03 モスプレイで知る事実
文字数 3,128文字
窓が無いから鏡代わりに使えない。この子の傷ついた体なんて見たくないけど、もう一度見つめあいたい。
イエローとブルーがシートに転がり横になる。ピンクが足を引きずりながらコクピットに向かう。男が立ちあがり、ピンクと操縦を代わる。俺たちへと歩いてくる。
「初めましてレッド君。私がモスガールジャー司令官の
ピシッとした白シャツと紺色のパンツ。薄くひげを
肩に白色の大型オウムを乗せている。展開から考えて、おそらくこの鳥は喋る。
「この子は誰ですか?」
司令官に自分の顔を指さす。
「はやく治療してやってください。傷が残ったらかわいそうです」
「まずそれを聞くのか? さすがはレッドに選ばれし男だな。案じなくていい。君がもとの人間に戻れば、君の精神エナジーが実体化した存在のダメージは消える。本物の君が引き受けるからな。――名前を教えてくれないか? 君のコードネームを決めよう」
「相生智太です」
この子は無事なのか。ひとまず安堵した。俺の精神が実体化したものなら傷を受けようがないし、そもそも俺が引き受けるのならば……ちょっと待て。
今の姿は俺の精神のエナジー? ならばこの子は存在しても存在しないのか? 俺が引き受ける? 怪我を? この子は俺でなくても俺? 意味不明だぞ。
「相生に智太か。透明感のある名前だな。よし。君のコードネームはスカシバレッドだ」
「どこが
やはりオウムが喋りだした。流ちょうすぎる。
「ていうか、聞き覚えがあるよな……マジかよ」
オウムが俺に舌打ちした。
「オオスカシバをそのままか。あいかわらずネーミングに統一性がないな。私はオオミズアオの学名。ピンクはスズメガをダイレクトに英訳で、イエローは
「それより早く解散しましょう。ポイントを送ってください。どうせ微小でしょうけど」
ブルーとイエローが傷だらけで横たわる姿が痛々しいが、服が破けてさらに露出しているからじろじろ見ないようにする。
「あと二分で高度二万五千メートルに到達。自動運転に切り替えた。僕も帰るよ。……スカシバレッドか。いまひとつパッとしないね」
ピンクが戻ってきた。この子は比較的怪我が少ない。
「言われ様だな」
与那国司令官がエロかっこよく笑う。
「では君たちは帰還したまえ。近々レッド君の歓迎会をしよう」
「僕はたぶんまだ無理」ピンクが言う。
「私は忙しい」ブルーがぞんざいに言う。
「みんなが来ないのなら私も。それよりポイントを」イエローが遠慮がちに言う。
「ハハハ、薄情なメンバーだな。アメシロ、発表したまえ」
「マジでムカつくから、その喋りをやめろ。だいたいお前こそ動けるのか?」
アメシロと呼ばれたオウムが司令官の肩でぼやく。
「ポイントはトータル11。相生、このチームは誰が活躍しようと均等に分ける。だから今回は一人2ポイント受けとって、残り3ポイントは繰り越すか……」
「ピンクに3」ブルーが反対側を向いたまま言う。
「同感です」イエローも尻をさすりながら言う。
「いつもありがとう。でもレッドがいなければ逃げてペナルティの展開だったし」
「ならばそいつに1でピンクが2。私は脇腹に穴が開いたままだ。早く戻してくれ」
ブルーがぞんざいに言う。
「この怪我だと差し引きゼロですね」
イエローがため息をつく。
「そういうことだ。――諸君、お疲れだった。また元気な姿で会おう」
司令官がスマホみたいな端末のボタンを押す。ブルーとイエローが寝ころんだまま
「レッド、これからもよろしく」
俺へと微笑んだピンクの女の子も消えていく。
「まず君の特性を調べよう」
与那国司令官が俺に端末についたアンテナを向ける。オウムも画面を覗きこむ。
「おお、“龍”だと? 素晴らしすぎる」
「すげえ。でも、もう一つの“陰”ってなんだ? 陰キャではなかったけど」
アメシロが司令官の肩から飛び、テーブルに着地する。俺を見あげる。
「こいつの説明は
生意気で馴れ馴れしいオウムだ。
「これは仮想世界ですか?」
オウムでなく司令官へと、なによりそれを質問する。最先端のVRゲームの世界に取りこまれたのならば、この展開もあり得るかも。よく知らないけど。
「半分は正しい。だが残念ながら違う」
「お前は口を開くな! 今いる成層圏も先ほど戦った東京湾のふ頭も現実世界だ。相生の精神エナジーが実体化したいまの姿も現実に存在する。一般人にも認識できる……。
しかし、相生のエナジーは同性の目でもかわいいな。アイドルグループでも滅多に見かけないグレードだ。それとタメ口でいいよ」
こいつは雌だったのか。質問したいことは港のコンテナほどある。さきほどまでいた女たちのこと、トンネラーのこと、精神エナジーのこと、ポイントとか代償とか……。たしかに体中が痛い。横になりたいのを我慢してシートに座る。
「知りたいことは、俺はなんで女の子に変身した? こんなことはこれからも起きるのか? そもそも正義の味方ってなんだ?」
「変身ではないよ。相生は選ばれたからその精神が表面にあふれ、戦士に転生した。そして、これからも呼びつけられる。私や司令官、
ブルーたちの本名か……。重大な疑問が生じてしまった。
「正義の味方の件だけど、大まじめに言うから信じてね。日本を牛耳ろうとする悪を倒すために、私たちは戦いつづけなければならない。敵は
そんなことよりも大事な質問……。やめておけと心の声が言う。それに従い、ほかのことを聞こう。
「なぜ俺たちは選ばれた?」
「奴らの邪な教義に抵抗できる善なる者が選ばれる。……選ばれた時点の話だけどね」
オウムがなぜか悲しげな顔をする。感情豊かな鳥だが、それで選ばれたのならば理解できる。俺は宗教の勧誘に一度も引っかかったことがない。
「顔色が悪いね。今日はこれくらいにしようか」
アメシロが俺を覗きこむ。
アドレナリンが引いてきたのか、たしかに痛みが増してきた。もう立ち上がれないくらいだ。でも、やっぱり、これだけは聞いておかないと。
「俺が女になったってことは、じつは彼女たちも……」
クールビューティーなブルー、愛らしいピンク、巨乳なイエローも。
「ハハハ、もちろん彼女たちも本当の姿は男だ。そして、私やこの雄鳥の本来の姿は女だ」
与那国司令官が割って入る。手にする端末を操作する。
「私は現実に戻ったほうが辛いが、そうも言っていられないな。スカシバレッド、また会おう」
俺の意識がすっと霞んでいく。
「
どこかでオウムが騒いでいる。
「相生、聞こえているか? 中井草駅北口のカフェに明日十一時だからな! 本当の私は」
声が遠ざかっていく。その駅ならば、俺が通った高校の最寄り駅だけど――。