32 もう一つの最終形態
文字数 3,042文字
フリフリの淡いピンクに包まれたハウンドピンクが安堵している。膝下までのひろがったスカート。胸もとにおおきなリボン。長いツインテールは黒髪。露出は皆無。
春木千由奈の正義の味方バージョンは、中二でもイタいほどに甘ロリではないか。ある意味モスガールジャーより街を歩くのに勇気がいるぞ……。白いベレー帽はヘルメットの名残り? ……仕方ないよな。
一方のスカシバレッドの頭にティアラはない。夢月と一緒に変身すると、引き立て役のごとくシンプルな正義の美女になる。
「逃げるな、月の引力! 朔!」
十二単のかぐや姫が手を前に突きだす。
ハデスブラックが地面から引きずりだされる。リーガルエボニーが捕らえられる。
「ようやく、ようやく捕まえた。……誰か死んだ? 深雪は大丈夫よね?」
「仮面ネーチャーの二人がやられた。深雪はモスプレイにいる」
落窪さんもだけど言わない。不快なコメントを返されそうだから。
「おまわりが…………。二人に見せてあげる。封印されているもう一つのスーパー魔法少女の姿を」
紅月の体がまぶしいほどの紅い光に包まれる。
「これが、『身分を隠すため町娘に変装したお姫様。お祭りだって初体験。女剣士に憧れ中。でもその実体は?』の、その実体の、宇宙くノ一
長い赤髪を斜め後ろにまとめている。妖精の瞳がアイラインで大人びる。凛とした端正な顔立ちは艶やかでもある。柿色の忍び装束。もちろん腕は脇までむき出し。太ももはすべて露出。胸もとはお祭り娘ほどに隙がある。こんな忍者に色仕掛けされたら、どんな男も落ちる。
その手にルビーソードが現れる。
「この姿だと月明かりもソードも使える。しかも同時に、強烈に、情け容赦なく。つまり精霊である水着モードを越える。でもライフが回復しなくなる。だから蘭から止められていたけど、おまわりのかたきだ。雑魚相手に使ってやる!」
親衛隊隊長を雑魚呼ばわりしたが。
「……演説しているあいだに、黒岩は逃げたぞ。ただし姿は縮んでいた」
ハウンドピンクであるふりふりスカートの中学生が告げる。
宇宙くノ一が溢れんばかりの視力で闇の向こうを見る。
「ミカヅキ!」を呼ぶなり、宇宙ロケット並みの速度で消える。ハデスブラックを追い越しそうだ。
「追いかけよう」俺は言うけど。
「真壁はどこだ?」ハウンドに尋ねられる。
「奴は紅月が解除しないと新月の闇からでられない」
大きかろうが離れていようが何でも収納できる究極魔法。閉じこめられたことがあるから知っている。初夜の一言が必要だ。
「ならば連れていけ。終わりを見届けるためでなく、私たちが幕を引くために」
「あなたのセリフなにげに素敵ね」
スカシバレッドは原形をとどめないスカシバイクを起こす。ハウンドがふりふりスカートを大股開き――おお、かぼちゃパンツではないか。スカシバレッドもシートをまたぐ。ハンドルを握り力を込める。
何も起きない。本日は終了したようだ。
スカシバレッドはハウンドピンクを抱いて空に上がる。西に傾いた満月。紅月たちが向かったのは――、小田原上空で紅色の光が飛び交っていた。そこを目指す。
「春風の治癒」
ハウンドが俺へと枝を振る。
「最初から戦っているのだから、お互いぼろぼろだよね……。黒岩はすでに人ではない。あいつは一度でも死ねば、その精神は闇に閉ざされる」
当然の仕打ちだけど、俺も同じになりかけた。しがみついているこの子の、人の声が聞こえなかったら……。
「小田原市を人質にするつもりだな。街に逃げるのは月と戦う際の基本だ」
敵だったハウンドピンクが言う。
「そしたらルビーソードで切り裂かれるだけよ」
宇宙くノ一からは誰も逃げられない。
***
小田原城は、なおもよどんだ闇に閉ざされていた。絶望に包まれていた。でも弱まっている。希望が勝りだしている。
「アルティメットクロス!」で闇を切り裂く。さすがに弾きかえされる。
「しっかりしがみついていて」
ハウンドに言い。
「ファイナルアルティメットクロス!」
絶望の結界へ赤いXを叩きつけて突入する。
クサガメやヤマカガシみたいな爬虫類が漂っている。しぼんだハデスブラックは小田原城天守閣に追いつめられていた。その白壁が紅色に照らされている。
麗しいくノ一は、紅色の巨大な光の玉を頭上に掲げていた。
「スカシバーニングクラッシュ!」
結界をやすやすと突き抜けて眷属を溶かすスカシバレッドを見て――ではなく桜の枝を握るハウンドピンクを見て、しぼんだハデスブラックはあきらめに似た顔をする。
「そんなものを当てると、この城も巻き添えになるぞ」
ハデスブラックが、紅色の宇宙くノ一に言う。
「でも、この明かりは人を巻き込まないんだよ。精神エナジーと歴史的建造物だけを破壊する」
だとしてもよろしくない。スカシバレッドは紅月の隣に浮かぶ。ハウンドは必死に抱きついている。
「みんなのかたきだから、私に任せて。この子を預かって」
理屈はないけどスピネルソードで終わらせよう。桜の花びらが無数に舞う。
紅月が掲げる光の玉は小田原中の活気をかき集めたかのように、どんどんと膨らんでいく。
「やだ。私がやる。
巨大な悪魔へと、小田原城へと、巨大なエナジー弾が投じられる。
「ぐわああ……」
布理冥尊最強だった暗黒の化け物が紅色の光に包まれる。天守閣ごと消滅する。修繕は動的亀甲隊でもさすがに無理そう――。今から俺がすべきこと。
「隊長は闇に閉ざされた。そんな場所まで追ったら、私たちも帰ってこれない」
千由奈の手から枝が消える。
「もう一人も終わらせる。本部になど引き渡さない」
エリーナブルーの復讐が終わったならば、スカシバレッドは相生智太より強かったこの子に従うに決まっている。
***
中井町の山中まで戻る。
「初夜! あれ? いないみたい。精霊だとよく逃げられるから使うなと、蘭に言われていたんだよ。残念だったね」
かぐや姫に戻った紅月が無責任を言う。……原形をとどめないほどのスカシバイクが転がっている。
「あとは私とハウンドで探す。そのバイクをモスプレイに運んでほしい。相生智太からのお願いだ」
「うん。朔! じゃあね」
かぐや姫はバイクを亜空間に保管して、上空に飛んでいく。ミカヅキがコノハとすれ違う。
「さっきは取り乱してご免なさい」
ちびっ子ピンクが頭を下げる。
「支給品を届けに来た。リーガルエボニーは上空から捕捉している。追いつめられると思う。……僕は戻る。まだ戦いの迷惑になるだけだから」
モスウォッチを手渡された。俺はハウンドピンクに渡す。
「スパ君は律をすべて回避した。スカシバは一度しか避けられなかった。……根もとがどっしりしているから多少受けても平気だったのかな。だ、だから、ありがとう」
ハウンドが頭を小さく下げる。何度も相生智太に戻されたスカシバレッドはちびっ子へと親指を立てる。コノハが去っていく。
『強烈な精神エナジーは海岸方面に向かっている』
アメシロが伝える。
「了解。追跡を開始する」
甘ロリのハウンドピンクが返事する。春木千由奈の姿に戻り、あらためて精霊であるハウンドピンクと化す。モスウォッチを腕に装着する。行こうと、スカシバレッドへと抱きつく。
二人は宙に浮かぶ。見慣れ始めた相模湾の夜景。満月は西。
「今夜倒れた方々の無念をすべてぶつけましょう」
スカシバレッドはギアを上げる。