06 禁断の二人じゃございません
文字数 2,171文字
見知らぬ七三分けの五十代に微笑みかけられる。諭湖は女子トイレに入り中年親父に変化して戻ってきた。
スカシバレッドになった翌日に茜音と並んで歩いた道を、布理冥尊である親父と歩く。
「桧には絶対に手をだすな。周りでそんな話を聞いたら阻止しろ」
それだけは強く言う。眼差しで脅す。
「怖いですね。まさに戦場のコールドレッド……。あなたの大事な妹のために、仲間さえも惑わしましょう。
従妹である美女と義妹として同居。ああ、ラブコメどもが連日投稿するベタ展開が現実であり得るとは。でも奴らは二人をくっつけてハッピーエンドに終わらせます。
……あなたの司令官の小説は素晴らしかった。私は私の手で人生の楽しみのひとつを潰してしまいました」
藍菜はR18がOKの投稿サイトにて別名義で復活したらしい。露骨な表現を相手に埋もれているそうだ。そんなことよりも。
「どんなシチュエーションだろうと、妹ネタは楽しくない」
「私たちが強く惹かれあっているからでしょう。従妹であり義理の兄妹ならば法律的に結婚が許されているので、なおさら不快を感じるのかもしれません」
「……そうなの?」
立ちどまってしまう。
「私は創作活動にリアリティを加えるために、その辺りには詳しいです。
先ほども言いましたが、私があなたに体を許すのは婚約してからになります。つまり一年以上も先です。あなたは今が盛りなので、それまではある程度の遊びに目をつぶります。
たとえば髪を黒く戻した雪。おお、たとえばですけどな」
……生身の柚香を知っていやがる。
「俺を監視しているのか?」
「本業が忙しくてとてもとても。この辺りで別れましょう」
なのに名残惜しそうに、諭湖である中年男性が見つめてくる。今の俺は平均的性フェロモンだし、しかも諭湖は精霊状態だ。本来ならば醒めてもおかしくないのに……。この子は思い込みが激しすぎるかも。
そうだとしても道行く人が男二人を眺めている。女子中学生のままならまだしも、こんな姿に『ああ』だの『おお』だの言われだしたら、知り合いに勘違いされる……思いだした。
「俺は司令部から監視されている」
道端で悠長にするべきではない。
「諭湖こそ危険じゃないのか? レイヴンレッドが疑っていた」
「存じています。でも私は惑わしの妖精です。目撃されたとしても、あなたを誘惑するためと逃げきる自信がございます。臆病カラスが虎にならぬ限りは」
男の姿で意地悪に笑う。
「本日は導きのようにあなたと会うとは思わず、憧れから、あなたの精霊である麗しい女性の姿に変化しました。……妹さんはコールドレッドに似ていましたね。それではまた」
中年男性が周囲をちらりと見たあとに、ほほ笑みながら体に力を込める。霞んで消える。穴熊パックの最終形態は透明だと知る。スカシバレッドが桧に似ていたことも知る……。そりゃ兄弟だし、従妹だし。
***
夜になってしまった。狭い庭のテントの中で考える。
この二十年間、悩みと無関係に生きてきた。正義の味方になってもだ。なのに、いきなり脳みそが苦悩で朝の東上線状態だ。クロ子が遊びに来るまえに、頭を整理しておかないと。
・春日はむかつく。
・俺と夢月は原理主義。レベルが上がるとヤバい?
・俺は仮面ネーチャー、柚香はモスガールジャーで確定。
・柚香と連絡が取れない。かなり怒っている。
・桧を無視して会話に没頭。かなり怒っている。
・柚香も穴熊パックにばれていた。強烈な人質。桧にしても。
・桧と結婚できる? さすがにその気はないけど。
・桧に精神エナジー。正義の心………………!
レジスタンス=テロリスト。布理冥尊から見れば、俺たちは悪だ。つまり諭湖が言う正義は俺たちから見て悪。つまりつまり桧が悪だと?
それは無いから心配しない。でも精神エナジーが見えるのは問題だ。存在が知れたら、芹澤のようにつけ狙われるかも。だったら、いっそのことレジスタンスに勧誘したりして。俺と二人で美少女姉妹戦士なんたらかんたらとか……。検討の余地はあるかも。
余地はあっても桧のコスプレを見たくても、現実的でない。妹を戦いに巻き込めるはずがない。俺が原理主義なんて説と同じくらいリアルに感じられない……。
俺はおぞましい化け物を喰いたくなるのか? 桧を喰いたくなるのか? 夢月も同様なのか?
そうなってから悩もう。とりあえず眼下の悩みは、柚香と桧が非常に怒っていること……それこそどうでもよくね?
諭湖に監視されているのも今さらどうにもならない。藍菜や本部に監視されているのと同じだ。つまり俺は仏様の手のひらだ。ただし誰にしろ、俺への仕打ちで大事な人に手をだしたら、それこそ食い殺しやる――。
テントの中に白い渦が現れた。
まだモスガールジャーとして召集されるのか。時空を越える力に耐えながら、LEDランプを消す。夕飯の残りを急いで頬張る。
召集を拒絶できるほどに力がついてきた。もちろん従うけど、これなら靴も脱げる。つまりベッドで寝ても問題ないけど、テント生活もなんだか楽しい。
すべての戦いが終わったら、みんなでキャンプをしたいな。モスのみんな、雪月花のみんな、仮面ネーチャー……。関東管轄全員でキャンプ場を貸切るとか。
焚き火の向こうの柚香の笑み、夢月の笑顔を夢想しながら、体の力を抜く。転送される。