26 お見舞いで「ここで会うとはな」
文字数 3,155文字
サングラスが不審がられる普通の病院の外科病棟。ドアの横に偽名の名札がぶらさがっている。ベット四つの相部屋だった。
「紗助君もいるから油断していた。まさか近所で無許可飼育されていたカミツキガメとニシキヘビと何よりラーテルが逃げだして、三匹同時に襲われるとは思わなかった。幸いにも全治一か月で済んだが、こんな裏稼業だから荒げられず、チンチラ猫とチンチラネズミに噛まれたでごまかす羽目になった」
包帯でぐるぐる巻きの藍菜が小声でぼやく。カミツキガメとニシキヘビと何よりラーテルが野放しの広尾が心配だが、動的亀甲隊が投入されたと聞いて一安心できた。
「隼斗君は精神的に不安定な状態だから見舞いするのはどうだろう。陸さんもさすがに外出は無理だって。……清見さんの意識はまだ戻らない。病院から家族に連絡してもらった。陽南ちゃんは帰らせた」
椅子に座った茜音が疲れた顔で言う。責任を背負った顔。
「お大事にしてください。俺や雪の件は解決に向かいそうです」
「パックは? 岩飛は?」
藍菜に聞かれるが棚上げ状態だ。
「岩飛はガイアさんが保護しています。そいつらは俺が何とかします」
どちらも自分の責任だし。
「落窪さんの具合は?」
「年を取るとエナジーの回復が遅くなるのかな」
茜音が言う。
「
用心棒としてだろうか。……茜音の鼻がひくひくしているな。俺への不快に耐えてくれている。
「俺もいようか?」顔を逸らしながら言う。
「そうしてくれると助――」
「智太君は別チーム。そこまでしてもらう義理はない」
藍菜が即座に茜音をさえぎる。彼女はそのまま窓の外を見る。
「……ぎ、義理はないけど、私から智太君に、た、頼みがある」
不吉な予感がした。
「い、今じゃないから構えないで。……でも近々」
「了解です」そう答えるしかない。
「覗くだけでもダメかな」
ここまで来たら隼斗の顔だけでも見たい。
「私も一緒に行ってみようか。お母さんに無理強いはしないけど」
茜音が立ちあがる。
「茜音っちはすぐに戻ってきてね。拉致なんて数秒でされるから」
「町田さんに来てもらう」
隼斗の部屋から町田さんの到着を待って、俺と茜音は二階上の病棟に向かう。
***
「レッド……ご免なさい」
「心配しないでいいよ。すぐに元気になる」
心の底から微笑んであげる。隼斗はまだ意識が混濁していて、それでも俺を見て、涙を流しながら必死に手を伸ばしてきた。両手で握りかえしてあげる。
「悪い夢をずっと見ているみたい。怖い敵に襲われたような……」
母親は青ざめたままだ。何も教えてあげられない。
隼斗がまた眠ったところで退出する。レイヴンレッドへの怒りが増す。
茜音と並んで廊下を歩く。
「屋上で話をしない?」
「長時間一緒にいると俺を殴りたくなるかも」
「だったらなおさら行こう」
茜音が疲れた顔で笑う。
***
「私が彼女に逃げてと言った。そのためかもしれない」
「ならば茜音が柚香を助けた。彼女は清見さんと同じ目に遭っていた」
屋上は喫煙所の名残りがあり、3メートルほどのフェンスに囲まれている。開放されているけど、ベンチとかないから人は少ない。入院中の男性と見舞いの女性。見舞いが飽きた子供を連れたお父さん。松葉杖の友人と自撮りする女子高校生たち。入院着のお爺さん。餌をねだるハトが三羽。それくらい。
フェンス越しに都庁が離れて見える。この病院は高層ビルたちに見おろされている。
俺と茜音は屋上の隅で顔を合わせずに語る。まったくひどい報酬のせいで……。
「戦いの今後……。相生はどう思う?」
「正義を貫く。それだけ」
結末は手の届くところにあると思う。早く戦いを終わらせたい。そのためにおのれの正義を貫き通すしかない。
俺の答えを聞いて、茜音は『やっぱりな』みたいな顔をする。
「じゃあモスの今後は? 私は相生に戻ってきてほしい。もちろん陸奥にも残ってもらう」
俺は返事できない。俺の考えは、モスガールジャーはもう戦うべきでない。それに、防御力が弱くて自分より強い敵に魔法が通じない柚香も、前線にでるべきではないかもしれない。
これから先は化け物が殺しあうだけ。生き延びるのは一匹だけかもしれないし、それが布理冥尊かもしれない。
「そろそろ戻ろう。町田さんに失礼だ」
俺はうながすけど、茜音は泣いていた。
その目線が俺の背後に移る。
野獣の気配。
「茜音っちさあ、こんなところでさあ、会っちゃうなんて」
陽だまりの声だろうが獣。
「誰がさあ入院してるの? 私が殺したにしてもさあ、生身のイエローやピンクは狙わないよ」
「焼石嶺真……。貴様はとどめを刺すために来たのだろ」
俺は振りかえる。右手にネーチャーの端末が現れる。
「民間人の前で変身するのかい? 愚かなお前は誰だ?」
野太いけど女性の声――。布理冥尊は焼石だけでなかった。この長身でたてがみのような髪の女は江礼木。日差しの下だと厚化粧が判明したが、門番ナマズラーガ。特性はハイエナとデンキナマズと昏……。原理主義のくせに看護師の姿。
「ナマスラードさあ、こいつがカスカベレッド。それでさあ、もう一人の女性はさあ、見逃すよ。嫌ならお前を倒す」
焼石嶺真はノーメイクで白衣姿。髪を後ろに結んでいる。魅惑的な瞳。今までの適当なファッションと違うだけで、悔しいほどに綺麗。年下なのに年上にしか見えない。誠実に患者へ寄りそう人にしか見えない。
でも、モスを壊滅させた女。怒りが沸騰しだす。
「お前の意見は尊重。大司祭長からそう授かっている。従うに決まっている」
そう言って、江礼木が背を向けて歩きだす。
「申し訳ございませんが、ここは閉鎖になります。すぐに屋内にお戻りください」
威圧する声にみんなが去っていく。こいつはレベル規格外でもある。
「残念だけど司令官はまだ健勝だ。我々はピンクの見舞いに来た」
茜音が涙顔のまま俺の横に来る。強い顔。
「レイヴンレッドめ。私は逃げない。生身のままで、五人の分まで戦う」
「ふうん……。じゃあさあ、気が変わってもらうために、こいつと戦うのを見て。ミンミンさあ、誰も来ないように見張っていてね」
「はいはい。まだ精霊じゃないので
入口で三十半ばぐらいの恰幅のある女性が布袋さんのように笑う。清掃員の格好をしているけど、こいつがセミの化け物。
こいつらは藍菜が運びこまれる病院を探っていた。そしてビンゴした。間違いなく焼石嶺真の手腕。
俺は雪月花の端末も左手に現す。
最後までいたお爺さんが屋内に消える。宇佐美がビキニ姿になり、ウサミンミンとなる。おおきな羽根を震わす。
「周辺の空気を震わして蜃気楼を作りましたよ。外からは見えないので、たっぷりと戦ってくださいよ」
セミが笑う。江礼木も笑う。焼石が腕をまわす。俺へと歩む。
茜音が俺の前にでる。
俺がスカシバレッドになったら、奴ら全員精霊になるだろう。かと言って、夢月を瞬時に倒した化け物女に勝てるはずがない……。銃とナイフがある。
まず俺は雪月花の端末を二度タップする。スクランブルモード。じきに夢月は現れる。自分のスマホを茜音の手に押しつける。カバンは病室に置いてきた。身元につながる所持品はなし。
ついでネーチャーの端末もスクランブルに……消す。あの二人さえこれからの戦いを生き延びられない。そんな予感は糞くらえだけど、巻き込むのは夢月だけ。疲れ果てた柚香は現れない。来なくていい。
門番と五人衆と親衛隊を相手するのに、頼れるのは竹生夢月だけ。かぐや姫が来るまで生き延びないと。
「ファイト!」
江礼木が笑いながらレフリーの真似をする。