05 蒲田で行進曲
文字数 3,857文字
「レッド同士だね」
夢月がさらに目をほそめる。
この子のかわいさ……異常じゃね? 周りを行く老若男女が意識するのを感じる。『隣のクラスにすげえかわいいのがいるよな』を東アジア中から集めたその頂点のような、手の届きそうな無防備で超越かわいい子。
「……柚香は?」
「智太君と二日続けてなんてずるいからチェンジしてもらった。黄モスの芸人モノマネ面白くないし、三十分おきにメイクを直すし。無理やりじゃないよ。蘭もOKしてくれた」
陸さんは女性ホルモンにあふれたお肌を二日も炎天下にさらしたくないと言って、今日は茜音と交代した。つまり、仲よさげではない二人がチームだなんて気にしていられない。
ふいに夢月が目を大きく開ける。どきりとしてしまうけど、こいつらは……。俺の顔からサングラスが消えていた。
「私はもう相生ウイルスに感染しているから予防いらないよね?」
念のためみたいに見上げてくる。瞳を覗いてくる。
赤茶色に染めたストレートロング。おでこが微妙に見える前髪。凛とした目鼻立ちなのに、妖精を思わせる眼差し。
正義の風上にも置けない俺は、柚香に告白しなくてよかった、なんて思ってしまう。
でも危機的状況かも。
「ちょっと待って。
司令官へとスマホで電話をかける。
『“十月で二十六歳”から連絡が来ていたから心配しないで。みんなに言い忘れただけ。
モスプレイを落とされた私への理不尽な代償で、某国の大型ドローンが操作不能になり以前の部屋の窓を突き破ったうえ、某国の工作員は証拠隠滅のため爆破炎上させた。部屋で一人でもんじゃ焼きを作っていた私は奇跡的に全治一週間の右手小指の火傷で済んだが、こんな裏稼業だから表沙汰にできず、部屋で一人でもんじゃ焼きを作っていた専門学校中退女がガス爆発を起こしてもんじゃ焼きを浴びたで済ます羽目になった。
某国の工作員は悪なので私的にお仕置きしといたけど、本部はくそに反省文だけだった。そういうこと。
それと、私は今インスピレーションのかたまりだから、連絡はしばらくメッセージにしてね』
あらたな正義の戦いに向けてのインスピレーションだろうか? それなら情報共有の不徹底を文句つけられない。
「くそって私のこと?」なんていう地獄耳だ。
「ちがう」正義の味方でも嘘をつかないと、広尾に某国の偵察ドローンが落下する。
「じゃあ行こうか?」俺の横に離れて並ぶ。嬉しそうに。
「端末は?」
「なくしちゃった」
きっと仮面ネーチャーも嘆くだけだろう。
二人は東口をでて、暑くてディープな午前の町を歩く。深夜はともかくこの時間は人が少ないのが救いだ。そして俺は、彼女の野生の勘に従うだけだ。
この町は正義の心が発動しそうな目つきの人が多いが、気のせいだろう。夢月が目指すまま歓楽街を突き抜ける。……彼女といると、女性の目線が気にならない。なるけど、隣を離れて歩く夢月を見て、やっぱりねと諦めの顔をする。男も俺に羨望の眼差しを向ける。背後から刺されそうだ。
とかしていたら多摩川まで来てしまった。これより先は川崎なのでUターンする。
夢月は一切喋らない。目が合うとにこにこ笑う。
「見つからないね。暑いね。疲れた?」
無口な俺が気を遣ってしまう。
「うん。うん。うん」
嬉しそうに相槌を打つだけだ。
「俺のスマホ壊れて買い替えたよ。もう勝手にアプリ入れないでね」
「うん。うん」
とかしていたら大森を通り越して大井競馬場まで歩いていた。終戦記念日に、これより先は羽田空港の大田区東端のアスファルトを二時間以上歩き続けた。さすがレッドと称えられそうだ。さすがに俺は疲れてきたので、二人で昼飯を食べることにする。食費は交通費と別にモスガールジャーから一人千円も支給されている。
「この辺り知っている」
夢月が珍しく声を発した。
「まだ私にレベルがあった頃、よく布理冥尊と果し合いしたところ。ここの屋上駐車場でも戦ったよ」
家族連れで激混みのショッピングモールのイタリアンレストランでは、なるべく口にすべきではない四文字だ。隣席から夢月をじろじろ見る、子ども四人連れの若い茶髪お父さんも夜にはエリート戦闘員かも知れない。パンツからはみ出た臀部にタトゥーを見せつけるどっしりした母親は中央幹部かもしれないし。
……言っておくべきだよな。この子ならば大丈夫かも。
「伊良賀紗助を見つけても見逃したい」
返してもらったサングラス越しに言う。隣の母親に惚れられたら身の危険だ。
「うん。私だって探してない」
にこにこと言う。ふいに目を下に落とす。
「ここまで楽しかったです。私は初めてのデートなので緊張していました。智太君は、つまらなかったと思うけど」
多摩川から大井競馬場までの行軍はデートだったのか。緊張ゆえだったのか。彼女は意を決したように俺を見つめる。
「すぐ近くに水族館があります。智太君と一緒に行きたい。走っていけばアザラシショーに間に合うかも」
おもいきり顔を赤らめながら言う。
二十歳を過ぎて女子高生に誘われる日があったなんて。しかもとびきりかわいい子に。
「任務中だよ」
断るに決まっている。この子が初デートと言うのも分かる。同じ制服を一週間着続けたのはある意味良しとして、半グレ集団の金玉を潰したり、海ほたるまで流されたり、モスプレイを撃墜したりでは、特別警報とデートするようなものだ。手をつけてからフェロモンが消滅したら、金玉を潰されて多摩川に流される。
浮かぶ月のように、遠くから見つめるで満足。月面着陸なんか昭和の人間しかしていない。
夢月はしゅんとして、お互い黙々とパスタをすする。
隣席の兄弟がピザを奪いあうのを見て思いだした。
「あの団体が人を襲って食べるって話を知っている?」
夢月のフォークが止まった。
「ほんと?」
口からはみ出た麺を吸いながら逆に聞かれる。
「……今から本宮をぶっ潰しにいこう」
これは……圧倒的大正義の目だ。ふるい立たせる眼差しだ!
「そうしよう」俺は立ちあがる。「どこにある?」
熱い眼差しに答えるために、サングラスをはずす。
レッド二人でぶっ潰してやる。百夜目鬼大司祭長め。今日が貴様の命日だ!
「知らない。噂だと日暮里とか島根とか択捉島とか言われている。端からぶっ壊そう!」
彼女は強い眼差しのままだけど。
俺は座りなおす。択捉島がどこだか知らないけど、島根と言えば鳥取砂丘の親戚だよな。いまから行けるのは日暮里ぐらいだ。でも繊維街を端から焦土にするわけにはいかない。
くそう、布理冥尊め。
「その目だ。赤モスよりも強すぎる、優しい眼差し。違った。優しすぎる強い眼差し」
竹生夢月が俺を見つめる。
「やっぱりスピネルソードを持つ王子様だ……」
彼女の目に涙があふれかける。
***
隣の席の母親まで俺の眼差しに気づいてしまい、急いで食べ終える。
司令官からメッセージが届いたが、まだ誰も見つけていないらしい。茜音と柚香のチームは七分で解散したとのこと。
雲行きが怪しい。夕立が来そうだ。蒲田まで戻らないと。人けの少ない倉庫街を歩く。
「スピネルソードの名の由来は?」
さっきよりも俺に近づいて歩く夢月に尋ねる。
彼女が俺の前にまわりこむ。
「博士が予言していた四本目の赤いエナジーソード。強い王女を守るため、さらに強い王子がもつ対の
俺を立ちどまらせる。
「王女って姫だよね? 王女の尖剣であるルビーソードは、私の手もとに来た。前の持ち主はレッドタイガーソードを手にした」
俺を不敵に見あげる。
「さっきの目を見て、やっぱりって思った。あなたは私の王子様。二人で悪を倒す宿命」
挑むような笑み。
でも俺は、彼女の目を見て全然違うことを思う。この子は俺に惚れていないのではと。欺瞞の力が効いていないのではと。他の女性とは違う俺への眼差し。
だったら、あの抱きあった瞬間は――。
夢月のスマホがけたたましく鳴った。
「蘭からだ。私、また雪月花専用端末をなくしちゃったから」
続いて俺のスマホも振動する。……藍菜から。
二人とも休日の倉庫の裏にまわって、それぞれ小声で応対する。
『よりによって蘭が発見した。言い忘れていたが、今日は清見さんは忙しくて、隼斗君があの女と組んでいる。さすがに十四歳が二十五歳相手に紗助君を保護する口実を作れない。むしろソフトクリームをおごってもらったので懐柔されそうだ。
なので、スカシバレッドにモネログリーンを守ってほしい。シルクイエローも転生させる』
「蘭が見つけたよ。そして赤鴉が餌に食いついたみたい」
やはり電話を終えた夢月が真顔で言う。
「アメシロちゃんは端末返さずに帰ったって。だから柚香は蘭と合流していた。私も行く。智太君も行くよね」
彼女は狩りの目をしていた。モネログリーンよりもっとでかい獲物――レイヴンレッドを狩るために。レベル181の堕ちたレッドを。……俺の上に白い渦が発生する。
「邪魔!」
夢月が握った拳を向ける。渦は霧散する……。
「私が紅月照宵になるときに一緒にいれば、智太君も転生される」
夢月が俺の胸に飛びこみ、しがみつく。「やったぁ」と小声で言う。
「変身!」
彼女の叫びと同時に二人は裸になり、俺の胸が膨らみだし、赤いコスチュームが――。