14 赤い用心棒
文字数 3,573文字
蘭さんが車内を漁る。目ぼしいものはなかった。敵もさるものって奴だ。
自分だけ生身に戻った蘭さんの運転で、レインボーブリッジを越えて芝公園で首都高をまた降りる。一般道をしばらく行く。ワンボックスカーは当然外から車内が見えない仕様。俺はアイマスクをさせた諭湖を隣で見張る。
指示されたビジネスビルに到着すると、生け垣から落窪さんがぬっと現れた。無言で地下へと誘導される。
「……奴はウラミルフだよな?」
バックミラーに映る蘭さんの顔がゆがんだ。
***
「お久しぶりですね、紫苑太夫さん。いまの姿は
社用車が数台止まるだけの駐車場で、落窪さんが落ちくぼんだ目で笑う。
「話しかけるな。貴様の
蘭さんが車から降りる。
「……小柄な娘でも、生身のままだと大荷物ですな」
落窪さんの手に黒いマントが現れる。その姿が灰色の毛に覆われて……黒パンツをはいただけの狼男じゃないか!
紫色の光が駐車場を照らした。花魁まで現れた。
「ぐひひ、仰せのとおりに、私は穴熊パックを抱えるために変身したのですけどね」
落窪さん――ウラミルフが後部座席を開ける。スカシバレッドと目が合う。
「レ、レ、レッド……。なぜにその姿で」
落窪さんが体に力を込める。その体が巨大化して、二本足で立つ灰色狼と化す。
後部座席と助手席のシートを貫いて、俺の手にスピネルソードが現れる。
まばゆい光。お蘭さんが紫色のシンプルな呉服姿になる。その手には和傘と扇子。花魁より動きやすそうだが、肌の露出はほぼない。
「……ぐひひ。お二人とも何を興奮なされているのですか」
一番最初に最強形態になったウラミルフが、毛並みの中の落ちくぼんだ目で笑う。諭湖を引きずりだしながら、いつでもソードをクロスできる体勢の俺を見る。
「そんなもの効きませんよ、ぐひひ。この姿は、この車を処分するためですよ。あなた様もお降りください。ぐひひひ……」
ウラミルフが無人のワンボックスカーを切り裂き噛み砕いていく。十秒ほどでスクラップと化す。
「残骸が残っている。それも食って処分しろ。……腹を壊されたら恨まれる。私がする」
スーパー魔法少女と呼ぶのはさすがにキツすぎる紫苑太夫が扇を振るう。鉄くずが粉となり駐車場口へと消えていく。
ウラミルフが獣人の姿に戻る。諭湖を小脇に抱えてエスカレーターに向かう。紫苑太夫は部屋着の深川蘭に戻る。
「あれがスーパー魔法少女“大奥”ですか?」
「……喧嘩を売っているのか? “
司令官にガセ情報を掴まされていた。俺と蘭さんもエスカレーターに乗る。緊張した密室の四人だけど、俺の手からスピネルソードは消えた。獣臭い。
***
「さきに言っておきますけどね、全室禁煙です」
ソファにふんぞり返った藍菜が蘭さんをにらむ。その後ろに人の姿に戻った落窪さんが
「この姿では一週間前にやめた」
蘭さんが向かいのソファにどかっと座る。足を組む。
押部諭湖は床に転がされている。俺は蘭さんの隣に座ろうとするけど。
「お前はこっちに来い」と司令官に命じられる。「座るな。落窪さんの隣にいろ」
俺もスカシバレッドの姿のままで藍菜の背後から蘭さんを見おろす。「手は真横に」と落窪さんに小声で言われる。
「深川さん、お悩みのようですね。いくつになっても知恵はつかないものですか」
ジャージ姿の藍菜が足の間に両手を垂らし、前屈みで蘭さんをねぶるように見る。緊迫すると俺の五感は野獣と化すから、頭しか見えなくても分かる。
司令官は転がる諭湖を一瞥する。
「こいつの処遇を本部に任せたくない。また腐れ巫女、失礼白滝深雪と一緒に自分たちの手で拷問したいのですか? 私たちは関係ない。どうぞお好きにしてください」
蘭さんの
「勘違いするな。後ろでぼーっと立つ赤い奴に、『僕たちは敵を責めるなんてできません。司令官に相談させてください。あの人は専門学校を中退して、借金してVチューバーになろうとしてコケて、途方に暮れていたところをたまたま正義の味方に選ばれた素晴らしい人ですから』と泣いてお願いされた」
そうだったのか。藍菜から歯ぎしりが聞こえた。
「……そうそう。スカシバレッドは、司令官である私にこんなことを言いましたよ。『僕は殺されたことを一日たりとて忘れません。あのレベルアップ頭打ち女を追いこす日も近いでしょう。そしたらやり返したい! もちろん司令官の了承があればですけどね』」
俺はそんなことを思ったけど口にしていない。彼女は続ける。
「落窪さんは実戦からずいぶん離れていますよね。どうでしょう? スカシバレッドと一緒に深川さんに稽古をつけてもらうのは。死なない程度に本気の模擬戦を」
落窪さんが俺の隣でぐひひと笑う。諭湖はすやすや寝ている。
深川蘭の手に端末が現れる。藍菜がびくりとする。落窪さんの手にマントが現れる。
「落ち着け。柚香の具合を確認するだけだ。
……朝早くに済まぬな。どうだ?
……そうか、無理するな。それはそうと、博士が抗ウイルス点眼薬を開発した。元気になったら、それを試すため相生と一日ほど過ごしてもらいたい。
……まだ決まった話でないから声を荒げるな。ただし、その際は私からの命令だ。相生の望む健全な場所に付き合え。付き従え。言われるままにしろ。分かったな」
蘭さんが俺へとにやりと笑う。いい人じゃないか。二人がかりの模擬戦になっても手加減しよう。状況によっては彼女と組んでウラミルフを倒してもいい。
スカシバレッドは強いうなずきを返す。蘭さんは柚香へと話を続ける。
「夢月を夏目と任務以外で会わせないとの念書を本部に提出したよな。しかし、彼女が
いいか、
……これだけ言っておけば、彼女は現れないだろう。来たとしても、私の責任ではない」
勝ち誇った笑みの蘭さんがソファに寄りかかる。その背後に竹生夢月が現れる。薄紅色のTシャツと紺色のジョギングパンツ。肩にかけたタオルで顔の汗をぬぐう。ラフに結んだ髪をほどく。
紅潮したノーメイクの顔……。やっぱりこの子は桁違いにかわいい。
夢月は呼吸をととのえながら、まず藍菜をにらむ。ついで落窪さんをにらむ。スカシバレッドさえも強くにらむ。
「早朝から発散していたのか? むしゃくしゃしたことがあったのか? ならばたっぷり解消できるぞ。モスの方々が我々と模擬戦をしたいらしい。死なない程度にな。
あっ、でもあっちのレッドは、柚香と会いたいならばやりたくないかもな。なのでモスプレイにも参加してもらおう」
正義の味方でも邪悪な笑みを浮かべるのか。その背後で、夢月がぴくりとする。また俺をにらむ。
「ぐひ、コーヒーを入れてきます」
逃げようとする落窪さんに、夢月が握りこぶしを向ける。落窪さんが両手を上げて立ち止まる。
「ゆ、夢月ちゃん。私は例の件を逆恨みしてないよ。落窪さん。鳩時計があったよね! きっと夢月ちゃんに似合う……。と、智太君。私はいつも、夢月ちゃんみたいなかわいい子を妹にしたいと言っているよね!」
藍菜が振り向くけど、くそ扱いしていることしか知らない。
スカシバレッドの顔を見て、「何も言うな。――夢月ちゃん、ちょっと待ってね」とポケットから端末をだす。
「朝早くからごめんね。外にでられる姿? ……服を着てるならOKだね。すぐに呼ぶよ」
藍菜が端末のボタンを押す。その隣のソファに茜音が現れる。
「アメシロちゃんだ! パジャマ姿もかわいい!」
夢月が目を細めて両手のひらを胸の前で横に振る。
「茜音っち。夢月ちゃんと芝公園を散歩なんてどう? その格好だとあれだから、アメシロちゃんに変身しようか?」
茜音はむっとした顔をするが、司令官の必死な態度と室内の空気を感じとる。
「夢月ちゃん、私を肩に乗せてよ。すごい懐いているって注目されるよ。物真似もしちゃおうかな。ここは大丈夫よ。ブルーとピンクも招集するから」
「うん!」
イエローは精神療養中だろうけど、残りの二人が来るのか。ならば一緒に戦わないとならない。というか、
「我々は正義の同志だ。おふざけは程々にしよう。コーヒーは遠慮する」
俺の顔を見た蘭さんの手に煙草が現れる。くわえかけて消える。
司令官が背後へとサムズアップする。押部諭湖はまだ眠っている。