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文字数 3,445文字
沖縄米軍キャンプでの戦いはサンゴ礁を傷つけることなく終焉したそうだ。龍が身を挺したおかげでモスプレイは辛うじて生き延びた。夢月と柚香も、レインホワイトが身を挺したおかげで生き延びた。茜音は死んだがコンディションが良すぎてすぐに復活したらしい。
米軍キャンプが吹っ飛ぶほどの最後の最後の最後の切り札である自爆装置を持つ与那国司令官と、兄を永遠の闇に送ったことで狂乱するローリエブルー。
「ならば私を倒しなさい」
シルクイエローが二人の頬を
「陸さんがさあ、やっぱり一番強いね」
焼石が言ったそうだ。
「私とさあ正反対だ。相生智太を連れ戻すために語りあえ」
焼石が大の字に倒れる。それで戦いは終わった。俺もちょっとは役に立ったのだろう。
***
「よく帰ってきた」
蘭さんがわざわざ俺のもとに来てくれた。寝ている俺を泣きながら抱きしめてくれた。お腹が当たった。その後ろで吉原さんが、ただの人に戻った俺を複雑な顔で眺めていた。
*
入院は永遠の闇より暇だ。でも体力が回復するまで動けない。出席しなくても卒業できる学校の学部でよかった。それまでいるか分からないけど。
「ニューヨークのお祖母ちゃんがコネとお金を使ってくれたから、智太君の大学に推薦裏口入学できたんだよ。驚かそうと思って黙っていたんだよ」
夢月がにこにこ教えてくれた。
「しかも飛び級で、四月から智太君と同じクラスに入れます。二年で一緒に卒業だね」
「大学行かなくていいよ。夢月が高校卒業したら結婚しよう。だから俺は働く」
ベッドに横たわったまま告げる。
「えっ、いきなりです……。でも、そしたら毎日セックスできるね」
プロポーズを受け入れてくれた。
彼女は雛のままで戦いを終えた。深夜の井の頭公園でスク水経由で力を込めたが、やはり紅いヒヨコだったらしい。
魔女が力を失ったのに、夢月の手にマントは残っている。千由奈の手にも。焼石の手にもらしい。色付きマントは魔女の手を離れるみたいだ。
生身の夢月は魔法を使えなくなった。陸さんの女性ホルモンも消えた。俺の性フェロモンも正常に戻った。すべてが誰もが夢……藍菜には多額の資産が残ったままだ。リアルな報酬をもらった奴が勝ちみたい。というわけでもない。たとえば隼斗。あいつは自力で強い体と心を育んでいた。健康を失おうが健康のまま。なのに泣いてばかり。
*
「マント? お兄ちゃんが帰ってきたら消えたよ。当然でしょ!」
桧にかわいい顔で怒られた。
「夢月さんがご飯用意するわけないよね? お兄ちゃんならバランスよく作るから心配ないけど」
俺は退院したら竹生堂の裏で夢月と住まうことになっている。石神井公園の裏の裏では、桧と千由奈が同居している。湖佳は沖縄に残っている。魔女だった人の看病を続けている。
*
「私はマントを破らない。自分のためにじゃない」
正義の女である千由奈に言われる。
「中学生活はつまらないな。隼斗君も我慢しているのだから、私も通っているが」
千由奈は義務教育しだした。実家には連絡してない。兄はまだ入院していて、両親は金だけだしているらしい。でも強い戦友。援助があれば生きていける。いずれ自力で生きていくに決まっている。
湖佳はまだ沖縄で魔女の世話をしている。
*
「高校まではエスカレーターで行かせる。そこから先は自分で道を決めさせる」
藍菜が言う。彼女は名古屋市に莫大な寄付をした。残った莫大な金から千由奈たちの生活費を補っている。
「智太君はいらないよね。莫大な不動産の相続人の旦那ならばね」
藍菜はまだモスガールジャーの端末を持っている。千由奈と同じ理由でだ。人智では対抗できない災難が襲ったとき、オカマスナックのママ、高校に復学した女の子、中二のイケメン君は召集されるのだろう。キバタンだった同級生も。
茜音は病室に顔をださない。会わす顔がないそうだ。誰も気にしてないのに。彼女も藍菜ぐらい心が太ければいいのに……。時がすべて水に流す。前だけ見ていこう。
*
焼石も魔女の世話をしている。どちらとも会う機会もないだろう。トリオスとも。
だと思ったら三人が病室に来てくれた。
「元気そうたい。スカシバしゃんと会えんのが残念ばい。素敵な女性やったな」
流ちょうな標準語が使えなくなっても、穂村は何もなかったように接してくれた。飾りじゃなくて本心だと分かる。やはり規格外だ。彼女にマントはない。
「えらい目に遭わされたけどな、お互い様にしとくわ」
タガメ女だった亀田が笑う。それはこっちのセリフだ。
「陸奥さんのこともまったく恨んでないと伝えてな。連絡先教えてくれたら自分でする」
クワガタ女だった桑原が言うけど、こいつは腹に一物ある。教えるはずない。
「春に小さなパーティーを開くので、よければ参加してください。夢月はもちろん柚香とも会える」
「なかなか太らんばってん夕食は何カロリーと?」
「こほん。ほな三人で余興しますわ。俺たちは敵でない。戦友だった」
「なんでパーティー代はお安くしてください」
三人は都庁の展望台に寄ってから帰るそうだ。端末がない彼らはもう戦えない。俺と同様に。
***
一月になってしまった。
「焦るなよ。昏睡状態で運ばれたときは干物みたいだったんだ。青モス以上だった」
「退院したら『昼は蝶』でお祝いだから、がんばれよ」
「ぜひともお願いします、ぐひひひ。相生さんが元気にならないと私は旅にでられません、ぐひひひひひひ」
仮面ネーチャーの二人は非番の昼はほとんど見舞いに来てくれる。その日は二人そろって休みで、落窪さんも一緒に来てくれた。
落窪さんは陸さんの店で臨時バーテンダーをしているそうだ。ぜったいに似合っている。女の子はいなくなったけど落ち着いた店に生まれ変わっているのだろう。
*
「ママと正義の味方は続けます。陽南ちゃんにはやめてもらいました」
「いずれ貴殿の分まで戦います。……スカシバレッドの分までも」
陸さんは芹澤と来てくれた。女性ホルモンがなくなっても陸さんは強烈だった。心がほどよい強さになった芹澤はあいかわらず直立不動だった。隼斗が来なくてほっとした。あいつは俺を見ると泣いてばかりだ。
*
「俺は詫びた。親は許してくれた」
紗助君も見舞いに来てくれた。
「働き始めたけど……相生は北海道で牧場をやるらしいな。俺も使ってくれるかな」
「はい?」本人も初耳だ。
「夢月ちゃんが言ってたっすよ。サプライズだから黙っていてね。でも恥ずかしいからちょっと耳に入れといてだそうです」
岩飛に教えてもらう。彼女も埼玉に帰りコンビニでバイトしている。
「私も北海道行きたいな。ペンギンのころは寒いの平気だったし」
「夢月の夢物語と思ってください」
そう答えたけど、北海道か。夢月の曾祖母の援助で広大な草っぱら……。紗助君と岩飛に助けてもらえたら最高だ。しかし意外な二人がくっついたな。
***
「私より元気そうじゃないか。追い越されそうだ」
清見さんが仮退院した足で見舞いに来てくれた。
「競争ですね。へへへ」
柚香も一緒に二十七回目の見舞いに来てくれた。彼女は先週も上京した野原宏と一緒に来ている。あちこちから頼りにされている。よかった、よかった。
「婚約おめでとう。これからは竹生一筋だな」
清見さんに念押しみたいに言われるけど、じつは二人きりの時に、見舞いに来た柚香とキスしてしまった。しかも二回。
これからも柚香と友だち以上の関係が続くといいかななんて思う、あいかわらず腐れ外道の俺だけど、柚香こそ大好きだから仕方ない。いずれ離れざるを得ないのだから、入院中ぐらいは赦してもらおう。
「へへへ、いつも賑やかな病室だね」
夕方柚香がひとりで戻ってきた。リンゴを剥いてくれる。
「夢月に正義の味方を続けようって言われた。一緒にマントで変身しようだって。聞いている?」
それも初耳だ。夢月は婚約者への報告を怠っている。
「柚香はなんて答えたの?」
「もう卒業したいって言った。夢月だけには戦わせたくないとも言った」
柚香と目が合う。俺は腰を上げる。柚香の顔が近づいたところで、個室のドアが開いた。
「お、お、お兄ちゃんたちは、何やっているの?」
桧が真っ赤な顔で怒っていた。
「夢月さんには黙っているから、柚香さんは帰りなさい!」
後ろで千由奈が呆れている。その隣で隼斗が笑っていた。笑ってくれた。
「やはりそういう男でしたな」
湖佳も笑ってい――湖佳が帰ってきた!