22 でっかい給料日
文字数 3,425文字
俺は爪に叩き落とされる。背中を深く抉られる。
サイキックが足を掲げる。踏みつけかけた足の裏をスピネルソードで裂き、転がり避ける。真横での地響き。
「青蚊め邪魔するな! 二匹でかかろうが」
サイキックにまわし蹴りされたブルーが、回転しながら林に飛んでいく。
サイキックが俺を見おろす。
「まとめて殺してやるよ。四匹ともな」
こいつには攻撃はなにも効かない。いや、絶対にマジで死ぬほど効きまくっているはず。
そう思いこんで立ちあがる。仲間を守るためにソードを両手で握る。同時にドロップキックされる。
衝突した灌木が倒れる。クワガタが落ちてきた。
こいつはもう肉弾戦だけ。俺はまだまだ余裕……。そう思いこんでも立ち上がれない。
なのに俺を守るために、シルクがスパローを支えてやってくる。
「レッド、私はあなたを信じます」
イエローが俺の手を両手で握る。
「ぼ、僕もまだ戦える。こっちでは悪と、あっちでは病気と闘い続ける」
血みどろでレッドみたいなピンクも両手で握りしめる。
こいつらは戦うために、寝ころぶだけの俺のもとへ来た。エナジーのかけらもないスカシバレッドに力を与えてくれた。
「ふんが!」
サイキックが力をかき集めたように、俺たちへサイコキネシスをかける。手を握りあった三人に。馬鹿め。
「まとめて潰してやるさ」
サイキックが跳ねる。見あげるほどに。
「リノメガトン!」
巨体が真上から落ちてくる。もう逃げられない。
お前がな!
「「「スパイラルレインボー!」」」
仰向けに横たわるスカシバレッドの胸が奥から燃えた。
ピンク色と黄色と赤色が巨大な光となり螺旋を描く。サイキックを飲みこむ。
吹っ飛ばされた巨体は桃畑の桃の木を数本へし折る。スパローピンクが燃え尽きたように俺に倒れこむ。
「この野郎……」
サイキックはなおも立ちあがり、両膝から落ちる。
俺だってヘトヘトだ。あの夜の白滝深雪のように……。
陸奥柚香のように。
抱きあい傷を舐めあった二人のように!
俺はまだまだまだまだ戦ってやる!
「あと数発……いや、おそらく、あと一撃だ」
林からブルーが足を引きずり現れる。眼鏡が割れてやがる。
「右腕が粉砕骨折だ。だが左手がある」
俺の右手を強く引っ張る。
シルクイエローがピンクを地面にやさしく横たえる。俺を立たせ、俺の左手をいたわるように握る。
それぞれの手を握りかえす。
なぜに雑魚どもにこんな目にあわせられる。サイキックは納得いかない面だ。ふいに両手をあげる。
「降参だ。命まではゆるしておくれ」
「「「スパイラルレインボー!」」」
その姿勢のままで赤青黄の螺旋を受けて、サイキックは後ろに倒れる。巨体が消えていく。
***
「タイムリミットは近い。急いでモスプレイに乗る」
ブルーが左手で俺を支えて歩く。
イエローはピンクを抱いて急ぐ。
モスプレイは20メートルほどの高さまで降りていた。その下で傭兵たちが銃を空へ向けて右往左往している。
あざ笑うように、巨大なトンボが飛ぶ。地面へと攻撃を仕掛けてこないのに、誰も梯子を登ろうとしない。おそらく無抵抗の状態で襲われるのだろう。親衛隊が来るまでの時間稼ぎみたいに言っていたよな。
「なんで着陸しない?」
「そういう仕様だ。司令官の特性のためだろう。ちなみに私はもはや飛べない」
飛べるのは俺だけ……。トンボと戦える蛾はスカシバレッドだけ。
「だったら私が援護します!」
スカシバレッドは命乞いなどしない。魂が消える直前まで正義のために戦い続ける。だからブルーの手を振り払い、よろよろと浮かびあがる。その手には、なおもスピネルソードが現れる。
「限られた者しか持てぬエナジーソードか。だが光が消えそうじゃないか」
トンボが俺を餌のように見る。
「惨めたらしく浮かぶざまは、本当に蛾だな。佐井木のババアを殺してくれたお礼だ。黒岩様と会わずに済ませてやる」
シルバーヤンマーの口が裂ける。涎を垂らしながら銀山の顔がさらに醜く変化する。
圧倒的な速さ。前脚を避けるが、後ろ脚に肩を切り裂かれる。
もはや痛みを感じない。意識だか気だかが遠ざかるのをこらえる。勝てるはずない。俺の仕事はこいつを惹きつけるだけ。
「早く乗って! 私があなたたちのお尻を守る!」
怖じ気つく傭兵たちを奮い立たせる――。トンボに背中から捕らえられた。
右の太ももを噛まれる。食いちぎられた。
「おいしいぞ。人のエナジーはうまいよな。本物の人の次にうまい」
「喰らえ! 喰らえ!」
おぞましい化け物に籠手から矢を連射する。トンボは悲鳴をあげて去っていく。
スカシバレッドは落下しかけて宙に踏んばる。ピンクを抱えた男を先頭に、傭兵たちが梯子を登り始める。
シルバーヤンマーがみんなへと飛ぶ。スカシバレッドはソードを振るう。赤い斬撃が羽根を一つ落とす。
片側の複眼に矢を刺したままの銀山が俺へと向きを戻す。口を開けて、直線に飛んでくる。
俺の役目はこいつを惹きつけるだけ。みんなのためにまた死んでもいい。
ふざけんな!
……スカシバレッドに叱咤された。
彼女がトンボの餌になるはずない。彼女がもう二度と負けるはずない!
スカシバレッドは迫りくる牙を跳ねて避ける。華麗に舞うとはいけなくても、左足を裂かれながらだろうと、歯を食いしばりソードを下ろす。脳天へと深々突き刺す。
巨大トンボはおのれの速さのままに、棒のような体を縦に裂かれていく。ふたつに割れるように落下し、地面にたどりつくことなく消える。
見届けて俺も落下する。
シルクイエローが拾ってくれた。
***
「絶対に落としません。浮上してください!」
イエローが叫ぶ。
ハーネスをつけられずに空へと浮かんでいく。もうイエローの柔らかい体にしがみつくこともできない。身を任せるだけ。
機内に入ると同時にグルカ兵が俺に毛布を掛ける。
「全員収納。ハッチを閉めろ。全速で上昇! 高度20000は越えろ。そこまで行けば
ブルーが右腕を垂らしながら機内を仕切っている。俺はかすむ目で見わたす。男どもは七人いる。いないのは勇気ある男一人だけ。
「相生!」
オウムが飛んできて、顔の横に着地する。
「ずっと画面で見てたよ! 最高すぎる! 格好よかった! でも無茶しすぎだよ! 音声切りっぱなんて無謀すぎ! ライフがあと3だよ! コンディションなんか何度も0だよ! なのになんでそこから復活するの! 聞いたことないよ! ……でもありがとう。私はまだ鳥だから泣けないけど、心で滅茶苦茶号泣しているんだから! 相生にフェロモンなんていらない! 格好良すぎる! みんなゆるす! 茜音のままだったら抱きついていた!」
「あ、茜音っち、つついちゃだめだよ」
司令官がアメシロを抱える。俺の手を毛布からだして握る。
「わ、私、今度のレッドは嶺真ちゃんよりダメかななんて思っていた。でも、ずっとずっとすごかった。ごめんなさい。今夜はゆっくり休んで、そしたらみんなで祝勝会しよう。きっと隼斗君も出席できる。だって山梨出向の中央幹部を倒したなんて……」
いいから、いつもみたいにすぐに押せ。声にだせない。
涙でグチャグチャの与那国司令官が立ちあがる。シートに座った男たちを見わたす。
「諸君たちの活躍は見事だった。だが、今回最大の功労者はスカシバレッドだ。サイとトンボを倒したポイントまで十二人でせこく分けあわずに、今日だけはモスガールジャーに譲ってほしい」
「当たり前だ。その赤いアマゾネスがいなかったら、誰一人帰って安酒を飲めなかった」
勇気ある男の片割れが立ちあがる。
「それより観光旅行の運賃を払わないとな。ゲームクリアのポイントだって糞くらえだ。俺らの取り分は0でいい。その代わり、死んじまったオリーと、このあいだ死んでまだ立ち直れないロシア人と若造に、高い酒をおごってやってくれ」
男たちが口笛と喝采で応える。とてつもない大馬鹿野郎どもだ。
傭兵たちに深々と頭をおろしながら、司令官が端末のボタンを押す。
ようやく終わった……。
「オオスカシバは昼間に飛ぶ蛾だ。明日には元気になれる」
男がこめかみに当てた手のひらを俺に向ける。
俺はただ柚香と抱きあって眠りたい。