12 宴会で知る篤実
文字数 4,472文字
念のため念押しする。重複表現などと思わない。最強メンバーで魔女を倒せば終わりだ。俺もその末座だ。でも、裏切り者メインの花鳥風樹を招集できるはずない。だとしても。
「その足で、七夕ランドのレジスタンス支部も倒すのか?」
だったらもう一つの終わりのために、夢月に学校を休ませる。いまは俺が実質保護者だ。俺が盾になり彼女に傷ひとつ負わせない。一秒にライフが1回復するから不要なんて思わない。いまより強かった夢月を一撃で消滅させた奴がいる。そいつもあいつらも二人が力を合わせて倒す。
「そしてそのまま東北を拠点にする」
蒼菜が耳掻きに使ったアンテナ先のカスを落としながら言う。
「源平の時代も幕末も北が最後まで残った。いずれも最後にぼこぼこにやられたなんて気のせいだと思うけど、みんなぼろぼろだからまずは休もう。私はモスプレイを解除すると広尾に戻るしかない。智太君も一緒に帰る? バイクで帰る?」
レンタカーを思いだした。
「私が戻しておきます、ぐひひ。いくらでも話は作れますよ、ぐひひ」
落窪さんが召喚されて事なきを得た。
「極力こちらに人員を残しておくべきですね。男三人で城下町温泉に泊まりましょう」
男三人とは俺と落窪さんと陸さん。たんに落窪さんが湯に浸かりたいだけかと勘ぐるが、それも有りだ。
「根拠が分からないけど、年長者の意見に従いましょう。……花鳥風樹でペンギンだけいても邪魔というか、くたびれているね。離脱して休め」
「ういす。千由奈さんに説明しといてくださいよ」
「腐れ外道もしっかり休んでおけ。明日も先頭で戦ってもらうからな……ひと仕事あった」
高校時代のクラス委員長に言われるままに、腐れ外道なエースは身を粉にしてなおも働く。スカシバレッドは陸さんと落窪さんを順番に抱えて、ガス灯温泉の裏の裏へと二往復する。さすがの二人だ。スカシバレッドの貞操シールドが発動しなかった。生身で高度千メートルから降りるのはスリルあっただろうな。
轢かないようにと祈りながらスカシバイクを転送する。ごつん。レンタカーをへこませてしまった。スカシバレッドが手刀で板金修理する。
生身に戻ってスマホで宿を探す。経費はモスから出て、俺が会計係になった。日曜だから空き室がそこそこある。三人が余裕で泊まれる和室を選ぶ。落窪さんが運転するワンボックスカーをスカシバイクで追う。落窪さんは法定速度プラス10キロを維持し続けた。車を無事返してから夕方四時半にチェックインする。
「この温泉地にアジトはないのですか?」
大浴場は三人だけだった。煙る湯舟。
「見つけられなかったそうです」
メイクを落とした陸さんが答える。シルクと違う意味でボリュームある全裸。
「もはや倒す必要ないですよ、ぐひひ。メンバーが入れ替わったので私たちがレジスタンスとばれないでしょうし、ゆっくりしましょう、ぐひひひひ。
そうそう仮面の二人がそろって非番で、新潟に泊まりでツーリングしていたそうです。そちらをキャンセルして私たちと合流します。ぜひ相生君と酒を交わしたいそうです、ぐひひひ」
さすが落窪さん、いやリベンジグレイ! 連絡を取りあう仲になっていたなんて知らなかった。俺は酒を飲めないけど、あの二人とはぜひ会いたい。お酌ぐらいする。
「それとですね……陸さん、今夜だけは化粧をしないでもらえますか? ぐひひ」
「分かりました。うふふ」
ノーメイクで長髪の陸さんも、それはそれで破壊的だった。
***
「城下町温泉? 連中の呼称を使うな。かみのやま温泉と呼べ」
五時過ぎに合流するなりガイアさんに怒られる。
「了解です。アグルさんと一緒でないのですか?」
「あいつは蔵王に下見に行った。俺の顔は多少割れているから一人でだ」
「蔵王?」
「樹氷温泉のことだ。先頭で戦うだけが正義ではない」
傭兵の一員としての任務か。非番のときも家族サービス以外は戦い続ける、まさに正義オブ正義だ。
「スカシバイクの調子はどうだい?」
一時間後にアグルさんもやってきた。
「週一は乗っていますが、実戦はあれきりです。蔵王温泉はどうでしたか?」
「念のため相手さんの呼称を使いな。樹氷温泉アジトは会員制温泉宿に偽装。半径五百メートル以内には一般人は入りこめない。従業員も住み込みだから、おそらく関係者だろう。それより雪が降りだした。ここはまだ曇りだけど……」
アグルさんの視線が陸さんで止まる。失礼に近い眼差しと化す。
「温泉に軽く入ってくる。さきに食事会場に行ってくれ」
アグルさんが逃げるように部屋を出る。俺は藍菜から美少女戦士ファン投票の詳細を聞かされている。一回目は落窪さんとアグルさんがシルクイエロー、ガイアさんは亀の隊長だった。
ひらめいたままに、芹澤から取り上げた黒いマントをカバンからだす。
「陸さん、試してみませんか?」
「陽南ちゃんも精霊になったそうですね。ならばやってみましょうか」
「陸さんの女装姿でしたら、解除してください」
ちょっと失礼だったかもしれないが、陸さんは気にせず洗面所に向かう。
「うふふ、こんな服装になっちゃいました」
シルクイエローの甘い声がした。
黄色が基調のミニ丈のタイトドレス。おろした金髪。胸にはスイカがふたつ……。
「おお、コンパニオンじゃないですか。ぐひひひひひひひ……」
落窪さんが極度に喜んでくれた。
「でも中身がな」
ガイアさんは俺と同じく冷静だ。
***
かってに呼ばれちゃ困ると宿から怒られたが、アグルさんも大喜びだった。シルクイエローは落窪さんとアグルさんのあいだに座る。俺とガイアさんは反対側に座る。刺身と煮物と豚肉入りの芋煮鍋。人数が増えたからこのコースしか用意できなかったそうだ。
「一滴も飲めないのか?」ガイアさんに聞かれる。
「ビールをコップ半分で一日寝こみます」正直に答える。
「残念だったね」
はやくも赤ら顔のアグルさんに言われる。
「それでも相生君が一番強い。僕はそう思っている」
ほかの三人もうなずく。でも俺は、夢月との模擬戦やセイントアローとの戦いで現実を知っている。強い技はだせず、弱い技は相手の大技に飲みこまれる。レベルの差はシビアだ。
バシン!
「浮かぬ顔するな」
ガイアさんにゴリラパワーで背中を叩かれる。
「一人で戦うと思うな。これからはモスガールジャー全体で戦え。代わりに愛する雪が強くなったのだろ。感謝されているだろ? あいつは一人暮らしだよな。入りびたっているのか? がははは」
ガイアさんはゴリラ笑いをするけど、ほかの三人に沈黙が流れる。ここにも情報にうとい人がいた。
「ガイア……、相生君は陸奥と別れた」
「なに!」
ガイアさんから正義の怒りがあふれだした。
「思ったとおりだ。あの女は強ければ媚びて、弱くなれば見捨てる。まさに腐れだ」
「彼女はそんな人間じゃありません。彼女は俺を守ると言ってくれました。なのに俺から去りました。いまは夢月と付き合っています」
自分で口にだしてつくづく思う。俺は腐れ外道だ。
「そうか……。知らなかった、すまん」
ガイアさんが、なぜか俺に頭を下げる。
「ガイアさんは忙しいですからね。さあ飲みましょう」
シルクがすかさずビールを注ぐ。
「私が一番恐れていたのは、月が殺されることでした。おびえて半狂乱になったかもしれない。多大な危害をまき散らし、それこそ本部に処分されたかもしれません」
落窪さんがコップに口をつけたあとに言う。
「相生さんの心のどこかでそれを感じて、彼女を選び守ったのかもしれないですね、ぐひひひ」
「いいえ。柚香にはもともとその日に別れを告げるつもりでした。たまたま黒岩の襲撃が重なって、彼女が死んだ俺を看病してくれたときに切りだしただけです」
正直に答えたら、さらに重い沈黙が漂ってしまった。
「ボトルを頼みましょう。なんにします?」
シルクが立ちあがり電話へと歩く。スカートの奥が覗けそう。でも陸さんだ。
「芋」ガイアさんがビールを飲みほす。
***
「仲良し二人に裏切られた。そりゃ巫女はかわいそうだ。それなのに正義の味方を続ける。けなげだ。彼女を見なおした。だとしてもだ。僕たちは相生君を信じる」
真っ赤な顔のアグルさんが隣に来て言ってくれた。
「相生さんこそ強い。ただ戦い方は変えましょう。相討ち覚悟で突撃しても、今後はのたれ死ぬだけですよ、くひひ」
落窪さんがちびちび飲みながら言う。
なんだか俺を励ます会になってしまった。ガイアさんに一曲歌えと言われたから米津玄師を入れる。誰も聞いていない。終わると同時に拍手だけしてくれた。誰も歌わないからもう一曲熱唱。発散できた。
「ひとつだけ確認しておく。巫女とは深い関係になってないよね」
席に戻るなりアグルさんに聞かれる。
それが男女のあれを意味するならば、あの日あの部屋で茜音の呼び出しがあと二分遅ければなどと未練を感じることなく、強くきっぱりと。
「はい」
「ならば問題ない。落窪さんなんか、女の子にもっとひどいことをしてきたんじゃないですか?」
「私は至って真面目でしたよ、ひっく。若い頃のアグルさんこそ知らぬ間に泣かせてきたかも、くびびびっび」
「いまだって遊んでいそうですし、うふふ。お店に来てくださいね。特別にこの姿になりますよ」
商売のために精霊になるのはいかがかと思うが、落窪さんまで食いついていた。
「しかし、お姫様を射止めるとはな。あれは外見だけならば大女優になれる。相生が横にいれば悪になることはないだろ。がははは」
ガイアさんがほとんど薄めてない焼酎を飲みながら笑う。そのたびに肩を平手で叩かれるから正直痛い。
「夢月は不良だったわけではないですよね?」
「ああ。過剰防衛はしているがな。ほかにも行き過ぎた正義で何度か警察沙汰になっている。ちょっとした有名人だった。……相生は真面目だから、未成年とやることはないよな。もうしばらくプラトニックを続けるのだろ?」
それを言うなら冬至生まれの柚香だってぎり十代だ。だとしても、やるってのが男女のあれを意味するならば。
「二度しましたけど」
正直に答えると、またもや沈黙が漂った。羨望が四割と、あんな化け物とできるのかみたいな畏怖めいたものが六割。すこし頭に来た。
「……若いですからね、当然ですよ。そろそろお開きにしましょうか」
俺より三歳年上なだけのシルクイエローが立ち上がる。洗面室に行き、陸さんになって戻ってくる。三人の酔いが一気に醒める。
親父三人はまた風呂へ向かう。俺と陸さんは布団を敷く。
「迷惑をかけてごめんなさい」
弱くなったり、チームをぐちゃぐちゃにしたり。モスの一員である陸さんに頭を下げる。
「やさしすぎる茜音ちゃん以外は誰も気にしちゃいません。ほんとですよ。それに、柚香ちゃんはまだ相生君が好きかも」
陸さんが微笑みながら言う。
「だから、きっと許してくれます」
重複表現かもしれないけど、その言葉に予感を感じた。この人たちの俺への励まし慰めを消し飛ばすような、よくはない予感がした。