40 魔宴
文字数 3,290文字
柚香が花嫁へと駆け寄る。雪月花の端末を手に現し、司会席を睨む。
「竹生夢月さん。余興の時間はまだですよ。それと、土の中奥深くからつけ狙う闇にも気を配るべきでしたね。……雪月花の雪。二度食べ損ねました。また逃げますか?」
黒岩がマイク越しに笑う。座ったままの俺を見る。
「コールドレッド。関東の破壊集団の主たる実行犯が勢ぞろいとは。皆さん、先日の小田原城天守閣を破壊したのも都庁を攻撃したのも、この会場に場違いなこの子どもたちです」
俺は茜音に連絡する――。電波が歪められている。仮面ネーチャーの端末を手に、柚香の隣へと歩む。蘭さんの盾になる。
二人の前に吉原さんが立つ。
「皆さん、トラブルが発生したようです。落ち着いて部屋から退避してください」
そう言う吉原さんの襟を蘭さんがつかみ、後ろに引きずる。
「あなたも逃げて」
「全員座っていろ」
黒岩が命ずる。その手に闇のようなマントが現れる。髪型がツーブロックと化し、黒尽くめのスーツ姿になる。フロアが絶望の闇に包まれて、悲鳴がいくつも上がる。
「貴様らに教えてや――」
「せいや!」
再びの紅色の光。これぞ余興みたいなお祭り娘が現れる。
「二十六夜!」
「怖い怖い」
黒岩の体がフロアの底に沈んでいく。三日月状の光が床を削り消滅する……。
えーと。終わったらみんなの記憶を消すこと。それより、ハデスブラックは闇に閉ざされたのではなかったか? 何より変身!
「スカシバレッド降臨!」手にはスピネルソード。
「早く逃げなさい」
柚香が叫ぶ。その体が装束に包まれて、白巫女が現れる。黒い光。黒神子と化す。
「私たちは正義の味方です。あなたたちを守るから信じなさい」
人々が殺到した入口に、フロアから巨大な牙が生える。また悲鳴。
「二十六夜!」
三日月状の光が人々の間を縫う。牙だけを分断して消滅させる。
「スカ、ぼーとしているな、蘭を守れ! 深雪はみんなをはやく逃がせ。ハデスブラック、私とだけ勝負しろ!」
「清め賜へ、包み賜へ」
深雪が御幣で祓いながら人々を誘導する。
気配!
「スカシバーニングデストロイ!」
スカシバレッドの全身から発する神々しいほどの破壊の光が、フロアから生えかけた牙を軒並み消滅させる。絶望の闇さえも消滅させる。
人々がパニック状態で室外へ逃げる。深雪がもみくちゃになる。
俺はウエディングドレス姿の蘭さんと吉原さんを外に導く。蘭さんが何かに気づき立ちどまる。
小学生の兄妹がしゃがみこんで泣いていた……。妹が逃げる大人に蹴られて転がる。
蘭さんが吉原さんの手を振りほどき、二人のもとに走る。
――愚かだな
白い花嫁衣装が、巨大な黒い手に捕まる。
スカシバレッドも追おうとして。
「お前たちを律する」
声へと振り返る。やつれ果てた真壁律がいた。深雪が由香に戻るのが見えた。
でも俺はスカシバレッドのまま。
「黒岩さん。いまの僕で通じたのは雪だけだった」
真壁律が柚香へと歩む。
「いまの僕でも、生身を傷つけるぐらいはできる」
その手にはナイフがあった。
魔法を使えぬ生身の柚香は強くはない。限りなく華奢なただの女の子――。
「邪魔するな!」柚香が叫ぶ。
銃声。真壁律が倒れる。さらに銃声。
柚香の手にエナジー銃があった。
「レベル190近いくせに、そんなものを持ち歩くのかよ……」
精霊の盾を失った真壁律が消滅する。
白い光。深雪が再び現れる。
「執務室長は完全に廃品か。挽回のチャンスはもうないな」
巨大な悪魔がフロアから顔を半分だけ出す。
「俺にソードを向けたら花を握り潰す。光を向けてもだ」
「スーパームーン、朔だ!」深雪が叫ぶ。
「うん。朔!」
蘭さんが闇に消えかけて、悪魔の手で苦しそうに呻く。
「蘭!」吉原さんが駆けようとする。
「こ、来ないで」
蘭さんが必死に声をだす。
「この子たちが助けてくれるから、あなたも逃げて、お願い」
「朔!」
「無駄だよ。私は冥王星だ。闇こそが本性だ。月なき夜は我が配下だ。――貴様に殺されて、私の精神は閉ざされた。その闇は、揺りかごのように安らぎを与えてくれた。ご覧の通り、いまだ私は闇の力に溢れている」
「ざけんな、朔――」
「私じゃない! 月はその兄妹を守れ!」
「……朔!」
泣きじゃくる小学生の男の子と女の子が消える。吉原さんも――。
気配!
「スカシバーニングデストロイ!」
フロアに戻ってきた深雪へと伸びかけた牙を消す。
「ありがとう。“忘れ賜へ”で全員の記憶を消して、“眠り賜へ”をした。松の結界で五重に包んでおいた」
黒神子が隣に来る。憂いはひとつだけ消えた。
「深雪、どうするの?」
紅月も深雪の横に来る。
「すべては冥王が決める」
巨大な悪魔が顔をすべて出す。
「竹生夢月よ。紫苑太夫を食われたくなければ、みずから首を斬って死ね」
「ふざけんな!」
レベルオーバーのスカシバレッドが浮かび上がる。
「コールドレッドも死ね。俺が食い殺してもいいけどな」
悪魔が蘭さんを突きだしてくる。
「二人とも信じるなよ……」
蘭さんが俺と紅月に言う。
「お前らが死んだ後に、こいつは私と深雪を食べる」
身重な蘭さんは辛そうだ。躊躇などしていられるか。
「私が犠牲になろう」
スカシバレッドは手からソードを消す。
「だから彼女を解放しなさい」
「ならば私の口に飛びこむがいい」
悪魔がでかい口を開く。でかい牙がずらり……。牙に守られたひ弱な口腔が見えた。でも、まだその時ではない。
「蘭さんを解放するのが先よ」
スカシバレッドが述べる。そしたら約束など反故にして三人でぼこぼこにしてやる。
「五秒だけ待つ。二人は自ら命を断て。私は殺されても揺り籠に戻るだけだ」
人の話を聞かない悪魔がでかい声で笑う――。
野生の感を、はるかに凌駕する野獣。
振り向くなり、スピネルソードが緋色の三本の爪に飛ばされる。
三メートルほどの獣人であるレイヴンレッドが俺へと左手を掲げる。
ざくりと斬られる。
「ぐああっ」
「もっとわめけ!」
「うぐっ」
またもおまけみたいに裂かれる。
「焼石め、二十三夜!」
「ここで放つな!」
獣人であるレイヴンレッドが紅色の半月を避ける。月明かりを浴びた壁に穴が開く。通路を抜けて窓ガラスを溶かし外へと消える。
「月明かり強すぎだ――。ご免つかまつる」
紅月が麗しい女剣士に変わる。
粉雪が降りだした。俺は温かい雪に包まれて結晶の中へと。鏡には生まれたままの姿のスカシバレッド――。
「ふん!」結晶をはじき飛ばす。休んでいられるか。
「……すごいね。表面の傷はもう消えた」
白い深雪が黒い深雪に戻る。
「レイヴンレッド、お前がなんで来る? お前の任務は――」
ハデスブラックが妖艶な獣人に聞く。
「ええ、私の任務は大司祭長の護衛です」
レイヴンレッドは俺たちに背を向けたまま悪魔へと歩む。
「それに変更ありません。つまり、あの方はここにいらっしゃる」
レイヴンレッドが跳躍する。悪魔に飛びかかり、その手首を切断する。
「ぐおおおお!」
悪魔が絶叫する。蘭さんが地面に落ちてうずくまる。
「蘭!」
紅月は素早い。瞬時に彼女のもとに飛んで抱きかかえる。
「この野郎!」
駄賃みたいに悪魔の鼻を削ぐ。黒い血が噴出する。悪魔は再び絶叫する。床に潜っていく。
「ハデスブラック逃げられませんよ。やはり私を裏切りましたね」
ホールに女性が入ってきた。
七十歳ぐらいだろうか。背高い。百六十センチ後半はある。薄手のベージュのコート。白シャツと赤い宝石のネックレス。灰色のだぼっとしたパンツ。手にはハンドバッグ。
淡い茶色に染めたミドルヘア。皺が目立つけど、それ以上に若々しい目鼻が存在している。上品なメイク。綺麗な顔。優しそうな顔――。こいつが百夜目鬼。
「う、裏切るなど、私はあなた様のためにより力を高めようと――」
悪魔の声が底から聞こえる。
「お黙りなさい!」
百夜目鬼が片手を上げる。
「ならば望みどおりに力を差し上げます。原理を授けましょう。永遠に精霊の姿で過ごしなさい」
「そ、それだけは……」
「原理を
「あ、ああ……」
ハデスブラックの絶望の声が地に響いた。