35 彦根城で知る情実
文字数 4,025文字
……スクランブルが発すると同時に現れた深雪。待っていたかのような柚香。トリオス二名を殺してしまった柚香。
「深雪で気絶しても、離脱は柚香で寝た場所だよね」
「どうだっけ?」
「秩父ではそうだった」
「そっか。……私も正義の味方になってすぐスカイツリーで昼寝したけど、部屋に離脱したよ。蘭にすごく怒られたんだよ」
スカイツリーのどの辺りで寝たか知らないが、やはり柚香はこのまま離脱すると、慎重にも
間違いなく目覚めた俺。なのにレイヴンレッドどころかタガメ女にさえ歯が立たなかった。目覚めるほどに弱くなるのか? でも脳みそは目覚めているようだ。
「琵琶湖のお城に戻りましょう。天守閣のてっぺんで柚香を熟睡させます」
スカシバレッドは閃きまくっている。
「深雪が回復するまで十二単衣を数枚貸してくれない?」
痛みなど我慢するけど、R15でも描写をはばかるような体がかわいそうすぎる。柚香には申し訳ないけど、まっさきにライフ値を回復してもらわないとならない。
「一枚脱いでも全部脱げちゃうんだ。試したことあるから知っているよ。しかも下着をつけてない」
ならば朝になったら電子端末を使える店で服を買ってもらうか……閃いた。
「姫りんのエナジーを深雪に譲りましょう」
こいつはエナジーの塊だ。自分の彼女をこいつ呼ばわりしてしまったが、それがベストだ。
「私の強すぎて、深雪が鼻血をだして倒れるよ。試したことあるから知っているよ。いまの状態だと死んじゃうかも」
「だったらこのまま行きましょう」
「うん。三人一緒に敵前逃亡!」
琵琶湖畔の天守閣の屋根。
「生きたままで、まさかの三馬鹿かよ」
焼石嶺真がいた。
***
「布理冥尊契約のさあ裏情報でさあ律儀に残っているのがあってさあ、井伊直弼のかぶりものした二人組が某国際機関の施設を襲撃したって知ったからさあ、彦根城かな、そこのてっぺんに現れるかなと思ったわけ。トリオスに殺されて」
「トリオスに?」
満身創痍なスカシバレッドが聞き返す。
「タガメとクワガタは半端だからさあ、本部に引き渡したくない、でも許せない、だったら自分たちで倒そうかなどうかな、で手を打つ。
永遠の闇情報は隠蔽されているからさあ、死んだ夢月だけがここに現れる。……そりゃさあ狂乱するよ。手始めに滋賀県を消滅させる。琵琶湖が二回り大きくなるかな、どうかな。
だからさあ、この国の平和のために仕方なくさあ、つがいを失った鳳に勝てるか分からないからさあ、なぐさめるために私はいた」
焼石は空を見ながら喋る。でも、夢月が抱える柚香をちらり見る。
「深雪がさあトリオス二人を倒したんだ。私の観察眼もたいしたことなかったね」
その手に赤いマントが現れる。赤い光に包まれる。
「スカシバレッド、お前が決断しろ。逃げ場はないのだから、バッドエンディングしか待ってないのだから、百夜目鬼大司祭長にお会いしろ。そしてそこで、もう一度決断しろ」
レイヴンレッドが浮かび上がりながら告げる。
「魔女は俺に原理を授けて殺そうとした」
スカシバレッドはなおも媚びない。従えない。
「龍にならなかったら、俺は永遠の闇だった」
「えー! スカっち、龍になったの! ずるい、私もおっきくなる! やいワタリガラス、マントを一枚持ってこい」
「姫りん、静かにしてね」
「うん」
「姫りん……守られる姫か……。殺し合いこそが戦いだ。言いたくはないが、お前こそ何人も闇に送りこんだ。改悛の機会すらなく人生を終わらせた。……それと同じ報いを受けたのに、お前は生き延びた。その、ほんとうの生死の狭間で」
レイヴンレッドが夢月をちらりと見て。
「誰よりも彼女を思った。だからあの方は月の存在に気づかれた」
カラスが言う彼女とは桧。夢月でなく桧。だがこいつの憶測は間違っている。俺は狭間で二人とも思った。そう訴えたいけど証拠はないし、夢月の前で口にすべきではない。というか俺は目覚めようが優柔不断のままだったのか。
……桧はただ一人の妹だ。それを守るために深く思って当然だ。やましい感情などないのだから――レイヴンレッドがスカシバレッドを呆れて見ているではないか。
「ごめんなさい。考え事をしていただけ」
この子だったら平然とそう言うに決まっている。
「お前の脳内は堂々巡りする仕様だろ? 考えるな、直感に頼れ」
何気に失礼ぎりぎりを言ったな。ならば決断してやる。
「私は姫りんの感に従うだけよ」
丸投げされた夢月がスカシバレッドを見る。強い眼差し。続いてレイヴンレッドを見上げて。
「だったら私は桧ちゃんと果し合いをする」
この女はとんでもないことを宣言しやがる。
「私だけが行く。スカっちは柚香と一緒にここで寝てていいよ」
「やれやれ……ようやく進展したな。それはつまり私を信じてくれた」
レイヴンレッドが再び天守閣に降りる。
「行くのは全員だ。まずは深雪にスカシバレッドを回復させろ。そのために、柚香を変身させて私のエナジーを吸わせろ」
レイヴンレッドが赤い長髪をかきあげて、うなじを見せる。
ぞくりとしてしまった。……大人びているけど、ひとつ下なんだよな。
ふと思う。刃を交わさずに接するレイヴンレッドは、極力俺と目を合わせないふしがあるけど、だとしてもその眼差しは、焼石嶺真の隙だらけで温かいそれと同じで……龍と虎。何かが違ったらダブルエースとしてモスガールジャーを引っ張っていたかも。……それは今からだって可能だろうか。
「姫りんお願い」
スカシバレッドはそれだけ言う。これ以上優柔不断を増やさない。相生智太が思うのはもはや一人だけだ。
「……うん!」
夢月がうれしそうに柚香を抱きなおす。彼女の裸を見てはいけないから、スカシバレッドは真っ黒の琵琶湖を見つめる。
「一緒に変身!」
背中に紅色の光を感じる。
「起きろ」とレイヴンレッドが深雪の頬をやさしく叩く。
「…………ぎゃあ!」
白い巫女が目を開けるなり卒倒しかける。
「深雪寝なおしちゃダメだよ。カラスがエナジーをくれるって。吸い放題だって」
「放題ではない。常識の範囲で譲ってやる」
「……なにそれ? ……智太君は?」
「スカシバレッドはここにいます。私のためにレイヴンレッドからエナジーをもらってください」
お願いしますと、頭を下げる。
深雪がレイヴンレッドを払いのけようとする。肩を押さえられる。
「……お前たちは本当に裏切っていたのか?」
雪豹の眼差しで至極当然を口にする。
「裏切ってないよ。裏切ったのは妹ちゃん。だから果たし合う」
「紅月黙ってくれ。深雪がさらに混乱する」
「カラスこそ黙れ。はやく深雪にエナジーを渡せ」
「黙っていろ! 深雪聞いてくれ。私がここにいるのは三人を百夜目鬼様に会わせるためだ。お前は馬鹿ではない。本部の正体に気づこうがなおも踏ん切りがつけぬ者ではないよな。ならば、正義の信念を形にしてみろ」
誰もが黙ってしまう。……えーと。俺が口にしていいのだろうか。
「この戦いで誰もおのれの信念を裏切っていない。俺と夢月を信じてきてくれたのならば、柚香はもうちょっとだけ俺たちを信じてほしい」
などと言える立場でない。
天守閣屋根上の静寂は十五秒。曇り空。星は見えない。月はどこだろう。
「この戦いで誰も自分を裏切ってない。焼石もだ。だからここにいる」
よれよれの深雪がスカシバレッドを見つめる。
「最後の瞬間まで、私は自分の思いを裏切らない。会わせたい理由は分かるけど、智太君のためならば魔女に会う」
「ならばエナジーを譲ろう。スカシバレッドはライフ値を回復する
盾にするために、しかも明らかに私怨混じりに、お前がさんざん斬りつけたのだろなどと突っ込まない。とにかく殺されはしなかった。それだけは事実だ。
深雪がうなずき、レイヴンレッドのうなじに口を当てる。
「ミイラにしちゃえ」夢月が言う。
それもありかもしれないけど、ちょっとは信じてやろう。
深雪が口を離す。レイヴンレッドがよろめきを耐える。神楽鈴の音。
スカシバレッドは温かい雪に包まれる。……桧に頼らずに傷を癒す。
「夢月さあ、沖縄にはでかいミカヅキで快適に行こう。私がさあクロハネだせるまえにさあ、一度乗せてもらったの覚えている?」
「あれはミカヅキリムジン……。覚えている。深雪も蘭もいなくて、私とモスだけの作戦だった。モスも……スパちゃんとヤマユと黄デブしかいなかった」
結晶の中で赤い二人の声を聞く。
「暖かい春になったのだから、モスプレイじゃなくてゆっくり帰ろう。赤モスが提案して、アメシロちゃんも転送してきた。温泉ランド……群馬の帰りだ! 渋滞した関越道の夜景に沿って帰った!」
「たった半年ぐらい前なのにさあ懐かしいね。ミカヅキの下に朧月を張れば夜なら見つからない。そう教えてあげたのにさあ、以後やってないだろ。……それでさあ、私は柚香と寄りそって寝る。行き先は分かるよね」
「……うん」
じきに結晶が溶ければ、みんなのおかげでスカシバレッドは回復する。柚香と焼石は肌の温もりを求めあって眠るのだろう。
いまはモスの先輩であるヤマユレッドに従ってやる。また敵同士に戻るとしても。
そんな予感はしないけど、俺が引き起こす。やられて終わるはずない。