01 しゃちほこランド攻城戦
文字数 3,747文字
俺は偽造の大型二輪免許を本部から支給された。
「それは悪だ。捨てろ」
ガイアさんに言われたが、アグルさんが了承してくれた。警察であるガイアさんとは、悪の観念でずれる時がある。
九月に仮面ネーチャーとして戦ったのは、捕虜奪還の一戦だけだった。今月頭に二十万円近くも入金された(隠し口座を作らされた)。他の二人には家族手当がつくので俺より多額の報酬っぽいけど、文句などまったくございません。確定申告しないように注意された。それは悪じゃないらしい。
バイトの心配はなくなり、性フェロモンに振りまわされることもなくなった。学業は出席さえすれば問題ない。いよいよ俺は戦いに専念できる。
こんこん、こんこんとヘルメットにヘルメットを二度ずつ二回ぶつけられる。休憩しようの合図。赤いバイクは浜名湖のサービスエリアに入る。
白いジャンバーの陸奥柚香が降りるのを手助けする。柚香は一時間以上俺の腰に腕を回していた。魔法を使えぬ彼女は白いヘルメットを自力で脱ぎ、俺に渡す。肩までの黒髪を後ろに結んでいる。ほどいて結び直す。
「やっぱりお尻が痛くなるね、へへへ」
子猫の笑み。トイレへと向かう。すれ違った男が振り返り目で追う。
排気量1800ccの赤いバイクの隣に、1200ccの黒い大型バイクがとまる。黒い薄手の革ジャン。紺色デニム。バイクと不釣り合いな体躯の女性。彼女は魔法に頼らずそれを制御する。
赤いヘルメットを脱ぐ。赤茶色のロングヘアが流れ落ちる。
「合流時間よりずっと早く着くよ。柚香は慎重すぎる」
竹生夢月は何かと不満そうだ。こいつも無免許。過去に二度白バイを吹っ切ったらしい。偽造ナンバーは高校の裏購買で買ったそうだ。柚香と同じく彼女もモスプレイでの移動を拒否して、俺たちに勝手に付いてきた。
夜の明かりに浮かびあがる、凛とした顔立ち。喋らなければ年齢以上に大人っぽく見える瞬間がある。それでいて妖精のような、隙がある大きな瞳。年齢よりずっとあどけなく見えるときもある。休憩に立ち寄った運転手たちの視線を一身に浴びている。
「うなぎ食べようか? 俺がおごる」
格好いいバイクに乗って、美女二人と飯を食う俺。おそらく羨望の的。
「うん」
夢月が目を細めて笑う。
夜十一時だと閉店していて、ウナギおにぎりを三人で食べる。
***
犬山まで来たのに、お城も明治な村もリトルなワールドも猿たちも見られない。戦うだけ。
三人は丘の上から林に隠された施設を見おろす。布理冥尊しゃちほこランド支部。すなわち東海地区の牙城。これより西は――、九州以外はトリオスがほぼ制圧した。レオフレイムたちは、関西残存の大仏ランド支部へと同時に作戦を開始する。
「到着した。仮面ネーチャーとスーパームーンも準備完了」
柚香がモスウォッチに報告する。
彼女専用の小ぶりで白いスマートウォッチ。転生だけでなく変身もする柚香は、常に携帯している。でも変身だと、ほかの備品は転送されない。なので。
「また後でね。頑張ろうね」
彼女の上に白い渦が現れて、モスプレイへと転送される。不満げな顔を残して。
俺と夢月だけになる。
「……約束守ってね」
夢月がいつになく強い声になる。
「ああ」と俺はうなずく。彼女を櫛引博士に無理やり会わせるためにした約束。……後悔はしているけど、仕方ないよな。彼女に付き合えば関東管轄もうまくまわる。
『蛾より念押し。五分後に作戦開始。健闘を祈る』
『君の任務は蛾の援護! 誰一人死なせぬように!』
非番でない仮面の二人から端末に連絡があった。
九月は大規模な戦いが続いた。納豆ランド支部殲滅から始まり、餃子ランド温泉郷での戦いと、西新宿での戦い、それに親衛隊本部での戦いの結果、今回参加する二チームと一人のレベルは以下のとおりになった。
仮面ガイア レベル102(0)
仮面アグル レベル101(0)
スカシバレッド レベル189(+7)
白滝深雪 レベル186(+4)
シルクイエロー レベル 50(-17)
スパローピンク レベル 83(-24)
キラメキグリーン レベル 39(-2)
エリーナブルー レベル 6(-67)
スーパームーン レベル測定不能
モスガールジャーは茨城で親衛隊をたっぷり倒してポイントを稼いで、レイヴンレッドとハデスブラックにより吐きだした。キラメキの減りが少ないのは伸びしろが凌駕したから。当然だけど、俺は西新宿で戦闘した扱いになっていない。本宮でクマドーサを倒したのもカウントされない。捕虜奪還は評価の対象。
200以上を数値化するのは、レジスタンスはまだ導入していない。ブルーに関しては、コメントしたくない。
俺と夢月はバイクで並んで夜景を見おろす。基本的には無口な二人。
「変身しようか」残り二分。
「ちょっと待って」
夢月が林道わきの木へと、手のひらを向ける。
「二十六夜!」
小さな紅色の鎌型が無数に飛びだす。おとなの胴体ほどの樹木を切り裂いていく。
「弱いな……。だったら」夢月が頭の上に丸を描く。「十三夜!」
ゼロ戦の胴体ほどの紅色の光。樹木が幹を分断させられ、上半分が吹っ飛ぶ。
夢月がにっこり振り返る。俺はバイクから落ちかける。
「一人だけのチームだからポイント独り占め。小さいから五夜だけど、また出せた。これで竹生夢月のままでも焼石と戦える」
不敵な笑みに変わる。赤い女たちは人間から遠ざかっている。
「じゃあ変身しよ、変身! ミカヅキ!」
「……変身」
二人は紅色と赤色に包まれて、それぞれ別に変身する。スカシバレッドはミカヅキに乗った紅月を追いかける。
***
『2,1,0』
『照射!』
時間どおりに、上空からの出力を押さえたエナジー弾の威嚇照射。某巨大企業の保養施設に偽装した布理冥尊アジトの屋根が崩れていく。
ゲートを破壊して、三人が横に並ぶ。
「無駄な抵抗はやめなさい」キラメキグリーンが叫ぶ。
「我々は夜に舞う」スパローピンクが続く。
「磨きあがった乙女たち」シルクイエローも。
「「「かわいこ戦隊モスガールジャーだ!」」」
三人の声が重なる。
その前へと、小柄な巫女がすとんと着地する。長い銀髪が闇に映える。
「私がモスガールジャーの癒し役。白滝深雪」
神楽鈴を一度鳴らす。
その隣に、スカシバレッドも立つ。
「熱き血潮渦巻く女、仮面スカシバレッド降臨!」
両手にスピネルソードが現れる。
今回から仮面の代用として銀色のティアラが装着される。彼女の赤髪にきっと似合う。我が家で岩飛に撮影してもらおう。あんなポーズやこんなポーズで――。
上空が紅色に照らされた。十二単衣スタイルに戻したかぐや姫が、すべてを見おろし歌いだす。
「背丈は平均。バストは並以下。だけど中身はオーバースコア。私こそが真打ちの、夜空に浮かぶ紅色戦士。強すぎて一人で戦うスーパームーンだ!」
ふいにバラード調に変わる。
「だけど王子様が待っている。その人の名は、消え去るあなたたちにも教えられない。でも二人は龍と鳳凰。私は彼を目覚めさせる役目。あの人は、あの人が私をおとなに……。二人がその日を迎えるために、貴様ら端からぶっ倒してやる。輝夜姫がお相手してやる!」
赤面レベルの歌だ。櫛引博士の話をしっかり聞いているし。
「くだらない歌。自力でもう少し大人になるべき」
深雪がこれ見よがしにスカシバレッドの手を握る。スカの手を握っても、かぐや姫は気にしない。でも。
「深雪……その手は何? レオフレイムに襲われて目覚めちゃったの?」
声を三回漏らしたらしいけど、それは禁句で、俺は聞いてないことになっている。
深雪がスカシバレッドの手を離す。上空のかぐや姫を睨みながら、黒い光に包まれる。蘭さんのレベルに達した彼女が、スーパー魔法少女に変身する。
だとしても絶対に勝てない。スカシバレッドは二人の間に浮かぶ。
『お前らいい加減にしろ!』
オウムがきれた。四人のモスウォッチからステレオみたいに響きわたる。
『今度は旧雪月花で仲間割れか? 優柔不断のスカシバ野郎、お前が責任取って一人で行け! 雪と月は目を覚ませ! お前らはこの外道に遊ばれているからな』
……やはりそう見えていたのか。俺は救いを求めるようにモスの三人を見る。スカシバレッドの信者であるピンクとグリーンでさえ顔を背けた。
『アメシロも落ち着きたまえ。では深雪君、鬱憤を晴らすべく始めてくれ』
深雪が紅月の横まで浮かぶ。互いに顔を合わせない。
「清め賜へ、囲み賜へ」
黒神子が御幣を祓う。息を大きく吸う。
モスのメンバーに防音ヘッドホンが現れる。俺は耳に手を当てる。かぐや姫は気にしない。
深雪が叫ぶ。
「虫けらは消えろ!」
結界内を超音波が乱反射する。その中のレベル100以下の敵は地下五階にいようとも、閉ざされた中で脳みそを掻きむしられ消滅する。一般人が紛れていても、鼻血を流して気絶するで済む。
「司令部より貸与です!」
キラメキグリーンが横に来て、モスウォッチを渡される。
「ティアラずれてない?」
「はい!」
白滝深雪を先頭に、蛾たちが突入しようとする。俺は最後に続く。
入口二階の窓から白旗があがった。