13 非常事態ラッシュ
文字数 3,403文字
「そんなものは夏目に押しつけておけ」
ボランティア中に岩飛の件を相談したら、アグルさんに即答された。
「溜まっていた報酬は151ポイントだそうだ。君が変身して解除すると受けとれるらしい」
アグルさんが通信の途中で教えてくれる。それがどれくらいか分からない。
「博士が君と喋りたいそうだ。換わってくれ」
端末を渡される。
「もしもし」
『これが相生の声か。予想以上に覇気がない。なおも熟睡』
年老いた男性の声。いきなり意味不明。
『知りたかったことは以上だ』
なんて言われるけど、せっかくの機会だ。念のためアグルさんに聞こえぬように小声で尋ねる。
「俺の特性の陰。原理主義なんですよね? 俺はどうなるのですか?」
『私は“陰”と名付けただけだよ。原理主義などと告げていない』
「だったら俺は原理主義じゃない?」
『まずは陰を考えなさい。パートナーの“惨”もだな。あの子は君以上に考えることが苦手だろう』
……夢月がパートナー。龍と鳳凰。陰と惨。陰惨なる聖獣……。
「俺も馬鹿なんで分からな――」
すでに通信は切れていた。
***
帰り道はガレージへ一気に転送。そこでスカシバレッドに変身してすぐに解除した。これで報酬を受けとれたはず。
「離脱すれば最後に寝た場所に移動する」
アグルさんが教えてくれる。これはどのチームも共通のようだ。
「今後もよろしく」
中指と人差し指をこめかみに当てて、アグルさんが先に消える。
俺もボタンを押して、昨夜寝た自分のベッドに転送される。なんで靴を脱がなかった。
リュックサックには札束。バイトの心配をしばらくしないで済む。学資金の返済はまだ考えない。テントを買い替える必要もないし、無駄遣いはやめておこう。
性フェロモンがどの程度回復したかは後日確認でいいや。
「お兄ちゃん! 今日はどんな正義の味方をしてきたの? それよりヘドロ臭い。はやくシャワーを浴びなさい!」
そのまま昼寝したら、桧にバスルームに追いやられる。もう夕方だ。
「お兄ちゃん! リュックからアラームがうるさい。どんどん音が大きくなるし」
ドアの向こうで桧が負けじと叫ぶ。端末からだろうけど、たしかに近所迷惑レベルだ。
「止めるからね。きゃ」
すりガラス越しに桧のシルエットが倒れる。……仮面ネーチャーの端末は、第三者が触ると高圧電流が流れる。
「桧!」
ドアを開けるとアラーム音が鼓膜を破壊しそうだ。二度タップしてとめる。妹は失神したまま。抱き起こすけど、呼吸していない!
「救急車!」母親へと怒鳴る。
心臓マッサージ、人工呼吸を繰りかえす。またネーチャーのアラームが騒ぎだす。知ったことか。心臓マッサージ、人工呼吸……。AEDが欲しい。
浴室での焦燥は二十五秒。
須臾にして久遠――。
唇を合わせた状態で。
「げほげほ」と、桧の呼吸が戻る。「お兄ちゃん、アラームがうるさい……」
虚ろな目の妹を抱きしめる。
「救急車が来るまでに服を着て。……あなたは小さいときから」
背後で母が口ごもるけど。
「他人にだけは危害を加えないで。お願いだから」
いつもの怯えたような目で続ける。
俺は小さい頃のまま。まともに返事できない。そのままの姿で桧を抱いて、端末をまたタップする。画面を覗く。
『Aランクのスクランブル。至急ガレージへ』
それは、ガイアさんもアグルさんも公務を投げだすほどの非常事態。いまだ涙目で震える妹から手を離す。
「桧ごめんね。お兄ちゃんはちょっとでかけるから」
母親に後を託し、パンツだけ履いて自室へ戻る。適当なシャツとデニムを着て、端末を操作する。時空に呑みこまれる。
***
埃ぽい薄暗い部屋。俺は手にする端末に念ずる。それは俺のどこかに消えるけど、大失態だった。二度と我が身から離さない。
「あと一分で来なければ置いていくところだった」
ゴリラ体形のガイアさんに睨まれる。
「スクランブルは何よりも優先。説明したばかりなのにな」
スポーツマン体系のアグルさんにも非難される。
ガレージには大型バイクが三台。一台は先ほどなかった新車っぽい真紅のバイク。赤いヘルメットが座席に乗っている。光度不足の蛍光灯に照らされている。
「すみませんでした。何が起きたのですか?」
「傭兵八名が殺された」
ガイアさんが言う。
「残り二名が追跡されて生身で捕まった。そいつらが、俺たちの情報をどれくらい知っているか分からない。だが奪還しにいく。九州管轄の二の舞にならないようにだ」
あのチームが全滅だと? たしかに無茶はする。でも高感度のエナジーセンサーを所持しているから、強い敵が到着する前に撤退完了する人たちだ。
「彼らは生身の体にGPSを仕込んであるから捕捉できた。場所は北餃子ランドにある温泉郷。傭兵たちのアジトのひとつだが、幸いにも彼らの拠点はすべてマーキングしてある。
……グルカ兵が死ぬ直前に布理冥尊の情報を本部に伝えた。敵は囮の戦闘員十数名、ウィローブルーとお付きの親衛隊。そしてハウンドピンク。そのお付きの穴熊パック」
そう言うとガイアさんがバイクにまたがる。エンジンを起動させる。
五人衆二人と親衛隊が相手では、俺たちだけであるはずない。
「召集メンバーは?」
「トリオスが来る。僕の後ろに乗れ。急いで二輪の免許を取れよ」
アグルさんもエンジンをかける。どこかに存在する狭いガレージが排気ガスで充満される。
トリオザスーパースター。略してトリオス。
関西Aチームが呼ばれるほどの事態。俺がまたがるなり、二人はアクセルをフルスロットルする。光に包まれてバイクごと転送される。
免許関係なくね?
****
正直に言うと、モスガールジャーが召集されなくて安堵した。桧がリアルに死んで生き返ったばかりなうえに、あの五人と一緒に強敵と戦うなんて心配事のパレードになる。
穴熊パック……。さっそく修羅場で再会。あの子を倒せるはずないけど、あの子は俺をどう扱う?
「いずれこの日は来ると思っていた。言っちゃ悪いが、もはやレベル100以下を前線にだしてはいけない」
営業しているホテルの屋上で、バイクにまたがったままガイアさんが言う。
動的亀甲隊、エリーナブルー、シルクイエロー、キラメキグリーンも当てはまる。でも戦わないと強くなれない。亀甲隊は平均年齢が二十代後半になって、レベルアップもおぼつかないらしいけど。
向かいには廃墟のホテル群。その一つが傭兵たちのアジト。捕らわれた捕虜たちはまだそこにいる。
「トリオスは十分ほどで到着。待たずに俺たちは突入する」
ガイアさんがまたフルフェイスのヘルメットをかぶる。
「不測の事態に備えて、月が待機している。ハデスブラックや門番どもが現れた時のためにな。……あの子を早めに投入すると、連中は捕虜を消すかもしれない」
「門番?」
「百夜目鬼大司祭長の用心棒たちだ。今後は前線に現れることを想定する」
布理冥尊は追いつめられている。歩兵も桂馬も奪われ、王将は裸になりつつある。だとしても魔女と呼ばれる存在。百夜目鬼の力を俺が知るはずない。
「アグル行くぞ!」
「おう! 変身!」
ガイアさんとアグルさんが光に包まれる。全身がタイトなパワースーツに包まれ、顔が鬼神をイメージしたマスクに覆われる。イメージカラーは仮面ガイアが茶、仮面アグルが青色。
文句なしに格好いい。子供の頃の日曜朝を思いだす。
「スカシバレッド続け!」
二人は、一般道を走れないほどに格好よくなったオートバイをふかす。たとえば十二気筒。向かいの廃墟の温泉旅館へと数十メートルをジャンプする。
仮面ガイアはレベル102。特性は“地鳴”と“凸”。
仮面アグルがレベル101。特性は“海鳴”と“凹”。
非番の日しか戦えない短所が無ければBランク以上の評価である二人組の戦いを、ついに見られる。
でも俺は、彼らがいなくなったところでスマホを取りだす。
「桧は? ……よかった。俺はまだ帰れないから隣にいてください。……どこにいるかは言えない。何をしているかは妹は知っている」
母との電話を簡潔に済まし、廃墟が目立つ川沿いの温泉街を見わたす。平日だからか、営業している宿の明かりも少ない。
俺の手に端末が現れる。同時に夜空へと体を投げだす。
「スカシバレッド、降臨!」
夜に包まれながら、正義の美女へと