38 水に浮かぶ月
文字数 2,749文字
深雪に頬を普通に叩かれる。朝焼けのビーチだった。
「私と焼石はここで寝なおした。……何かあったら、ここへ迎えに来てね」
深雪の温かい結晶の中で眠ってしまった。誰も起こしてくれなくて、目覚めたら明け方の沖縄だ。
スカシバレッドのコンディションは全快している。ライフ値は……肌とコスチュームが復活すれば充分だ。
結界で隠されたミカヅキは米軍キャンプの隅の隅に着陸する。
「この敷地にある。でもさあ、生身に戻らないとね」
焼石が三人に言い。
「ス、スシ……、ス、スカンジナ……スカシバはさあ、仕方ないけどね。……言えた」
心底嬉しそうに笑う。
こいつは悪い奴じゃないかも。思ってはいけないことを思ってしまう。
「私はパジャマだ」白い深雪が言う。
「私は制服だよ」かぐや姫が言う。
「おっしゃるように、
スカシバレッドが言う。
彼が最後に着ていた服はなんだっただろう……そう言えば、いまさらだが。
「私じゃなくて彼はどこにいる? 本物の相生智太はどこ?」
「説明受けていないの? 智太君はスカシバレッドの中にいる。正義の味方は、その人の精神エナジーが表面に現れた存在」
深雪が言うけど、初期に茜音の話を聞き流したかもしれないけど、理解困難だ。深雪の顔を見ると、彼女もよく分かっていないようだ。
「さすがに解除して欲しいけどさあ、みんなも私を信じたのだからさあ、そのままで仕方ないか。でも夢月はさあ、制服に戻って。怖いから。――深雪さあ、結界を消して」
焼石がまた歩きだす。
制服女子高生はともかく、巫女と露出系コスプレーヤーに早朝の米軍基地を歩かせるのか? しかし焼石の先導でたどり着けて良かった。在日米軍相手に強攻せずに済んだ。
「追いだされないのか?」深雪が聞く。
「ここにもさあ、信者はいるよ」
焼石が見張りらしき白人兵士に敬礼される。
***
魔女は緑色のじょうろで、テラスにある観葉植物に水をあげていた。結んだ白髪。皺を隠さない淡いメイク。ベージュの長袖シャツに紺色パンツ。
俺たちを見て、口を開けたままだった。
「……焼石。あなたの任務はテロリスト本部の所在確認。可能であれば、与謝倉凪奈の奪還でしたよね」
「前線にさあ任せていただきますとさあ、作戦は常に変わります。無警戒に飛ぶミカヅキを見かけたらさあ、あなた様がさあ以前言ったことを思いだしてさあ、これがさあ最善とさあ思いましたかな、どうかな」
「でも私に相談すべきでは? せめて事前に連絡すべきでは?」
「大司祭長ならさあ、お気づきと思った」
「見えないもののが、はるかに多いです。しかし……」
もしかして、これは焼石の独断だったのか?
魔女が庭にいる三人を見つめる。三人は魔女をにらむ。
「龍は媚びない。でも、なるほど、揺れていますね。――雪月花の雪でしたっけ? その子は龍に従います。だが、偽の月からは私への憎しみしか感じません」
「ババア、二度もしやがって当たり前だ!」
夢月が紅色に包まれる。
「智太君を返せ! そしたら赦してやる。せいや!」
お祭り娘が現れるより早く、焼石が赤いマントで身を覆う。
「彼女は想定外ですが、誰よりもピュアです」
レイヴンレッドが魔女の前でレッドタイガーソードをかまえる。
「紅月、ほかの二人が戦うために来たと思うのか? 可能性のために来たのだろ?」
お祭り娘がぽかんとして。
「よく分からないから戦う。十五夜!」
クイックモーションで空を抱えた。そして水平に放つ。
「白色光フレア!」
生身の魔女が白い光を放った! 広がる直前の紅色の光とぶつかり合い、ともに消滅する。
衝撃で、俺と深雪は数十メートル吹っ飛ぶ。
「やば、月の引力!」
「そこは敷地外です。太陽の引力!」
業務用掃除機ほどの吸引力で引き戻される。
「偽の月よ。心のどこかで躊躇しましたね。それでは滅びの光と言えない」
百夜目鬼が白い光に包まれる。白い魔女が現れる。
「紅月、ルビーソードだ。
浮かびあがったスカシバレッドの手にスピネルソードが現れる。
「ち、違うべ! 戦うだめに来だのでね! ……来たのではないでしょ」
深雪が腰を落としたままで叫ぶ。
「焼石が消えた。逃げたの? それとも」
「彼女は転送させました。さあ、互いに身を削りあいましょう」
魔女が両手を空へとひろげる。おそらく楽園の結界。
この女は好戦的だ。聖女なんかではない。いい年してスイッチ入っているし、まるで夢月みたい……。
「深雪の言うとおりです。あなたに二度目の死を与えるのはまだ我慢しましょう」
スカシバレッドは冷静だ。手からソードを消す。
「まず相生桧に会わせなさい。湖佳にも」
そのために俺は来た。連れ戻すために来た。お姫様は直情的すぎる。魔女もそれに付き合うな。
百夜目鬼が俺たちを眺める。その手を降ろし、スカシバレッドを見つめる。
「おそらく偽の月はあの子と戦いだす。あの子は引き下がらない。雪は偽物を助ける。その時に、あなたはどちらの味方になる?」
えーと。果たし合うと宣言していたよな。だとしたら。
「私だけが行く」
スカシバレッドが一歩前にでる。
「やだ。私も行く」
お祭り娘も一歩前にでる。
深雪も続く。
「二人は気づきなさい。龍はすでに選びました」
魔女が俺たちへと歩む。スカシバレッドへと手を差しだす。
「この手を握れば、ともに月のもとに参じられます」
桧こそ月というならば……近いのに届かない存在みたい。でもそんなはずはない。
俺にとっての月は夢月だけど、魔女の手を握る。温かい手。同時に時空を移動する。
***
陽の光が差し込む、洒落た洋風の二階の部屋。観葉植物。白いベッドと白いテーブル。椅子が四脚――。さきほどの庭を見おろせた。紅月と深雪があたふたしているのが見えた。
魔女が先に手を離す。
「あの二人を楽園の結界に閉じこめたままでした。しばらくすると太陽に飲みこまれますから、結論を急ぐべきですね」
とんでもないことを言いやがる。
「すぐに解放しろ!」
また手にスピネルソードが現れる。
「お兄ちゃん! すぐに武器をださないの!」
妹の声がした。レイヴンレッドとともに部屋へ入ってくる。
「これを着ろ。私にだって厚着はある」
レイヴンレッドはトレーナーとジャージを持っていた。……えんじ色。どう見ても高校時代の体操着だろ。
「お兄ちゃん! まずは座ろう。みんなも座りなさい!」
「従いましょう」
魔女が腰かける。変身を解除する。
レイヴンレッドがその背後に侍る。
スカシバレッドは座らない。
「ふざけるな。まずは夢月と柚香の解放だ」
魔女をにらむ。カラスをにらむ。
「そしたら桧を連れてこい」
妹に化けた穴熊パックをにらむ。