20 果し合いまで七時間 モスプレイ機内
文字数 2,779文字
夢月が頭を下げる。スカよりってことだろう。
「でもでも、セ、セックスするならやっぱり智太君です」
思いきり頬を赤らめているが、江戸川区の歩道で立ちどまって言うべきではない。
「柚香を今夜戦わせないと言ったよね。同意したよね」
「やっぱり一緒に戦うよ。私の果し合いだから私が決める」
「今からみんなで決める。藍菜が気にいらないことを言っても耐えて。夢月のために集まってくれるのだから」
「うん」
柚香は夢月の一言ですべてを察した。戦いに気づいた。もはや彼女が前線にでることを拒めない。
ならば俺か夢月は、柚香を守ることに専念する。柚香はどちらかの攻撃力を高めていく。マンティスグリーンと戦ったときの作戦は敵が一体ならば通用する。……あの時はリベンジグレイと三人がかりだったか。敵が複数いるならば、こちらはさらに大勢いないとならない。
俺たちはスカシバイクに二人乗りして、適当に選んだビジネスビルの地下駐車場に入る。藍菜から送られたコードをネーチャーの端末に打ちこむ。アクセルをふかしてモスプレイへと転送される。急きょ決まったブリーフィングのために――
落窪さんを轢きかけてしまった。
柚香はすでにいた。
「茜音っちは昨日の今日で疲れているから呼ばない。夢月ちゃんはいつも元気いっぱいでうらやましいね」
藍菜は夢月におべっかだらけだ。茜音は精神的疲労かな。俺なんか京都経由してバイクで帰ったのに元気だ。
「なので、私が仕切らせていただきます、ぐひひ」
スカシバイクに轢かれかけた落窪さんが、落ちくぼんだ目で笑う。
「不確定ですが、関東のレベル100以上が参加することにはなります。スーパームーン、仮面ネーチャーの三人、モスからは白滝深雪と私です。レインホワイトは出しません。ぐひひ……」
今夜は二人とも非番でないはずだが、Aランクのスクランブルだ。
「トリオスは?」俺が聞く。
「本部の会議で決まる」
藍菜が答える。
「全国のレベル100越えは、十四人に落窪さんと茜音っちがもいた。今は関東に七人。関西に四人。東北に一人だけ。その代わり、陸奥の先輩と仮面ネーチャーを除けば、いずれも170以上だ」
生き延びた化け物たち。180越えはさらに千由奈もいる。100越えならばいちおう岩飛も。
「先輩は呼ばないでほしい。関東より北は、あの人がいないと守りきれない」
柚香が言う。高校時代にチームを組んでいた人のことだろうけど、男なのか女なのか……。
俺はそんなことさえ彼女に尋ねていなかった。柚香とは目が合わない。いつだか喧嘩して、わざと無視されたときと違う。俺抜きで、みんなとの話に集中している。俺は空気に慣れているけど、柚香は俺の話を聞いてくれていた。
「相生さんは話を聞いていますかね、ぐひひ」
落窪さんが呆れているけど、聞いていない。俺は柚香の話も聞き流していた。聞くのも面倒くさかった。でも、柚香は俺の目を見ながら聞いてくれた……。
「作戦はシンプルに行くべきです」
話の流れなどおかまいなく、俺はみんなへ告げる。
「仮面ネーチャーラピスもリベンジグレイも戦闘時間に制限があります。主戦は紅月とスカシバレッドになります」
「私はスーパーム――」
「でも深雪がいる。俺と柚香が組む。俺が柚香を守り、柚香が俺の力を高める。俺は切り札になります」
今日初めて、柚香が俺を見た。
「私が高めるのはスーパームーンだよ。私を守るのも彼女。……智太君を否定するわけじゃないけど、エースをさらに強めるのが王道」
小猫の瞳に戸惑いが浮かんだ。彼女も俺との間にぎくしゃくを感じている。
「戦場では臨機応変にね。……と、智太君。ハウンドの参戦は無理かな」
追跡を筆頭に多彩な特殊能力。存在だけで敵を威圧する女の子。
「俺も誘ったけど断れた。司令官からの命令ならば承諾するかも」
「築いたばかりの信頼関係が一撃で消え去る可能性もあるし。……やはり今日が落窪さんの出番かな。リベンジグレイにはクーデターの際に暗躍してもらうつもりだったけど」
「「はい?」」
俺と柚香の声が重なった。
「智太君の了承は得ているけど、遠くない将来モスガールジャーは本部に三下り半を叩きつける。その戦いに花鳥風樹も参加させる予定」
「なにそれ?」
柚香が青ざめた顔を俺に向ける。
たしかに約束はしたけど、モスの現エースは思いきり初耳じゃないか。しかも桧を巻き込むだと? だとしても今ここで騒ぐ話ではない。
「連中の言いなりばかりは良くない。でも、まずは今夜を越してから」
俺は柚香へと弁明みたいに言う。でもでも、今夜の次は清見さんを救う。その後だ。
「……落窪さんはどうお思いなのですか?」
柚香はリベンジグレイの中の人に尋ねる。そりゃ俺や蒼菜の意見だけでは不安だろうな。俺でもそうする。
「私はこの方についていくだけですよ。ぐひひ」
「私は参加しないよ。智太君も柚香もやめるべきだよ」
頷くだけだった夢月が静かに声を発した。
「本部は強いよ。私たちよりずっと」
ハデスブラックにも臆さないかぐや姫が
***
メンバーはいったん解散する。
「じゃあね」
夢月は自分のバイクを探すらしい。
「じゃあね……」
柚香はもう一度清見さんの見舞いに行くそうだ。俺も一緒に行きたいのに。
「無理強いはしないので心配しないでください、ぐひひ」
今夜のために落窪さんが我が家に来ることになった。彼女たちに一度会わせておきたかったからいいけど、柚香とすれ違う一方。
「彼女たちと面識はありましたか?」
「夜桜の存在は知っていましたよ、ぐひひ」
「我が家ではリベンジグレイになるのですよね」
「いいえ。年をとると薄着が堪えますし、そもそも本日の行動可能時間は十分弱ですし。ぐひひひひひ」
悪を捨てた大人の正義の女を見せたかった。転送ポイントは履歴から登録できたので、我が家の庭をセットしておいた。これで道にいきなり現れることはなくなった。テントをこまめに畳まないとならないけど。
「櫛引博士が言っていたことを、一度話し合うべきだと思う」
別れるまえに柚香へと言う。
端末を操作していた彼女が振り返る。言葉を継ぎ足せ。
「しばらく会ってないから、そろそろ会うべきだと思う」
理由になってないような気もするけど、柚香は俺を真摯に見上げてくる。緊張してしまう。
「……そうだね。早いほうがいいかも。夕方にしようか。私の部屋で」
「わ、分かった。また連絡する」
よっしゃ! でも二人が交わす内容はおもいきりシリアスだろう。
「では行きます」
落窪さんを後部座席に乗せて、アクセルをふかす。モスプレイから自宅へと一気に転送する。
庭で千由奈の布団を叩いていた岩飛を轢きかけた。