03 孤島の巨樹
文字数 4,098文字
微笑む隼斗を俺はやや見上げる。こいつは並ぶことなく俺の背を越した。じきに180センチをオーバーする。顔立ちは甘く髪はさらさら。中途入部で練習さぼりが多いのにサッカー部のエース。こいつはこれからの人生をモテまくる。
しかしまずいことになった。『俺は二人きりで夢月と会わない』花鳥風樹にそう宣言してあるのに、隼斗経由で千由奈にばれる。初犯なんて誰も信じてくれない。
「飯を食べに行こう。おごる」
「やり! 焼き肉がいいな」
「そんな金はない。ファミレス」
深刻な金欠だけど、ここから立ち去らせないとならない。夢月に『遅れる』とメッセージを入れて、駅の反対側に歩く。
***
「智太さんは何も悪くない。悪いのはすべてあの女」
気を使いドリンクだけ頼んだ隼斗が言うあの女とは、竹生夢月。
「言うべきかな。千由奈ちゃん情報だと、あれの部屋はぐちゃぐちゃで、見兼ねた桧さんが掃除した。役割分担は何もしない。料理当番だけはするけど途中で飽きる。食事中にテレビにユーチューブつなげて踊りだす。風呂は長いし、湖佳ちゃんが入っていても追いだそうとする。ゲームに割りこむ。リビングでいきなり寝る。夜にいきなり走りに出掛ける。気にいらないとすぐに変身する。さらにはトイレで」
「もういい」妹から報告は受けている。「かといって俺と同居できないし」
世間体だけでなく、半日一緒にいてもつらそう。
「アメリカに送るべきだよ。そして智太さんは柚香さんとよりを戻す」
そう言う隼斗の視線がとまる。頬が赤らむ。
「智太君!」
背後から声かけられる。
「……スパちゃん? でか! かっこい!」
夢月の意味不明の野生の感。なぜここに現れられる。制服姿で、にこにこと俺に張りついて座る。何度でも一目惚れできる妖精の瞳と凛とした面持ち。
でも真顔で隼斗を睨む。
「智太君と柚香のよりを戻す? アメリカに送るって私?」
なんていう地獄耳だ。
「ぼ、僕じゃないよ。し、司令官が言っていたような」
なんて奴だ。見つめられてどぎまぎしていやがるし。
「藍菜じゃない。本部のハゲが言っていた」
直属上司を守るために嘘をつく。
「本部だと?」
夢月が立ち上がる。
「今から三人で秘密特訓しよう」
隼斗の目が光った。
「僕もいいの? だったら智太さんと一緒にスパローに変身する!」
誰もが強くなりたがっている。男同士で抱き合って裸になることを拒絶しないぐらいに。
「とりあえず飯を食おう」
「うん。二人ともおごってあげる」
「やった!」
莫大な仕送りを受けているお姫様の御馳走になる。
「誰にも言わないよ。付き合ってる二人が会うなんて普通だし、もっと堂々とすればいいのに。それより夢月さんは、桧さんの特性を気にしないの?」
さっきまでけなしていた素振りも見せず、隼斗がハンバーグと帆立のグリルセットを食いながら、地雷すれすれを聞く。
「蘭と一緒に博士に文句つけに行ったんだ。だったら交換してやる、どうせ言葉遊びとか難しいことを言うから、このままでいいや」
夢月が黒毛和牛のハンバーグとすき焼きセットなどという贅沢を食べながら答える。
「どうせなら花鳥風樹も誘う?」
ぽん酢のロースカツ膳をいただきながら、俺が提案する。中二の運動不足二人は生身で特訓させてもいい。
夢月の箸がとまる。
「大人数だと、柚香を仲間はずれにしているみたいになる……」
うつむいてしまう。
「すぐに仲直りできるよ。智太さんなんかに惚れていたって恥ずかしくなると思うよ。そして夢月さんと笑いあう」
隼斗が失礼を言いながらフォローする。
「そうだね」
夢月も同意してまた食べ始める。でも……悲しげな瞳は変わらなかった。俺も夢月も当然の報いだ。まだ報いを受けてないかもしれないけど。
近くのビルに忍びこんで、夢月が魔法で屋上のチェーンをはずす。彼女の手に紅いマントが現れる。スクール水着に変わる。じっと見やがる隼斗と、俺は背中合わせになる。端末を手に現す。
「仮面スカシバレッド降臨!」
ちびっ子戦士スパローピンクと美の武神が現れる。裸で光に包まれた二人を、紅月がじっと見ていやがったし。
「コノハ!」
スパローピンクが木の葉型のエアサーフィンボードを呼ぶ。紅月もミカヅキを呼ぶ。……時速170キロのミカヅキリムジンだとあの島まで一時間以上かかると言ったよな。コノハが音速を越えられるはずない。
「三人乗りしよう」
「だったらスパちゃんが真ん中ね。スカは落ちても拾わない」
なおも扱いを変えないのかよ。スパローピンクとスカシバレッドは言われたとおりにする。
「貞操シールドが発動した。スパちゃんのエロ」
「そ、そんなこと思ってないよ。故障したんじゃないの」
「……紅月、はやく出発しなさい」
「飛ばすよ!」
前の人の腰に手をまわした二人。ミカヅキは人の目に視認できない速さで夜空を飛ぶ。寒いなど思っていられない。
***
すでに真っ暗。浜風が吹きすさぶ。荒波が打ち寄せる。スカシバとスパローはふらふらしながら礫岩のビーチに降りる。
「見せてあげる」
いきなり紅月が体に力を込める。その体が巨大化して4メートルはある巨大なショッキングレッドのヒヨコと化す。……雛であろうとでかいは強いかも。などと思う間もなくヒヨコは空へとくちばしを向ける。
「十五夜!」
眩い光が発射される。
紅い朝が来た。寝床の水鳥たちがおはようと挨拶を交わす。水平線にタンカーが映しだされる。巨大な光弾はオゾン層を破壊して宇宙に消える。
化け物ヒヨコが力を抜き、スクール水着に戻る。スパローピンクが腰を抜かす。
「威力はスーパー魔法少女と変わらない」
夢月がしょんぼり言う。
「私が欲しい必殺技はあの女と同じ奴」
あの女とは白い魔女。奴の白色光フレアは、夢月だけを倒して他を傷つけなかった。あれがあれば、市街戦でも喰らわせられる。
それよりも、夢月のレベルは落ちたのに精霊は大きくなったよな。でもヒヨコは雛だよな。いまだ鳳雛なのか、それともこれが最終形なのか。……おそらくもっと強くなるはずだ。でも、あの姿で戦わせない。竹生夢月には、かぐや姫やお祭り娘、スク水姿が似合う。
「二度とヒヨコにならないで。相生智太からのお願いです」
「うん。じゃあ模擬戦始めよう」
「はい?」
秘密特訓と模擬戦は同義ではない。
「二十六夜、二十六夜、二十六夜!」
追尾型の鎌状の紅い光が、いきなりスカシバレッドに襲いかかる。
俺の手にスピネルソードが現れる。
「たあ! たあ!」
スカシバレッドは次々と光線を叩き落とすけど。
「ミカヅキ! 十三夜、二十六夜、十三夜、二十六夜、十三夜、二十六夜!」
高速で飛びながら放たれる巨大な光と追尾する光の競演。
スカシバレッドはすべて避けるのをあきらめる。ジャンボジェットの胴体ほどもある光からだけ逃れる。紅い鎌に体を次々裂かれる。
とにかく接近しないと。スカシバレッドの距離に持ち込まないと……。
紅月は待ちかまえていた。不敵に笑い、両手で頭上に円を描く。0.76秒の間に俺は思う。レイヴンレッドのごときコンボ技。彼女は以前より強くなった。つまり、俺また死ぬかも。
「十六、痛!」
夢月が振り向く。コノハに乗ったちびっ子戦士が弓を向けていた。
「この野郎! ブランチアロー! ピーチボム!」
スパローピンクが小枝のような矢と桃のような破裂弾を放つ。
紅月は避けようともしない。
「効くか! 十三夜!」
「フォレストシールド!」
孤島に樹木が生える。茂った枝葉は鋼のようで、十三夜を……妨げない。
「うわあ」
樹木が消滅してスパローが紅色の光に飲み込まれ……ない! コノハでぎり逃げる。
「ネズミめ!」
ルビーソードを構えたスク水女がミカヅキで追う。
スカシバレッドはソードを交差させる。
「アルティメットクロス!」
一時より明らかに弱い光。でも速度は落ちない。
紅月が振り返る。
「ふん!」握りこぶしを向ける。Xを消し去る。
「スパロー、援護をお願い!」
スカシバレッドは必死に叫ぶ。
闇から茶色い矢と桃色の破裂弾。紅月は気にもしない。ハウンドピンクにいて欲しかった。
だとしても。
「アルティメットクロス!」
赤いXを飛ばしながら、間合いを詰める。
回転する「二十三夜!」に赤いXが蹂躙されようと。
「アルティメットクロス!」
「無駄!」
「ピーチボム!」
上空からピンク色の光弾が紅月の前で破裂した。彼女が瞬間ひるむ。
馬鹿め。
スカシバレッドはミカヅキへとたどり着く。
そして残忍に探る。こいつの弱点は…………ないだと?
「ファイナルアルティメットクロス!」
それでも赤いXを叩きつけ――られないだと? 発射されないだと? レベルが落ちたから?
違うに決まっている。夢月相手にだせるはずない。
「馬鹿め」
紅月が残忍に笑う。もはや破裂するピンク色を気にしない。ルビーソードが惨く光る。
「死ね」
死ねだと? うっ……
百の太刀に値するソードで腹を貫かれながらも、スカシバレッドは紅月に抱きつく。
「り、離脱」
時空に飲み込まれる。
***
「智太君、起きてよ」
夢月に激しく頬を叩かれる。
「ちょっとエキサイトし過ぎちゃったね。ごめんなさい」
目を細めて微笑んでくる。俺にまたがっている。
俺は目がまわる。力が入らない。おそらく死ぬ直前だった。
「ふざけんな、このキチガイ女!」
そう叫んでやりたい。でもここは俺の部屋の俺のベッドの上ではないか。しかも彼女は制服姿ではないか。
「ふざけんな」
それだけ言って、抱き寄せる。
「人肌の温もり」
「……うん」
夢月が力を抜いて優しくのしかかる。二人はベッドから靴を落とす。
やがて二人は逆になる。目をつむるお姫様を見おろす。すべて許す。
でも思いだす。新月の夜、ここで嗚咽した人がいた。
「私のせいだね」夢月は俺の心に気づく。「ごめんなさい」
「俺のせいだよ」二人のせいだ。
だけど抱きしめる。開けてとクロ子がドアをひっかいている。
二人は一時間以上、置いてきたスパローピンクの存在を忘れてしまう。