39 祝宴
文字数 2,157文字
『明日は別々に行ったほうがいいね。会場でも喋れないね』
ここのところ、柚香からは毎日のように連絡が来る。
『終わったら二人で二次会しようね。帰っても一人でしょ? へへへ』
『智太君も参加するの! 知らなかった!』
夢月には俺から連絡した。
『一緒に行きたいです。……ダメなの?』
「午前中にどこかで会うならば大丈夫だよ」
『また柚香と喧嘩したの?』
夢月は柚香の代わりじゃないよ。そう言おうとして言えなくて、しかも誰かがドアをノックする。
「桜木町で十時に待ち合わせよう」
『うん!』
電話を切り、どうぞと声かける。
「自室の寝心地はいかがですか」
訪ねてきたのは湖佳だった。俺は昨日からマイルームで寝ている。岩飛はひと足早くマンションに移動した。完璧に綺麗にしておけと、千由奈に命令されている。
「それはそうと陰と惨の件ですが、私なりに考察してみました。お聞きになりたいですか?」
「もちろん」
姿勢を正してしまう。湖佳はドアを閉める。そこに寄りかかる。
「まず惨ですが、これは救いがないほどにネガティブな一文字ですな。おのれを表すならば悲惨な体験。他人に向けるならば惨禍をもたらす。おお、口にはだせませぬが、まさに原理主義の頂点的一文字」
祝宴の前夜に聞きたくない話だ。ぶん殴ってやろうかとは思わないけど。
「で、陰は?」
「陰険、陰鬱。いまの智太殿には合致しませんな。桧に聞きましたが、過去の智太殿も陰ではございませぬ。……哀や呪と違い、この一文字は紛う方なきネガティブです。なのにポジティブでもございます。陰から支える。こちらのが智太殿に似合っております」
やっぱりこいつはいい奴じゃないか。
「俺はそこまでではないよ」
「ですな。人を騙す。人を裏切る。陰湿な面があった気もします」
……この子には申し訳ないほどひどいことをして、それを許してくれた。それに俺は今から……。
「陰にならないでもらえますか。――龍と鳳凰が対ならば、陰と惨も然りと考えるべきです。ネガティブに考えるなら陰惨。ポジティブに考えるならば」
「ならば?」
「惨が強烈すぎて肯定的になりようがないですな。それを覆い隠すのが陰。……月影は月の明かりを表しますよ。では行きましょうか。ここでの最後の夜の宴を始めましょう。岩飛殿も呼び戻しました。一階で三人寝ますのでご心配なく」
押部諭湖であった洞谷湖佳が部屋を出る。俺も後に続く。彼女の説明を鵜呑みにすれば、夢月は救いがなくて、俺はまだ救いがあって、二人が揃えば満月みたいに夜を照らすってことだ。ポジティブに考えよう。
これにて陰と惨は一段落にしちゃおうかな。
パンパン!
「お疲れさまでした!」
「ありがとうございました!」
クラッカーが出迎えてくれた。
****
「金曜日に学校で八時間も寝ちゃったからかもしれないです。……蘭のウエディングドレス綺麗だろうなあ」
桜木町駅近くのカフェで、夢月が向かい合わせでにこにこ言う。昨夜どころか金曜夜から興奮して一睡もしていないらしい。遠足前の小学生レベルをオーバーしている。
「髪の毛、黒くしたんだ」
「うん。この服には似合うかなって魔法で染めたんだよ」
彼女は白シャツとベージュのスカート。おしとやかなお嬢様スタイル。俺のスマホに残っているスタイル。
「お母さんは地味って言うけど、智太君が似合うって言ったから……。やっぱり合わないですか? さっきからすぐに顔を逸らすし」
俺が目を逸らすのは夢月がかわいすぎるから。そんな言葉はとても言えない。まわりの視線が集中しているお姫様に、俺の口から言えない。不釣り合いすぎる。
基本的には無口な二人。
「そろそろ行こうか」
「うん」
「別々に入ろうね」
「残念です……。柚香にはデートしたこと言わないよ」
パーティーが終われば、俺は柚香とデートする。その時に告げないとならない。
***
入学祝に祖母が買ってくれたスーツに伊達メガネをかける。夢月に髪の毛を軽く茶色に染めてもらった。
柚香はお約束のリクルートスーツ姿だ。真面目な彼女は蘭さんの言いつけを守って、一切俺と目を合わせない。
夢月はスマホをいじってばかり。テーブル三つを挟んで目が合うとにこにこ笑う。
俺の席は年代も違う知らない人だけ。というか、招待客は百五十人ぐらいでこの三人が最年少。と思ったら、新郎側親族に小学生兄妹がいた。どちらも花束係ぽいな。兄ちゃんのが緊張しているぞ。
――お待たせしました。新郎新婦の入場です。
クラシック音楽とともに、蘭さんと吉原さんが現れる。180センチの新婦と190センチの新郎。白いドレスと白いタキシード。率直な感想はどちらも格好よい。蘭さんのお腹のラインはゆったりしている。
二人は拍手と喝采の中を、テーブルを縫って歩く。真っ先に柚香と夢月の前を通る。コース的に俺の前へ来そうもない。
「深川蘭さん、おめでとうございます」
音楽がとまり、マイク越しに渋い男の声がした。
「またの名を紫苑太夫。テロリストの一員」
拍手と口笛もとまる。蘭さんが立ちどまる。俺は司会席を見る。185センチほどで三十代の色気ある男がタキシード姿で惨忍に笑っていた。
「黒岩め!」
夢月が立ちあがる。紅色に包まれてかぐや姫が現れる。