11 真・江東区で知る現実

文字数 3,841文字

 念のため言っておくが、この部屋はクリーニング済だ。

 お前もトンボに襲われたから身をもって知っているだろうが、布理冥尊一部の異形が相手を襲いだした。倒すためでなく喰らうためにだ。我々の精神エナジーを奪い、我が物にするためにだ。そのために、この一か月に全国で三人が悲惨な死に方をした。

 その行為に堕ちた異形は尋常でないレベルアップをする。次に遭遇した際は一気に30も上がった奴もいた。やられた仲間のはく奪されるレベルもあり得ぬものとなった。
 チームが全滅した際にレベルが半減するのが今までの最大下げ幅だ。しかし悲惨な目に遭わされた方々のレベルは、十分の一になった。つまり、レベル100であったのならばレベル10になる。
 戦って負けたのだからと、ドライに言う奴もいるかもしれない。だけど、その死は精神エナジーの枯渇によるものでない。精神エナジーの強奪だ。生身に戻っても長く廃人同然になる。……一月過ぎてもまだ立ち直れない方もいる。

 顔つきが怖いぞ。かっかとするな。ここまでの話は前座だ。茶番だ。今から言うことは、何があっても他言するな。柚香と夢月……、夢月だけには言うな。お前こそ冷静にな。今以上に熱くなるならば話さない。

 榛名山山麓でともに戦ったから知っているだろうが、奴らは精神エナジーの強い一般人を強制的に入信させようとする。でも、我々に助けられた人々を改心させることはできない。
 布理冥尊は、そのような人々を襲いはじめた。生身の体にある精神エナジーを我が物にするためにだ。その人たちは行方不明者として処理される。

 憤慨するなと言っただろ! 座れ! 私だって冷静を装っているだけだ。
 悪人の集まりである布理冥尊でも、すべてが人を捨てたわけではない。だが、ごく一部にそのような悪魔が存在する。そして、そいつらはさらに邪悪な力を手に入れる。五人衆のマンティスグリーン。親衛隊隊長のハデスブラックなどだ。

 ***

「今から倒しにいきましょう。あなたと夢月の三人で」
 座りなおせるはずない。

「落ち着け。本宮の所在は謎に包まれている。それが明かされた日には、全国のレベル100越えの十三人が力を合わせてそれを滅ぼすことになる。関東管轄からも、雪月花、仮面ネーチャー、それにお前が参加することになるだろう。関西からは、もう一人のレッドも。
その日まで耐えろ。まずは邪悪な敵をひとつひとつ倒すこと」

 この正義の熟練女が耐えるのならば、俺だって耐えてやる。座りなおす。

「人喰いに堕ちる奴ら。それを見分ける方法は?」
 それくらいは聞いてやる。

「へ? あ、ああ」
 蘭さんが露骨に慌てだす。
「い、いや、無くはないが……まだ研究中だ。……お、お前の特性は龍だよな。格好いいな。夢月とで龍と鳳凰。昨日は蒲田で聖獣が揃い踏み。
……ちなみに、もう一つあったよな。念のため本人の口から確認したい。……やっぱり陰なの? 聞き間違えでなくて? い、いや素敵だと思うぞ。……陰と惨。夢月と組めば“陰惨”だ。はははは……」

 劣等感を感じる特性の、この女はなにが楽しいんだ? 話題を変えよう。

「あなたは本部と密接みたいですね。組織のことを教えてください」

 敵が言うことだからあてにならないけど、近衛エリートの一体は、本部に連行されることを極度に恐れた。レイヴンレッドもイエローに何だか言っていた。

「モネログリーンがどこにいるかもお願いします。別件ですが、今日の戦いで俺も近衛エリートを数体倒しました。その分をきっちりと精算してください。本部にストックしてイエローに渡します。そしたら俺は帰って寝なおします。魔法で家まで送ってください。昼から何も食べてないので、あるものでいいのでください」

「……怒りの矛先を私に向けてないよな? 本来が朴訥な口ぶりだけだよな?
私たちは報酬の取り分を細かく計算する。それをするのは深雪だから、しばらく待て。ただし今回の分はシルクには渡せない。死んだということは離脱と同じ扱いだからな。
本部のことで教えられることなど少ない。緑モスに関しては、私こそ知りたい」

 ***

 我々レジスタンス組織に正式名称がないことは知っているよな。それは組織のために戦うのでなく、布理冥尊を倒し日本の平和を守るために戦うことを表している。組織の()のためでなくな。
 そうは言っても、てんでがばらばらに戦っても(らち)が明かない。なので本部が存在する。所在地は教えられない。数名の合議制。メンバーも教えられない。べつに研究所がある。といっても所員は所長の櫛引博士だけだ。彼のことも教えられないと言いたいが、けっこういい加減な人だ。お前に会いたいと言っている。いずれ機会を作ってやる。

 組織で言えるのこれぐらいだが……、そうそう櫛引博士から連絡があった。相生ウイルスのワクチンみたいな試作品ができたらしい。お前の報酬は消せなくても、それが実用化して日本の総人口の半数分確保できたら、お前もサングラスをしなくて済むな。

 仮面の二人が追っていたのは伊良賀だったのか? 当初からマンティスグリーンだったのか? もはや分かりようもない。花蟷螂の擬態は恐ろしい。異形となり伊良賀に化けていたのを、私の蝶たちは見抜けなかった。闇の女王など呼ばれやがる夜桜の特性が関与していたとしても、蝶たちは精神エナジーをまとった擬態を生身の人間と判断してしまった。

 罠にまんまと嵌まってしまったな。紅月も判断がずれたらやられただろう。親衛隊隊長はおそらく飛び入り参加したと思う。おのれの欲望のためにな。

 仮面ネーチャーに借りた端末から、伊良賀の反応は消えた。モスガールジャーとの合同作戦は中止だ。お前らだけで一から探すことになる。真面目にしないと懲罰で霞ケ浦のヘドロすくいをさせられると、夏目に伝えておけ。

 ***

「電源はまだ入れないので(位置情報って奴だ)、スマホを返してもらえますか? 財布と鍵とパスケースも」
 頂戴したカップ麺を食べながらお願いする。

「お前はなにも持っていなかった。だったら夢月だ。どさくさに紛れてお前の内密な情報(スマホ内とか)を漁るつもりだろう。奴は魔法で電波を弄れる。パスワードなど何万桁であろうが意味ない」

 最強ハッカーに、画像も履歴もあからさまにされるのか。昨夜『白人・巨乳・ほどほど』を検索したよな。どうでもいいや。

「人に戻ったお前にマーキングがついていた気がした。そんなものは、本来の転生ならば精神エナジーが内面に去ったときに除去される。しかし竹生夢月(あのばか)のおかげでイレギュラーだろ。だから寝ているあいだにお前を全裸にして、くまなくチェックした。見あたらなかったから安心しろ。……ハウンドピンクがいたと聞いて気にし過ぎたかもな」

 寝ている人間の体をくまなく調べるのはいかがかと思うが、俺に麻酔を打って外に連れだし東京駅辺りに放置するというのもいかがだろう。魔法は、どこでも行けるドアではないと言うし。その手に注射器が現れているし。俺の手には貸してくれる一万円札が現れたけど。

「じつは、司令官は蘭さんの情報を偶然得ています。彼女がぺらぺら流布したので、ここからスカイツリーが見えることも知っています。だから意識を失わせて運びだす意味はありません」
 暴露してしまった。柚香からの情報も碧菜からにしてしまった。

「……私も、お前が練馬区の某駅から歩いて十五分の築十七年にお住まいと知っているしな。父が海外に単身赴任で、母と妹の三人住まい。無理して作った狭い庭。自部屋は二階の南向きの六畳間。ポスターも貼ってなくて殺風景。猫を一匹と、玄関に金魚を二匹飼っている。水替えは週一回。高一の妹が実は従兄妹ってことも知っているし、お互い様にしてやる」

 蘭さんは怒りを飲み込み、俺を最寄り駅まで送ってくれる。歩いて四分だけだと知っているけど黙っておこう。碧菜の住まいを聞かれたけど知らないと言い張る。自白剤は打たれなかった。
 陸さんの住まいなど知らないそうだ。興味あるのはレッドだけ。裏切られたときのために、ときっぱり言われた。


 お店の帰りっぽいお姉さん二人とすれ違う。俺と目が合い卒倒する。サングラスをするのを忘れていた。……しかし。

「やっぱり蘭さんはすごいですね。あれだけ長時間一緒にいても惚れない(平気)ですものね」
「お前の報酬こそ破壊的と思うがな。サングラスも持っていなかった。おそらく夢月だろ。どれか一つは無くすな。諦めろ」

 祖母がマンション三つ持っている一人っ子なら、弁償してもらうに決まっている。どうせ始発まで数時間あるし、さらに一万円借りてタクシーで帰ることにした。領収書があれば、後日雪月花が払ってくれるそうだ。会計係は柚香とのこと。俺は同じ過ちを二度繰り返さない。そうしないと今月の小遣いが赤字だ。

 蘭さんはお姉さん二人を介抱するので、その場で別れる。この時間でもタクシーがあるらしいJR駅まで十五分も歩く。うつむいて三分待ったらやってきた。

「とりあえず石神井公園を目ざしてください」

 ドアが閉まる。長い一日がようやく終わった。

「スカシバレッド。私は夜型なの。この運転手は私付きの親衛隊員」

 なのに助手席に女子中学生が現れた。




モスガールジャーと同じ世界観の短編『正義の心』を公開中です。よろしければご覧ください。
https://novel.daysneo.com/works/d23e6fc4abf7d993c5cb2e7695a29e79.html
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

相生智太(あいおいともた)

20歳

大学二年生

龍、陰

スカシバレッド

スカシバレッド

モスガールジャーのエース

清見涼(きよみりょう)

22歳

大学四年生

鶚、村雨

エリーナブルー

エリーナブルー

モスガールジャーの実質リーダー

睦沢陸(むつざわりく)

23歳

フリーター

猪、貫、西瓜

シルクイエロー

睦沢陸

たっぷり女性ホルモンを授かったバージョン




シルクイエロー

モスガールジャーの陸戦巨乳隊員

壬生隼斗(みぶはやと)

14歳

中学二年生

巨樹

スパローピンク

壬生隼斗

すっかり健康になったバージョン

スパローピンク

モスガールジャーのちびっこ隊員

芹澤陽南(せりざわひなた)

17歳

流星、向日葵

キラメキグリーン

キラメキグリーン

モスガールジャーのニューグリーン

夏目藍菜(なつめあおな)

21歳

無職

勇魚、雲、寛容

与那国三志郎

与那国三志郎(よなぐにさんしろう)

モスガールジャー司令官

木畠茜音(きばたあかね)

20歳

大学二年生

鸚鵡、耀

アメシロ

アメシロ

モスガールジャー指令室参謀

落窪一狼太(おちくぼいちろうた)

35歳

夏目藍菜の用心棒兼諸々

山犬、恨

ウラミルフ、リベンジグレイ

リベンジグレイ

モスガールジャーの切り札

伊良賀紗助

21歳

レジスタンス叛逆者

草原

モネログリーン

モネログリーン

モスガールジャーの元隊員

陸奥柚香(みちおくゆか)

19歳

大学二年生

雪割草、蝙蝠

白滝深雪

陸奥柚香

金髪やめて高校時代に戻ったバージョン

白滝深雪(しらたきみゆき)

雪月花の癒し役

白滝深雪

銀髪バージョン

白滝深雪

スーパー魔法少女「黒神子」

竹生夢月(たけおゆづき)

18歳

高校三年生

鳳凰、惨

紅月照宵

紅月照宵(こうづきてるよ)

雪月花の真打ち

紅月照宵

ス-パー魔法少女「身分を隠すため町娘に変装したお姫様。お祭りだって初体験。女剣士に憧れ中。でもその実体は?」

お祭り娘バージョン

深川蘭(ふかがわらん)

25歳

社会人

胡蝶蘭、蛟

紫苑太夫

紫苑太夫(しおんたゆう)

雪月花の仕切り役

紫苑太夫

スーパー魔法少女「華柳」

亀の隊長さん

29歳

地方公務員

甲羅、機動

動的亀甲隊隊長

動的亀甲隊隊長

四名の配下戦闘員と長い脚の亀型兵器で戦う

相生桧(あいおいひのき)

15歳

高校一年生

相生智太の妹


町田さん

フリーの看護師

焼石嶺真(やけいしれま)

19歳

不明

虎、渡鴉

レイヴンレッド、元ヤマユレッド

レイヴンレッド

布理冥尊五人衆

ヤマユレッド

元モスガールジャー隊員

与謝倉凪奈(よさくらなな)

14歳

中学二年生

夜桜、猟犬

ハウンドピンク

ハウンドピンク

布理冥尊五人衆

押部諭湖(おうべろんこ)

13歳

中学二年生

貉、妖精

穴熊パック

蒼柳(あおやぎ)

布理冥尊五人衆

言霊、??

フェローブルー

刀根(とね)

第三方面軍直轄突撃団副長

銅、土

トンネラー

茂羅(もら)

第三方面軍温泉ランド区副司令官

苔、慈

コケライト

佐井木(さいき)

本宮護教隊地方管理部フルーツランド担当

犀、念

サイキック

銀山(ぎんやま)

第三方面軍フルーツランド支部長代理

勝虫、彷

シルバーヤンマー

禿尾(はげお)

第三方面軍直轄渉外隊隊長

銭、任侠

ゼニヨコセー

香山(かやま)

第五方面軍特務隊員

蚊、童、群

モスキッズ

織部(おりべ)

布理冥尊五人衆

花蟷螂、嘲

マンティスグリーン

マンティスグリーン

芹澤の父に擬態中

綿辻(わたつじ)

親衛隊(五人衆付)

蒲公英、迷

メーポポ

大賀(おおが)

布理冥尊五人衆

鬼、痴

オーガイエロー

五木田(ごきた)

親衛隊(五人衆付)

噴射、汚

ジェットゴキ

原田(ばるた)

第三方面軍彩りランド支部長

ヴァルタン征爾

忍者、幻

春日(擬態中)

レジスタンス本部

粘土、鹿

ネンドクン

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み