23 紫苑太夫

文字数 2,958文字

 五十メートル上空からでも、砂浜と海の境が白波で判別できる。観光シーズンであろうと、深夜一時の有料道路に車は多くない。女三人が宙に浮かんでいようが誰も気づくはずない。結界で身を隠す必要もない。隠すべくは、じきに聞こえだす断末魔の悲鳴だ。

「あたいだけが行く。深雪は特品(とっぴん)で贅沢に囲んでやれ。紅月は帰って寝ろ」
 紫苑太夫は煙管の灰を落としながら命じる。灰は潮風に乗り、夜空に散っていく。

 吐きだした煙は全長10メートルほどの大蛇に膨らみ、ぼとりと地面へ落ちていく。九十九里浜付近の二年前に閉店したドライブインへと、四頭が這っていくのが見える。布理冥尊どもが言うピーナッツランドのアジトの一つへと。

「奴にやらせましょう。叱りすぎて不機嫌です。発散させましょう」
 小柄の巫女装束などという妬ましい姿の深雪が耳打ちし。
「紅月がいけば、顔を見るだけで両手を上げるよね」
 かぐや姫の姿でバイクに乗ってきた馬鹿の機嫌を取る。
 
 あの(つら)に腑抜けとなり、あげくに夢月(ばけもの)と奪いあおうとしたこいつも、ようやく本来に戻った。赤モスともどもしっかりと灸をすえたから、二度と愚かな真似をするはずない。

「不要さ」

 お蘭はそれだけ言う。噂が事実ならば、降参などさせられない。本部でやさしく(・・・・)改心などで赦されない。
 私だけが行くべきだ。この二人には、まだ知らせるべきではない。

「まだ怒っているの? 無免許運転のこと? それとも私が智太君をあきらめないこと?」
 かぐや姫は頬を膨らませたままだ。

 正義の女として生きてきた二十五年間で、こいつだけは厄介だ。どちらの陣営にとっても常識外の能力をもつ、素直さだけが取り柄の子。歯向われても、誰も抑えられない。

「それは関係ない。今宵はあたい一人で暴れたい気分なのさ。……男や仕事でむしゃくしゃしている」
 お蘭は半分だけ本当のことを伝える。
「夏休みの宿題を早めに片づけな。今後は深雪に手伝わせない」

 なんで、こんなことまで指図せねばならない。この娘を枠に押しこむなど無意味だけど、高校を卒業させるのは私の責任だ。あそこですら成績が下位のうえに出席日数も足りないとは底抜けにルーズで頭の出来が……提出物だけでもしっかりさせないといけない。ほかの生徒がまともにやるはずないから、教師の覚えが良くなるだろう。

 それに噂が嘘ではなかったのならば、夢月にだけは教えられない。知れば暴走する。ここから立ち去らせないといけない。
 柚香だって同様だ。だけど、こいつは一人では何もできない。中央幹部二体と一人で戦い相討ちしてから、かすかに怯えがある。それは責めない。むしろ必要だ。お蘭も十代に二度死んでいる。精神エナジーの枯渇の恐怖を知っているし、一度は汚泥をすするほうがはるかにましな目に遭わされてから殺された。半年後にその倍以上の仕打ちで、やり返してやったけど。
 だから、この子たちとチームを組んでいるのだろう。レベルの維持が精いっぱいの年に差し掛かり、もう死ななくて済むように。



「じゃあね」と私服の夢月が微笑まないままヘルメットを被る。バイクのライトが遠ざかる。
 スマホに似た雪月花専用端末が着信を伝える。

『では結界を張ります。言われたとおりに、松の等級を三層に』

 地面に降りたお蘭が、深雪からのメッセージを確認する。レベル172以下のものに逃れられぬ見えない檻が築かれる。そのために深雪は最終変身である、スーパー魔法少女“黒神子(くろみこ)”に姿を変える。地方幹部相手に何故にここまでやらせる、という抗議を隠せぬ文面だった。

 地上では、蛇たちがお蘭を待っていた。

「行っておいで」
 お蘭は、消滅するさだめの一夜限りの(しもべ)たちに命じる。

 蛇たちは建物の四方からガラスを割りドアを押し倒し侵入する。やがて布理冥尊の悲鳴や銃声が聞こえだす。結界の外には漏れない。じきに静かになる。
 外へ逃げだした戦闘員の一団が、透明の壁に気づき座りこむ。
 お蘭はまた紫煙を吐く。紫色の揚羽蝶と化す。
 数百羽の蝶たちにまとわりつかれ、肉体を溶かす鱗粉を浴び続け、連中の悲鳴もすぐに途絶える。
 大蛇が一頭、窓から顔を見せる。私たちで処分できる獲物はすべて平らげましたと、感情なき目が伝える。……こいつらも同類かもね。
 そんな態度は見せずに、「ご苦労だったね」とだけ告げる。蛇たちは霧散する。

 シャン、シャン、シャン……
 鈴の音を優美にたてながら、紫苑太夫は蛇たちが開けたドアから真っ暗な屋内へと侵入する。
 結界の外の情報は内部に伝わる。なのに波音も車の音もやけに遠く感じる。

 ***

 廃墟の中を、(かんざし)の先から発する光で照らす。
 これは、傍から見てあまり格好よくないと後から気づいた。だが私はリーダーだ。そんなことでスタイルを変えられない。まだ十代の二人の模範にならないといけない。
 ……花魁の格好だって(とう)が立っているかも。そもそも180センチをわずかに(・・・・)越える背丈に、和的コンセプトは似合わなかったかも。お蘭は柚香が合流して三人になったときに、かなり本気でチームコンセプトを変えようとした。自分は十歳ほど若い姿に変身しようと思った。背も低くして。それなのに、モスガールジャーの連中め。狙っていたスタイルを……。

 廃墟は沈黙している。でも気配は感じる。花魁はそこへとしずしず歩む。

 赤モス……。男のが正義の味方に選ばれるのは遅い。十代の男の興味はあれしかないから仕方ない。二十代でもお盛んだが、経験を積み、すこしは落ち着くのだろう。
 しかし、『僕は無害です』が歩いているような、緊迫感のない面。あれが美女二人を手玉に取りかけたのだからな、レッドのくせに。
 レッドのくせに、あの報酬はあり得ない。なにか裏があるのだろう。だから、これ以上追いつめない。苛めすぎると追いこされたときが怖いし。お蘭はふっと笑う。
 厨房からがさがさと音がする。急いで証拠を隠滅している? 違うな。作業に我を忘れている。

 ネガティブな漢字一文字。それが忌むべき特性。凶、濁、惰など……。ここにいる幹部どもは片方が“百足”と“飢”。もう一体が“埴輪”と“欝”。それが、おのれの力をより強められるおぞましき習性に目覚め得る特性。
 夢月が持つ“惨”の字もそうかもしれない。『特性はどちらにとってもだよ』と、博士はいつも通りに言われるだけだったけど。

 お蘭はため息をつく。この扉の向こうで何事もなければ、本部が気にしすぎだったってことだ。笑って帰れる。今日はあいつが飯番だ。どんなに成功しても同棲当初からの約束を守り続けるのはさすがだが、まずい飯は明日食べよう。自分の給与で買った発泡酒を一缶だけ飲んで、出社まで数時間寝よう。

 赤モスは何だったかな? 龍などと嫉妬するネーミングしか覚えていないけど……。相生は立ち直っただろうか。今日から傭兵たちとの合同チームのはずだが、レッドといえども、さすがに怯えて過ごしただろうな。エナジーの枯渇を経験して最初の戦いで死を恐れぬなど、私でも無理だった。夢月でも……。
 女の身でも自分のものにしたくなるような、あの子が死ぬことも今後はあり得る。この錆びたドアの向こうの景色によっては。

 紫苑太夫は扉を開ける。
 異形どもはなおも彼女に気づかず、おぞましい光景を繰りひろげていた。
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登場人物紹介

相生智太(あいおいともた)

20歳

大学二年生

龍、陰

スカシバレッド

スカシバレッド

モスガールジャーのエース

清見涼(きよみりょう)

22歳

大学四年生

鶚、村雨

エリーナブルー

エリーナブルー

モスガールジャーの実質リーダー

睦沢陸(むつざわりく)

23歳

フリーター

猪、貫、西瓜

シルクイエロー

睦沢陸

たっぷり女性ホルモンを授かったバージョン




シルクイエロー

モスガールジャーの陸戦巨乳隊員

壬生隼斗(みぶはやと)

14歳

中学二年生

巨樹

スパローピンク

壬生隼斗

すっかり健康になったバージョン

スパローピンク

モスガールジャーのちびっこ隊員

芹澤陽南(せりざわひなた)

17歳

流星、向日葵

キラメキグリーン

キラメキグリーン

モスガールジャーのニューグリーン

夏目藍菜(なつめあおな)

21歳

無職

勇魚、雲、寛容

与那国三志郎

与那国三志郎(よなぐにさんしろう)

モスガールジャー司令官

木畠茜音(きばたあかね)

20歳

大学二年生

鸚鵡、耀

アメシロ

アメシロ

モスガールジャー指令室参謀

落窪一狼太(おちくぼいちろうた)

35歳

夏目藍菜の用心棒兼諸々

山犬、恨

ウラミルフ、リベンジグレイ

リベンジグレイ

モスガールジャーの切り札

伊良賀紗助

21歳

レジスタンス叛逆者

草原

モネログリーン

モネログリーン

モスガールジャーの元隊員

陸奥柚香(みちおくゆか)

19歳

大学二年生

雪割草、蝙蝠

白滝深雪

陸奥柚香

金髪やめて高校時代に戻ったバージョン

白滝深雪(しらたきみゆき)

雪月花の癒し役

白滝深雪

銀髪バージョン

白滝深雪

スーパー魔法少女「黒神子」

竹生夢月(たけおゆづき)

18歳

高校三年生

鳳凰、惨

紅月照宵

紅月照宵(こうづきてるよ)

雪月花の真打ち

紅月照宵

ス-パー魔法少女「身分を隠すため町娘に変装したお姫様。お祭りだって初体験。女剣士に憧れ中。でもその実体は?」

お祭り娘バージョン

深川蘭(ふかがわらん)

25歳

社会人

胡蝶蘭、蛟

紫苑太夫

紫苑太夫(しおんたゆう)

雪月花の仕切り役

紫苑太夫

スーパー魔法少女「華柳」

亀の隊長さん

29歳

地方公務員

甲羅、機動

動的亀甲隊隊長

動的亀甲隊隊長

四名の配下戦闘員と長い脚の亀型兵器で戦う

相生桧(あいおいひのき)

15歳

高校一年生

相生智太の妹


町田さん

フリーの看護師

焼石嶺真(やけいしれま)

19歳

不明

虎、渡鴉

レイヴンレッド、元ヤマユレッド

レイヴンレッド

布理冥尊五人衆

ヤマユレッド

元モスガールジャー隊員

与謝倉凪奈(よさくらなな)

14歳

中学二年生

夜桜、猟犬

ハウンドピンク

ハウンドピンク

布理冥尊五人衆

押部諭湖(おうべろんこ)

13歳

中学二年生

貉、妖精

穴熊パック

蒼柳(あおやぎ)

布理冥尊五人衆

言霊、??

フェローブルー

刀根(とね)

第三方面軍直轄突撃団副長

銅、土

トンネラー

茂羅(もら)

第三方面軍温泉ランド区副司令官

苔、慈

コケライト

佐井木(さいき)

本宮護教隊地方管理部フルーツランド担当

犀、念

サイキック

銀山(ぎんやま)

第三方面軍フルーツランド支部長代理

勝虫、彷

シルバーヤンマー

禿尾(はげお)

第三方面軍直轄渉外隊隊長

銭、任侠

ゼニヨコセー

香山(かやま)

第五方面軍特務隊員

蚊、童、群

モスキッズ

織部(おりべ)

布理冥尊五人衆

花蟷螂、嘲

マンティスグリーン

マンティスグリーン

芹澤の父に擬態中

綿辻(わたつじ)

親衛隊(五人衆付)

蒲公英、迷

メーポポ

大賀(おおが)

布理冥尊五人衆

鬼、痴

オーガイエロー

五木田(ごきた)

親衛隊(五人衆付)

噴射、汚

ジェットゴキ

原田(ばるた)

第三方面軍彩りランド支部長

ヴァルタン征爾

忍者、幻

春日(擬態中)

レジスタンス本部

粘土、鹿

ネンドクン

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