10 エリート戦闘員相生桧
文字数 3,706文字
お兄ちゃんを見習え。正義のため。お父さんお母さん、桧に勇気を与えてください。
「こんちは、浜松運輸です。お届けものです」
岩飛さんがドアホンに応答する。この人は堂々としている。
ドアが開き、目つきの悪い二十過ぎの男が覗く。
「品物は?」男の問いに。
「この女」と、後ろ手に縛られた湖佳を突きだす。「会社独自で動いているので、船には連絡はしないように」
浜松運輸とか会社は親衛隊のこと。船とは本宮。符牒は千由奈から聞いている。
「鎌田さんどうします?」男が背後に声かける。
「入ってもらえ」室内から返事が戻る。
私は深呼吸して最後に入る。土足のままでいいみたい。
アパートは外見では分からなかったが、一階の四室が中でひとつにつながっていた。ソファのある部屋に通される。
「大根区統括の鎌田です。出身は違いますが」
三十歳ぐらいの男が岩飛さんに会釈する。練馬区を馬鹿にしているのか!
「同じく堂間です」もう一人の男も挨拶する。どちらも怖そうな顔とだらしないスタイル。頬に傷があるし。
「私は岩飛。本来は彩りランド支部所属で、今は黒岩隊長直属で働いている。特殊任務はテロリストへ潜入して裏切り者を見つけだすこと。なんで、もしかしたら私自身も裏切り者リストに入っているかも。
連中にばれないように、通信器具は持たされていない。最寄りの支部に駆け込む手筈だった」
この人はぺらぺら嘘を喋る。湖佳は床に転がされている。気絶している真似のはずだけど、ほんとうに意識がなさそうで不安になる。
私は言われたとおりに、椅子に座る岩飛さんの背後に立つ。何かあったら飛びだして、お兄ちゃんたちへ連絡をする役目。
道ですれ違いたくないお兄さんが、座る三人にお茶をだし退室する。
「ふうん」鎌田がお茶をすする。「まだ親衛隊は活動していたんですね。私たちは護教隊所属と言っても、お宅らみたいな活動はしていない。集金だけだ」
「正直に言って迷惑だ。いまさら厄介もごめんだ。通信を貸すので、すぐに出ていってくれ。車をだすぐらいは手助けする」
堂間がつけたす。コードネームだと、どちらがカマドウマの精霊か分からない。
「……分かった。表で連絡するから寄こせ」
岩飛さんが一人だけで出ていく。
「あんなのが親衛隊かよ。質が落ち過ぎだ」
彼女に聞こえるぐらいの大声で堂間が言う。
「奴らが大司祭長の教えに沿わずに活動したから、こんなことになった。これからは布教と地道な集金に専念すべきだ」
「姉ちゃんもそう思わないか?」
鎌田が私へと笑いかける。偽りの体を目でなめまわされる。私は返事しない。
「ここで処刑するに決まった。遺体もここで処分して欲しい」
岩飛さんはすぐに戻ってくる。
「お前たちのどちらかは原理主義だよな?」
意味深に笑う。
化け物は耐えられず名乗りを上げる。他の者を追いだすか、湖佳を連れて別室に行く。一人になったところを千由奈が暗殺。あとは岩飛さんが「彼は本宮に呼ばれた」とか言って、半日であろうと時間稼ぎする。口封じのために余計な人まで倒さない……。
「生身を喰えって言うのか? 俺たちは人殺しじゃないし、精霊さえ襲わない。原理主義だからって誰もが糞にまみれているわけではない」
鎌田の押し殺した声。
「岩飛さん、裏切り者を連れて出ていってくれ。俺たちはもう
堂間が立ちあがる。
「全員を呼べ! お見送りだ」
これぞチンピラって感じの七人の男たちに囲まれて睨まれる。
桜の花びらが舞った。
「諭湖の作戦は失敗だったな」
ブレザー服姿の千由奈が入ってくる。ツインテールの幼げなヘアスタイルが、逆にませた端正な顔立ちを強調させる。その手には桜の枝。
「凪奈、すみません。ですが聞く限り、彼らは真面目に活動しています」
湖佳が何食わぬ顔で立ちあがる。その体がビキニ姿になるなり消える。
「池袋線沿線どもが、親衛隊を舐めるなよ!」
岩飛さんが巨大なペンギンに変わる……。池袋線《ども》だと? もしかして、この人は東上線沿いが実家?
それどころではないでしょ! 南極トビーが我が家より低い天井を突き破ってしまった。
チンピラたちが逃げようとする。
「花筏」
千由奈が手にする枝から無数の桜の花びらが漂いだす。男たちに貼りつく。ピンク色に変わった男たちが倒れていく。溶けていく……。
「最初からうまくいくはずない。どちらが原理主義だ?」
彼女は残された二人を睨む。
「あんたはハウンドピンクさん。勝てるはずない」
堂間が手を上げる。
「……俺の特性は
鎌田も手を上げる。
「噂は本当だったのか。あんたはテロリストに寝返ったのだな。ウィローブルーも。……俺たちを連行してくれ。俺たちも力になる」
「ハウンドさん!」
いきなり堂間が土下座する。
「鎌田は悪い人間じゃない。原理主義など何かの間違いだ。本部にも、それを伝えてくれ。さもないとこいつは――」
私は見ているだけだ。おとなの男二人が千由奈に怯えてきっている。小さい女の子に……。私もやがてそんな存在になれるのだろうか。
なりたくなんかない。
「分かった。戦闘員は退室しろ。諭湖もだ」
千由奈が初めて私に目を向ける。
「トビーは邪魔にでかい。小さくなれ」
――桧殿、行きましょう。
耳もとでささやかれる。私であるエリート戦闘員は、ただ突っ立っているだけで初めての戦いが終わった。カマドウマの化け物を見ずに済んだ。
「もう着替えていいよ」
ドアを開けるとお兄ちゃんがいた。スカシバレッドから戻っている。
「またその服貸してね」
私服の夢月さんがお兄ちゃんにぴったりと張りついて、目を細めて笑う。
二人は入れ違いに部屋に入る。私服のままで。
向かいのビルの屋上は結界に包まれたままなので、そこで私は急いで着替える。湖佳が手伝ってくれた。
……すれ違ったとき、やっぱりお似合いの二人だと感じてしまった。でも認めない。怖さは充分すぎるほど聞いているけど許せない。自分が倒しておいて、湖佳に『また殺られろ』なんて、普通の人ならば言えない。あの女こそ悪だ。力と容姿で許されてきた。お兄ちゃんの目を覚まさせる。
千由奈がハウンドピンクのままで非常階段を登ってきた。
「飛べる特性は湖佳だけか。力がないから他人を運ぶなんて無理。誰でもいいからエアサーフボードを出現出来たら……。桧の特性も次には分かるかもな。ふう」
精霊なのに、これくらいで息が上がっている。
「お兄ちゃんたちは何しに来たの?」
千由奈に尋ねる。当初の予定にはなかった行動だ。
「ふん。私が想定外の展開に慌てふためくと思って、手助けに来た」
千由奈が枝を上に振る。結界に輝く花びらが貼りついて、プラネタリウムみたいに綺麗。
「私だけで終わらせたから心配するな。ポイントは花鳥風樹で独占で、取り決めどおり逆ドント方式でレベルの低い人から割り当てる。
トビー、ジュースを四本買ってこい。お菓子もだ。初陣の祝勝会をここでする。……やっぱり一緒に行こう」
私服に戻った千由奈が岩飛さんと階段を降りていく。
「終わらせたってどういう意味?」湖佳に聞く。
「戦いが想定通りに終わることなど過去にございませぬ。原理主義が無抵抗に降伏するとも、その仲間が必死にかばうとも思いませんでした。単純明快にお伝えすると、兄上殿は二人を処刑するために夢月殿と現れて、ああ……、千由奈はおのれの手を汚したのです」
命乞いした人たちを?
「それは正義じゃない。そんな奴らと一緒に戦えない」兄であろうと。
「桧殿ではそう答えるでしょうな。でも戦いとは、おお、こういうものなのです。綺麗事で終わらせられる正義などございません。結界内なので口にだせますが、布理冥尊だろうと、レジスタンスだろうと」
私は千由奈が作ってくれた桜色の星空を見上げる。……こんなのは正義じゃない。倒されたあの二人は、今ごろベッドで苦しんでいるのだろう。その後は戦闘員?
一方的に押し込んで言い分も聞かず、破壊して倒して去っていく。どんなに相手が悪であろうと、これはレジスタンスなんかじゃない。テロリストだ。
「桧殿がいま心に思うもの、私にも伝わりますぞ。だが存在を知ってしまった以上は耐えましょう。勝てばレベルが上がります。私に例えれば、レベル85で変げが可能となり、レベル100で生身の傷を治せます。虫歯や水虫は無理ですな。あくまで純粋な外傷だけです。だがその力が、愛する友のため愛する兄弟のためになるならば、ああ、その先に導きがございます」
湖佳が隣に座る。しばらく一緒に星空を眺めた後。
「私だってまだ迷っている。桧さんが耐えられないのなら、すべてを捨てたいのならば、その時は私も付き合いたい。……心からの友だって捨てるから、桧さんに付き合せて欲しい」
まだ深くは考えない。この子は千由奈相手じゃなくても普通の喋り方ができたんだなと、ほほ笑みだけ返す。非常階段を登る音と、岩飛さんの賑やかな大声が近づいてきた。