21 魔法の薬

文字数 4,534文字

 宇宙から生還した感慨はあまりなかった。俺じゃなくてスカシバレッドが行ったわけだし。でも、シルクイエローとエリーナブルーが泣きながら抱き合った感動的風景は忘れない。

 ***

 そして今日は柚香との二度目のデートだ。彼女を好きにしていいとの蘭さんとの約束は、『はあ? 百歩譲って模擬戦すらやってないのに云々(うんぬん)。こんなことで端末使うなら没収云々』と反故にされた。
 まあいいや。どうせマスクとサングラスと日傘であろうと、横に並んで歩けるだけで嬉しい。
 俺が160で彼女は153。俺より弱い柚香。守るべき立場の柚香……。

「私も行く。同じチームである私にこそ必要」
 なのに茜音が同行する。
「しかし、エースパイロットと司令部の女性隊員。ふつうは私とくっつくのが筋だよね。相生となんて断るけど、だとしても、あれのどこがいいの? 知っている? あの女は以前にさあ――」
 しかも二メートル後方でうるさい。彼女の話になると、彼女から男らしさは消える。

「僕はやっぱり夢月ちゃんかな。スカシバを抜きにすればね」
 隼斗まで興味本位でついてきた。
「もちろん茜音さんが一番だけど、一番上のお姉さんって感じ」

 気配りを忘れない彼は、ネット小説の日々更新にいそしむ方々よりは、もはや元気体だ。なんだか背も伸びてきたし。夏休みが終われば中学に通うため、遅れを取り戻すべく頑張っている最中の息抜きだ。
 しかし比企郡なんて存在を初めて知った。なんて読むのだろう。そのまんまなんてあるはずないし。そこにある町で待ち合わせなんて、柚香が住んでいるのだろうか?
 茜音は律儀に『参加員すべて集合』のメッセージをグループに送った。司令官から返信が届く。

『あの一帯は平成の大合併を巡り、血で血を洗う仁義なき戦いを繰り広げた。特定の町村に偏った発言をせず、郡内で東松山市の名前だけは口にしないように』

 モスの三人は緊張しながら東上線に乗る。

 ***

「なんで京王線と井の頭線の交差駅に通う私が、秩父盆地入口に下宿しないとならない。それよりなぜに木畠がいる。ここは鳥獣保護区ではないぞ。掛川でも花鳥園でもない」

 不用心なチームと現地合流した柚香に、マスクとサングラスに日傘のいでたちで怒られる。東松山市のスパイと勘違いされそうだ。

「ここは雪が数メートルも積もらないけどね。電車が一日数本だからかんじき履いて通学する地帯と違って、私が通う(・・・・)池袋まで乗り換えなしだし。どこぞのなまはげランドよりはるがにはるがに(・・・・・・・・)都会だと思うけど。んだね?」

 茜音はBランクチームの参謀になって強気だ。柚香の手にスタンガンが現れて消える。マーチな女子二人が早速火花を散らすから、話題を変えよう。

「茜音の件は司令官の伝令ミスだと思う。それより、ここに研究所があるのか?」
「はあ? 相生は人の話どころか人のメッセージも読まないのか? ここで抗フェロモン薬の治験を行うのだろ」

 茜音はどんなにコンディションが良くなっても、彼女といると機嫌が悪い。俺から二メートル離れて目を合わせずに怒ってくる。

「それに進んで協力してくれる人がいる。まさに正義の人だね」
 柚香のがやさしく感じる。茜音がいると。

「誰?」
「動的亀甲隊の隊長。町役場で職員している。昼休みの約束だから、あと十分ぐらい」
(ここ)から歩いて三分だって。――柚香さん。一緒に動くの恥ずかしいからどれかはずそうよ」

 レベル80を越えた隼斗は雪月花相手にも退かない。俺は大森で一日一緒に過ごしたんだぞ。

 ***

「この人?」思わず指さしてしまった。
 いわゆる亀の隊長さんは美人で、背丈が170以上あってFカップ。下着を装着せずに黒い密着したスーツを着ていたから、形状も先端もはっきりと覚えている。でも。
「これは反則だと思う――」

 しまった。口にだしてはいけないことだ。実物の口角がぴくりとした。

「隊長さん、ひさしぶりです。自然があっていいとこですね」
 隼斗が即座にフォローしてくれた。

「えーと……、スパローちゃん? 退院したんだ。すごい元気そう!」
 隊長さんが涙ぐんだ。

 いい人じゃないか。背を15センチも伸ばして、AAをFに偽装したとしても許すべきだ。モスガールジャーも人のことを言えないし。
 年齢は二十代末期でそこは偽ってなさそうだし。見た目は俺の女性版で都会に紛れたら二度と見つけられないけど、この町ならその心配はなさそうだ。


 隊長さんが窓口する“にぎやか産出課”の会議室が借りられた。昼休憩の職員さんたちが、室内でも日傘を広げる柚香を露骨に目で追う。俺は一緒にカフェで休憩したことあるが、東京の人たちは見て見ぬふりだったのに。
 最後に入室した隼斗がドアに鍵を閉める。窓も閉じて、クーラーの固定された設定温度を柚香が魔法で12度にする。寒いぐらいだが、雪国生まれらしき彼女には丁度みたいだ。茜音もコンディションがいいからか文句を言わない。

「隊長さんは生身の相生と会っていないので、まずは彼の顔を見てください。おそらくこの男を、鼓動が飛びでるほどに好きになってしまいます。耐えてください」
 会議テーブルを挟んで茜音が言う。

「その後に、この目薬を差してもらいます」
 柚香が割りこむ。疲れ目に効く市販薬の容器だが、中身を入れ替えてある。
「治験が成功すれば、彼はこの町に紛れても二度と見つけられない、ありふれた男に見えるはずです。……失敗すると、雪月花の月とこれを奪いあうことになります。彼女は惚れたままです」

 おのれの身を省みない正義の女が、つばをごくりと飲んだ。
 布理冥尊の親衛隊や五人衆とも奪いあうことは黙っておく。もっと大事なことを教えておかないと。

「茜音や柚香が感染したときよりも報酬を受け取り、変異がすすんでいます。最悪の場合は、鼻血をだしながら悶絶して、おのれの熱を覚ますために池に飛びこもうとします」
 実際に一人いた。

「……それを聞いて覚悟しました。犠牲者を減らすために、我が身を捧げましょう。しかし寒くありませんか?」

 カーディガンを取りにいったが、まさに正義の地方公務員だ。

 ***

「では目を合わせてください」

 茜音に言われてサングラスをはずす。
 夏の昼下がり。年齢は違えどありふれた男女二人が、テーブルを挟んで見つめあう。

「……たしかに。身構えていなかったら」
 隊長さんが息を飲み込む。
「彼は二十歳前後ですよね? それなのに……私は両親から、そろそろ亀甲隊を引退していい人を見つけたらと言われています。……彼のためならば一線から引いて、身を尽くしてもいい。年齢なんて関係ない。幸せな家庭を築きたい!」

 隊長さんが立ちあがる。……彼女は親公認の正義の味方だったのか。それだと戦いに全力を注げる。俺も真似しようかな……。母は信じない。医者に連れていかれる。でも桧だったらどうだろう? そう言えばこの女子二人と四人でカフェに行ったとき、信じないまでも受けいれていたよな。妹にその記憶はもうないけど――。

「いつまで見つめている。殺す気か!」

 茜音の正義の怒気。
 しまった。隊長さんが、暑いですねと地方公務員の制服を脱ぎだした。十八歳未満を宇宙空間で見ていた十五歳未満がいるのに。

「隊長、落ちつきましょう。座ってください。抗フェロモン薬を点眼します。ただし少量から始めます」
 柚香が彼女の目に薬を垂らす。
「もう一度、相生を見てください」

 また見つめあう二人……。

「……すごい。目だけでなく心に沁みわたる。こんな男に騙されるなと、父の声が聞こえてきそう。でも、まだ揺れる心」
「効果はあるみたいです。ではもう一滴ずつ。……ちょっと垂らしすぎたかな」

 隊長さんが瞼を何度かしばたかせる。俺を見つめる――。鼻にしわが寄った。

「不快です」きっぱりと言う。「この男を帰らせてください」
 嫌悪露わに指をさされる……。

「すごい薬だね! さすが櫛引博士。会ったことないけど」
 隼斗は楽しそうだ。俺は楽しくない。
「せっかくだから、もう一段階試そうよ」

 茜音と柚香は反対したが、隊長さんが俺をにらみながら同意する。
 隼斗がどばどばさす。隊長さんが目から透明の薬を垂らしながら俺を見る。

「布理冥尊め!」彼女が立ちあがる。「総員召集!」
 スカートのポケットから端末をだす。正義の美女へと転生する。黒い密着したスーツ。

 巨大な四脚歩行の亀型兵器がテーブルを破壊して現れる。戦闘服を着た男性隊員三人も登場する。俺へと銃をかまえる。

「手出し無用。私が止めを刺す」

 長い脚の亀型兵器に乗った隊長の冷徹な声。目の前で黒光りする亀の口が開く。レーザー砲が生身の俺へと――。
 時空が凍りついた。



「……ふん!」俺だけが動きだす。

「……記憶は私が消す。木畠には机と窓と会議室が壊れた理由を考えさせる」
 黒神子はなんだか悔しそうだけど。
「これでまた、柚香でも相生の顔を見られるね。へへへ」
 笑ってくれた。

 ***

 亀甲隊の仕業とはいえ、修復費に町民の血税が使われるのは気がひける。なので、藍菜の私的慈善団体から比企郡に寄付することになった。彼女は私的にサマーなジャンボやロトな八桁を当てているので痛くもない。寄付金の分配を巡りまた血で血を洗っても、そこまで関与しない。
 茜音はその場で目に一滴垂らした。慎重な柚香も隊長さんが脱ぎだしたのを目前にして、副作用などの経過観察することなく二回ずつ点眼した。
 俺は2ダース渡された。ストーカーになった人は言いなりだから、点眼するのは容易だろう。

 柚香と二人ならば東松山市の動物園にコアラを見にいこうと計画していたけど、役場のとなりでランチする。慎重な柚香も会計がモスガールジャーと聞いて参加した。サングラスもマスクもはずす。やっぱりかわいい。金髪に黒ぶち眼鏡がよく似合う。
 ピザを三枚頼んで四人で分け合う。
 目の前に並ぶ二人を見ると一月前が懐かしい。あの時は俺に熱い目線をかけていたが、今はピザにしか興味はない。またグレイマンに戻ってしまった。でも女性客が来た。サングラスをしないと。

「そうだった。返さないとね」
 茜音がバッグを開ける。
「あの二人に、あんたから渡して」

 大田区で伊良賀紗助の捜索に用いた端末だ。あの二人とは仮面ネーチャーのこと。失礼な話だが、正義オブ正義の彼らはモスガールジャーと接点を持ちたくないらしい。

 そう言えば俺が初めて召集される直前、強大な悪さえ倒すルーキーが現れるのではと、みなが予感していたらしい。嵐の前の不穏な空気に似たものを感じたらしい。そして、その正義に選ばれしものは男であれ女であれ、仮面ネーチャーに現れると思われていた。なのに、俺はモスガールジャーに登場した。正義のためならどこでもいいけど。

「見せて。蘭さんは僕に持たせてくれなかったから」
 隼斗が手を伸ばす。柚香が、中学生男子がって顔で渡す。
「勝手に電源が入る。やっぱりごく微量の精神エナジーを高位エネルギーに転換しているね。雪月花でいう魔法……。茜音さん、マップが黄色いよ。それって」

「紗助君が近くに?」茜音の顔が青ざめる。

「それども……マンティスグリーン」
 柚香も緊張した顔で俺を見る。その頬が赤らむことはなかった。
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登場人物紹介

相生智太(あいおいともた)

20歳

大学二年生

龍、陰

スカシバレッド

スカシバレッド

モスガールジャーのエース

清見涼(きよみりょう)

22歳

大学四年生

鶚、村雨

エリーナブルー

エリーナブルー

モスガールジャーの実質リーダー

睦沢陸(むつざわりく)

23歳

フリーター

猪、貫、西瓜

シルクイエロー

睦沢陸

たっぷり女性ホルモンを授かったバージョン




シルクイエロー

モスガールジャーの陸戦巨乳隊員

壬生隼斗(みぶはやと)

14歳

中学二年生

巨樹

スパローピンク

壬生隼斗

すっかり健康になったバージョン

スパローピンク

モスガールジャーのちびっこ隊員

芹澤陽南(せりざわひなた)

17歳

流星、向日葵

キラメキグリーン

キラメキグリーン

モスガールジャーのニューグリーン

夏目藍菜(なつめあおな)

21歳

無職

勇魚、雲、寛容

与那国三志郎

与那国三志郎(よなぐにさんしろう)

モスガールジャー司令官

木畠茜音(きばたあかね)

20歳

大学二年生

鸚鵡、耀

アメシロ

アメシロ

モスガールジャー指令室参謀

落窪一狼太(おちくぼいちろうた)

35歳

夏目藍菜の用心棒兼諸々

山犬、恨

ウラミルフ、リベンジグレイ

リベンジグレイ

モスガールジャーの切り札

伊良賀紗助

21歳

レジスタンス叛逆者

草原

モネログリーン

モネログリーン

モスガールジャーの元隊員

陸奥柚香(みちおくゆか)

19歳

大学二年生

雪割草、蝙蝠

白滝深雪

陸奥柚香

金髪やめて高校時代に戻ったバージョン

白滝深雪(しらたきみゆき)

雪月花の癒し役

白滝深雪

銀髪バージョン

白滝深雪

スーパー魔法少女「黒神子」

竹生夢月(たけおゆづき)

18歳

高校三年生

鳳凰、惨

紅月照宵

紅月照宵(こうづきてるよ)

雪月花の真打ち

紅月照宵

ス-パー魔法少女「身分を隠すため町娘に変装したお姫様。お祭りだって初体験。女剣士に憧れ中。でもその実体は?」

お祭り娘バージョン

深川蘭(ふかがわらん)

25歳

社会人

胡蝶蘭、蛟

紫苑太夫

紫苑太夫(しおんたゆう)

雪月花の仕切り役

紫苑太夫

スーパー魔法少女「華柳」

亀の隊長さん

29歳

地方公務員

甲羅、機動

動的亀甲隊隊長

動的亀甲隊隊長

四名の配下戦闘員と長い脚の亀型兵器で戦う

相生桧(あいおいひのき)

15歳

高校一年生

相生智太の妹


町田さん

フリーの看護師

焼石嶺真(やけいしれま)

19歳

不明

虎、渡鴉

レイヴンレッド、元ヤマユレッド

レイヴンレッド

布理冥尊五人衆

ヤマユレッド

元モスガールジャー隊員

与謝倉凪奈(よさくらなな)

14歳

中学二年生

夜桜、猟犬

ハウンドピンク

ハウンドピンク

布理冥尊五人衆

押部諭湖(おうべろんこ)

13歳

中学二年生

貉、妖精

穴熊パック

蒼柳(あおやぎ)

布理冥尊五人衆

言霊、??

フェローブルー

刀根(とね)

第三方面軍直轄突撃団副長

銅、土

トンネラー

茂羅(もら)

第三方面軍温泉ランド区副司令官

苔、慈

コケライト

佐井木(さいき)

本宮護教隊地方管理部フルーツランド担当

犀、念

サイキック

銀山(ぎんやま)

第三方面軍フルーツランド支部長代理

勝虫、彷

シルバーヤンマー

禿尾(はげお)

第三方面軍直轄渉外隊隊長

銭、任侠

ゼニヨコセー

香山(かやま)

第五方面軍特務隊員

蚊、童、群

モスキッズ

織部(おりべ)

布理冥尊五人衆

花蟷螂、嘲

マンティスグリーン

マンティスグリーン

芹澤の父に擬態中

綿辻(わたつじ)

親衛隊(五人衆付)

蒲公英、迷

メーポポ

大賀(おおが)

布理冥尊五人衆

鬼、痴

オーガイエロー

五木田(ごきた)

親衛隊(五人衆付)

噴射、汚

ジェットゴキ

原田(ばるた)

第三方面軍彩りランド支部長

ヴァルタン征爾

忍者、幻

春日(擬態中)

レジスタンス本部

粘土、鹿

ネンドクン

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