09 長い夜
文字数 4,071文字
緑色の大蛇が地面でうねっていた。まさにウツボカズラな口から、キラメキグリーンが足だけだしてバタつかせている。
ペンペンペン、ハーイーヤー
「かしこき、かしこき」
深雪が必死に神楽鈴を鳴らす。ウボツラヅラに刺さった氷柱は溶けていく。守備力が高そうな敵……。
ハーイヤ、ペンペン、イヤサーサー
のんびりアップテンポな弦音楽がうっとうしい。自分で合いの手入れているし。
白黒のそのまんまバクである異形が、三線を爪で弾いていた。
「レッド! まずはバクサーを追い払って」
イエローが建物の影から叫ぶ。顔は見えぬが巨乳がはみ出ている。
「ブルー! スカシバに任せようよ」
ピンクが巨乳の下から顔をだす。
エリーナブルーだけがバクの異形と戦っているが、攻撃はあまり効いていないようだ。
バクサーが俺へと振り向く。
「はいさい。わんは夢を喰う精霊さー。わんの奏でる音を浴びれば報酬を削られ、わんに攻撃しても報酬は消えていくさー、イヤサーサー」
……なるほど。健康を奪われる隼斗と女性ホルモンを奪われる陸さんが逃げるのは仕方ない。でも、清見さんが賢くなくなるのもチームとしてキツい。
「防音ヘッドホンは?」モスウォッチに尋ねる。
『効果がないので転送しない。バクサーが言うように、聞くでなく浴びることで失う』
どっちにしろスカシバレッドの出番だ。
「お前を倒すと報酬はどれくらい減る?」
「でーじ消えるさー。ハーイヤサー」
……ありがたい。自由がすぐそこに。
スカシバレッドの手にスピネルソードが現れる。
「アルティメットクロス!」
「き、消えるさー……。あぎじゃびよー!」
バクサーが赤いXに消える。
もう一体。
こいつには大技。
「ファイナルアルティメットクロス!」
ウツボみたいなウツボカズラの尻を、燃えるソードでクロスに叩く。
ウボツラヅラは衝撃でグリーンを吐きだす。
「スカシバレッド、ありがとうございます!」
グリーンは限界まで露出した服装になったが元気そうだ。
のたうちまわっていたウボツラヅラの動きがとまる。
「こいつだけを凍らせた。時間がない。はやく終わらせて」
深雪が顔を合わせずに言う。
……最後なのかな。スカシバレッドはモスの四人を見る。みながうなずく。
スカシバレッドも強くうなずき返す。その右手をブルーが握る。その左手をピンクが握る。
ピンクの左手をグリーンが握り、ブルーの右手をイエローが握る。
つながった五人が叫ぶ。
「「「「「スパイラルレインボー!」」」」」
戦場で五人が手をつなげる機会はそう無いけど、レベル198をも一撃で消す虹。
五色の螺旋を尻から受けて、ウボツラヅラは贅沢なほどに消滅する。
***
エンジン音が近づいてくる。
スカシバレッドはアジトの屋根で親衛隊を待ちかまえる。
一人だけで。
大型バイクが四台止まる。革ジャン姿のライダーたちがスカシバレッドを見上げる。
「コールドレッド。いい女だな」
「あんたと遊びたいが、手加減が命とりなのは分かっている」
「あたいたちこそ、ブラックフィーバーズ。西日本では知れた名前さ」
「合わせたレベルは698。……貴様らの姑息な戦いは伝わっている。残りの奴らはどこに隠れている?」
四人の手にマントが現れる。
スーパーマーケットの価格表示みたいな数字。二つぐらいサバ読めよ。
四人そろって消滅するのだから。
スカシバレッドは不敵に笑う。
「ひとつだけ教えてあげる。本部が承諾したわ」
モスキャノンの使用を。
風圧も音もなく照射される高位エネルギー。バイクが破壊されることなく消滅する。ヘルメットも。人の姿たちだけが地面にうつ伏す。
『かなり制御できるようになったな』
与那国司令官の得意げな声。
『スカシバレッド、とどめを刺して』
「了解」
燃える正義の赤色をたっぷりと浴び、四体は異形になる間もなく消滅する。
「親衛隊最強チームが一瞬で……」
岩飛の声が下から聞こえた。
「コールドレッド。私を連れていってください。もしくは殺してください。この状態で生き延びても赦されない」
どの組織も下には厳しいらしい。
「とりあえず司令部へ連れていく」
スカシバレッドのモスガールジャーとして最後の任務。精霊の盾をまとった同年代の女子を抱えて飛ぶ。そして知る。布理冥尊にも貞操シールドがあったのだと。
***
どんどんと進化するモスプレイ。すでにみんなは機内で転生を解除して、生身でお茶を飲んでいた。
「うふふ」と女装姿の陸さんの破滅的存在感。
深雪も柚香に戻っていた。リクルートスーツでなくてラフなスタイル。十代みたいでかわいいっていうか、まだ十九か。さすがだ、靴を履いていない。だけど。
「自分の報酬を犠牲にしても、みんなを守るなんて……。私はあなたのことを誤解していた。本当は熱い正義の人だ」
彼女は清見さんしか見ない。
「ご、誤解していたのは私だよ」
清見さんが慌てる。彼女から目を逸らす。
「君はスパローを守れと叫んだ。私なんかよりはるかに正義感にあふれる女性。美しい銀髪だったけど、今の姿も……。な、なんでもない。……でも聞いていいかな。陸奥君はいくつだっけ」
「十二月で二十歳です」
「ほお、木畠とおなじ年か。彼女に負けず劣らずしっかりしている……私なんかよりはるかにずっと。――私を筆頭に頼りならないチームだけど、これからもよろしく」
「こちらこそお願いします」
ふたりは握手する。
清見さんのおどおどした態度。女性経験の豊富さゆえの擬態だろうか。それでチームがうまくいくのならば……。でも取り残されたみたいで、相生智太はスカシバレッドのままで悲しくなる。
「捕虜がいるから、アメシロだけは転生解除しない。隼斗君は宿題があるから戻ったけど、智太君はどうする?」
藍菜が、麻酔薬で意識をなくしている岩飛のスマホを弄りながら聞いてくる。
「私も帰ります。……そいつは本部に送らないでください。私からの最初で最後のお願いです」
「そりゃ無理だって。そもそも私は落窪さんの件で――」
「仮面ネーチャーで世話をみます。それまではお願いします」
ペンギンはかわいい。かわいいは正義。スカシバレッドは有無を言わせない。
藍菜が渋々と端末を一度押す。
スカシバレッドは転送される。消えゆく俺を、柚香がちらりとだけ見る。
****
『柚香が端末ロックした! どうしよ! 私と智太君だけの専用端末? でも柚香が怒っている! 智太君どうにかして! いまから行っていい?』
雪月花の端末に夢月からのメッセージが届く。
これを二度タップすれば俺からのレスキュー、すなわちスクランブルモードになる。それを解除するまでは、彼女たちは俺のもとに瞬間移動できる。
ちなみに逆の状況でも、俺は彼女たちのもとへ現れられない。蘭さんと信用を築く前にこんな状況になったから仕方ない。
テントの中に寝ころびながら、腹の上で黒猫に寝られた状態で考える。
無視しまくりやがって……だんだん頭に来た。
夢月は、上野のデートに乱入した際にがっちりメイクしてきた。喋らない限りは、柚香のが幼く見えた。あれから柚香も化粧を始めたわけで、日の丸みたいなチークのときも横を歩いてあげたのに……腹いせに、夢月を呼んじゃおうかな。
でもクロ子が目を開ける。
「お兄ちゃん! 帰っていたのなら家に顔をだしなさい!」
桧が顔を覗かす。
パジャマ代わりの白色Tシャツと灰色短パン。風呂上がりの石鹸の香り。
「今帰って来たばかり。クロ子の下に戻ってきた」
座りなおしながら答える。
クロ子が去り、桧がテントに入ってくる。LEDのランプに愛らしい顔が照らされる。
藍菜は過去に隼斗の治療費をだし、今回は陸さんのお店の資金をサポートした。公平性を保つため他のメンバーにも現金をボーナス支給すると言いだした(芹澤は日にちが浅いと除外された。けっこうシビア)。
清見さんと茜音は辞退したが、俺は二十万円を受け取ってしまった。思わず庭キャン装備を充実させてしまった。
でも、もうモスガールジャーじゃない。正義の味方なんてボランティアで当然だけど、休日昼間限定のバイトを早急に探さないとならない。
「お兄ちゃん、また聞いてない! とにかく、あの中学生には絶対に二度と会わない。ここで約束しなさい!」
桧が怒りながら俺の目を覗きこんでくる。
スカシバレッドに似ていると諭湖は言ったけど、そうは思わない。桧はやさしくて強い目。スカシバは強くてやさしい目。でも戦士の目。
桧は哀しさを隠した瞳。
「あの子はお兄ちゃんに惚れているから寄ってくる。誰かがあの子を倒すまでは無理」
ちなみに俺には無理。
「正義の味方ごっこもやめなさい!」
「ごっこじゃなくて本当だよ。証拠を見せるね」
俺は座りなおし、右手を桧に突きだす。心に雪月花を思う。手に端末が現れる。
「手品?」妹は顔色を変えない。
「違う。これを奪ってみて」
桧が手を伸ばす。端末が消える。
「手品? これがヒーローの証拠?」
桧は驚かない。冷静というか呆れている。ほかに俺が正義の味方である証は……何もないじゃないか。
ならば彼女を呼ぼう。
「驚かないように深呼吸して」
再び手に現れた端末の画面を二度タップする。スクランブルモードを発動させる。
犬の遠吠え。五分過ぎても夢月は現れない。端末で連絡してもでない。
「……明日は英単語のテストだから私はもう勉強するよ。お兄ちゃんもこれからは部屋で寝なさい!」
桧がテントからでる。
あの女は、いまから行っていい? とか言っておいてスルーだ。夢月がいきなり現れたら、桧もさすがに受け入れるどころか信じただろうに。
『この子は魔法少女であってお兄ちゃんの自称彼女なんだ』
『わあ、こんなきれいな人ならば、お兄ちゃんにお似合い!』
とかなって、俺も桧を意識しないで済む。穴熊パックめ。惑わしやがって――。
「きゃあ!」
「わあ!」
お互いにのけ反って驚いてしまう。
胡坐をかいた俺の膝をまたぐように、生乾きの髪のままの竹生夢月が現れる。