御幣を祓ってくれたけど、スカシバレッドは時速170キロを追う羽目になる。盆地を囲む山を越える。