40 巻き込まれてやるべ
文字数 4,035文字
彦根城のてっぺんで、パジャマ姿の柚香が蒼白になった。
「なんで戦うの? もう智太君に戻れないよ。夢月もなんで加担するの? なして
顔を手で覆って泣きだしてしまった。
「柚香ごめんね」
「ごめんなさい」
二人は謝るけど、それよりも芹澤と岩飛だ。なぜに現れた? しかも、
「二人を救うために沖縄に戻りましょう」
「やだ」
制服姿のかぐや姫にきっぱり拒絶される。スカシバレッドに滋賀から沖縄まで飛ぶ自信はない。
「清め給へ、隠し給へ」
再び深雪になった柚香が天守閣を結界で覆う。
「岩飛は花鳥風樹だよね。同じチームの桧ちゃんとパックが倒せるはずない。グリーンはどうだろう? 私ならば……魔女を蘭に当てはめて、乱入していきなり殺されたら、許せない。ミイラ手前にして這いつくばらせてから殺す」
「やっぱり戻ろう」
「やだ。妹ちゃんは緑モスを殺さないよ。焼石も」
……焼石は知らぬが、たしかに桧が芹澤にむごい仕打ちをするはずない。この二人の前で口にだせぬが、そもそも花鳥風樹は雪月花とは違う。
更にそもそも、昨日からスカシバレッドは端から裏切っている。恩を仇で返すのに岩飛と芹澤が加わるだけだ。謝罪リストの行が増えるだけだ。
「先輩が本部にいる。まずは奪還する」
白い深雪が強い眼差しを向けてくる。
「いっそのこと本部を倒そう。そしたら魔女が許してくれるかも。そして智太君に戻してくれる」
なんてか細い選択肢だ。ペンギンとヒマワリはすでに頭から抜け落ちているみたいだし。
でもきっと、あの二人ならばスカシバレッドのこの言葉を待っているはずだ。
「千由奈もその兄も救おう。姫りん行きましょう」
「うん!」
「姫りんって呼ぶの? ……お姫様か」
白い深雪が二人から目を逸らす。
「ここは焼石にばれているから移動しよう。蘭に連絡しよう」
***
ミカヅキリムジンは時速120キロほどの自動運転で南紀をめざす……。今さら自分に戻してくれる申し出を断った後悔が、紀伊半島年間降水量ほどに積もっていく。
「グループ通話にしろだって」
深雪が通話の途中で言うので、雪月花の端末をだす。
『情報は来てないが、三人はトリオスの二人も倒したのだな』
「私がです。そうしないと夢月と智太君が連行されて殺されました」
「蘭。赤ちゃんは分かった? 男の子? 女の子?」
『おそらく女だ。今から本部を三人で倒しに行く。なので所在地を教えろと言うのだな』
「船なのは分かっています。作戦は今後丁寧にします。深雪の結界に隠れて侵入し、夢月の朔で千由奈と兄を取り返し、私がハゲともう一人をぶっ倒します」
『緻密な計画だな。話を戻すが、お前は沖縄でまた魔女を倒してきたのか。大活躍だ』
「私だって月明かりを当てたよ。百夜目鬼は弱くなっていたよ。次は激よわだよ。でも妹ちゃんは強い。カラスとパックもすごく怒っている。もう殺しにいけないかも」
『行かなくていい。緑モスとペンギンが捕虜になったのは夏目に伝えておく。おそらく麻酔を打たれてその場で寝かされる。離脱できないようにな』
「蘭もいつもしていましたものね。それと、星空義侠団の所在も探っていただけますか?」
十秒ほど間があって、また蘭さんが話しだす。
『魔女はもう倒すな。その年齢なら精神エナジーの死に耐えられない。おそらく実体も同時に死ぬ。人殺しになるぞ。つまり布理冥尊に関わるな。
星空義侠団は東海チームのアジトにいる。だが関わるな。仲間をこれ以上倒すな。
……本部ではレオフレイムが待ちかまえている。彼女が暴走しようが、三人が力合わせればたやすく倒せるよな。だから本部にも関わるな。穂村まで
「……何をすればいいのですか?」
深雪が尋ねる。
『櫛引博士を探せ。――夢月。鼻歌混じりで、どこにいるかなって空から探索しろ。一年以内には見つけられるだろ。その頃には混乱した状況も変わっている。……私は仮面の二人とともに、回復した霧島さんたちに詫びる。お前たちの許しを請う。あの人たちはきっと許してくれる。
今回の責任は私にある。自分の都合でみんなを置いて引退したせいだ。おのれのけじめのために動く。だから、もう、絶対に、仲間を傷つけるな。傷つけないでくれ。これ以上のことをしでかしたら、私は紫苑太夫になるしかない』
「蘭、妊娠しても変身できたんだ! だったら今から一緒に戦お! 本部をぶっ倒そう!」
「夢月、そう言う意味じゃないよ。二人がこれ以上破壊活動を続けるならば、おなかの赤ちゃんを犠牲に私たちを倒すって言っているんだよ。だから蘭に従おう」
一度殺されたとしても、心のどこかで復讐を誓っていたとしても、さすがに今となっては蘭さんを倒せない。生まれてくる女の子のためにも変身させられない。
「分かりました。櫛引博士を見つけます……けど、あの人はなぜにいなくなったのですか?」
『博士の頭の中など、お前らの脳みそよりも分からない。……仮に追われて追いつめられても、夢月は絶対にマントを使うな』
「柚香は使っていいの?」
「私は精霊にならないって分かっているからだよ。蘭、ありがとう。また連絡してもいいですか?」
『当然だ。私はお前たちの味方ではない。保護者だ』
グループ通信を終える。眼下に奈良盆地が見える。結界越しでも寒い。焼石にジャージを借りてから魔女を倒せばよかった。
「ところで夢月はどこを目指しているの? アドベンチャーなワールド? 行くはずないでしょ。パジャマを着替えたいから私の家に向かって」
「うん。ミカヅキ!」
ミカヅキリムジンが小さくシャープになる。みんな飛べるから落下することはない。
「スカっちは深雪を抱っこしたらダメだから、深雪が一番後ろね」
ミカヅキが音速を越える。深雪がスカシバレッドへ必死にしがみつく。俺はもはや余裕。鼻歌混じりだ。
***
柚香の部屋には本部の戦闘員が五名待機していた。
「タバコ吸いやがった。……ひどい。こんなに荒らせる?」
深雪がまた涙ぐむ。
「起きろ!」
凍らされた戦闘員たちが動きだす。赤い二人とおかっぱ頭の黒い一人を見て悲鳴を上げる。二階の窓から逃げようとする。神楽鈴が鳴り、足だけ凍らされる。また上がった悲鳴は、結界の外には漏れない。
「私の下着で……。お前たちは石神井公園の裏の裏にもいるのか」
深雪が神楽鈴を一度鳴らす。
「あっちは仮面ネーチャーからダメだしされています。休業中の竹生堂も志願者はいません」
トイレ貸してと、かぐや姫が夢月に戻る。彼女が部屋からいなくなるだけで、戦闘員から安堵がこぼれる。
「私にはフォローがなくて、こいつは弱いとなめられたんだ。……アジトを教えろ。嫌ならば一月以上目を覚まさないほど吸ってやる」
「す、吸ってください。布理冥尊の頃から推してました」
志願者が二名、深雪に首へと唇を当てられて、恍惚の表情でミイラになり粉になり消える。
「メインランド総本部はサンプラザ区にあります。北口から徒歩五分の複合施設の地下に、ネットカフェに偽装した隠しアジトがあります。……約束が」
命乞いもゆるされず、残りも粉となり消える。
黒神子が口もとをぬぐい、穢されてない衣服を選ぶ。
「夢月、
ユニットバスルームへと声かける。
「ここに誰も現れなくしてやる。その前に寝る。私は沖縄のビーチまで離脱したくない」
柚香が汚されたベッドのシーツをはがす。子猫の瞳で眠る。
手持ち無沙汰。スカシバレッドは部屋を掃除する。夢月は柚香の寝顔をスマホで撮る。……一緒に寝ころび自撮りするではないか。コレクションしているらしいけど見せてくれなかった。
***
三十分後に柚香はタイマーで目覚める。
「この服とこの服とこの下着全部。タオルとバスタオル。目覚ましと充電器と枕……コートも必要だね。変装用サングラスとマスクもスタンガンも。これ全部朔で運んで。無くさないでね」
「うん」
「博士を見つけるまえに、下っ端を消し去ろう。奴らは布理冥尊を裏切った連中だ。裏切り者はなんであれ許ざね」
「うん! ミカヅキ! 月の引力!」
「だめ!」
部屋の壁まで破壊されかけた深雪を乗せて、エアサーフィンボードは中野区を目指す。取り残されたスカシバレッドが慌てて後を追う。真っ昼間に丸見えだけど仕方ない。ミカヅキも結界を張り忘れているし。
***
蘭さんからグループ通話で連絡が来た。
「二人とも話しできないそうです。聞きたい件なら分かります」
スカシバレッドだけが端末をつなげる。
「ちなみに私は作戦行動に参加していません。到着したら終わっていました」
『私が心を込めて説得しました。三人は心を入れ替えます――。喋れる程度に回復した出雲さんと話している時に、第一報が来た。決起大会で集結していた本部戦闘員総勢四百人をすべて、
貴様はぼーと聞いているな。柚香をだせ。夢月に換われ』
同系列私鉄が交差した駅にある柚香の母校の屋上で、スカシバレッドは深雪を見る。戦闘員に下着をかぶられていた彼女は冷静さを取り戻したけど、首を横に振る。かぐや姫は聞こえないふりをしている。
「櫛引博士を探す過程で邪魔されました。仕方なくです」
正義の味方でも窮地には嘘をつく。
『本当か? 本部が博士を拉致していたのか? ……奴らに確認する。みんなにも告げる。今度こそおとなしくしていろ』
通信を切られる。
スカシバレッドはちょっとだけ考える。
「行きましょう。誰よりも早く博士を見つけましょう」
「うん! ミカヅキリムジン!」
「清め給へ、隠し給へ」
ミカヅキは隠してもらったし、スカシバレッドも乗せてもらえた。太った紅い三日月は意味不明に甲州街道を西進していく。