10 花に雪に月
文字数 3,148文字
花魁は俺へと言い、シャリンシャリンとブルーのもとへ向かう。紫色が基調の絢爛過ぎる衣装。香り立つほどに手間がかかった化粧。背高い下駄や飛び出たいくつもの
「シルクはもたなそうだね。エリーナよ、与那国の旦那は雲の上かい? 人質はあたいらに任せて、シルクを連れて撤収しな」
「お蘭さん。あなたたちが来るのは、まだ二十分も先のはずでは?」
「全員揃うのがね。あたいはまことに偶然の、有休つけての群馬温泉巡りだった。こいつらなどあたい一人で充分だが、あいにく人質が三人もいる。盾に使われたら分が悪い。で、申し訳ないが連れが来るまで、あんたらを見捨てさせてもらった。……だが、この子の必死な戦いっぷりを見て、お蘭様の義の心がむずむずしちまった」
喋りっぷりは芸奴というより賭場の姐さんだが、彼女が危惧したとおり、コケライトたちはすでに人質のもとに集結していた。人々の首へと刀を向けている――。眼鏡の女子高生とまた目が合った。彼女はなおも俺へと期待の目を向けている。立っているのが精一杯のスカシバレッドへと。
脳がさあっとするようなよろめきを耐えて、口に溜まる血を吐き捨てる。……しかし寒いよな。出血の仕業かも。
「レッドをよろしくお願いします」
ブルーがイエローを抱えてよろよろと上空へ飛ぶ。落とさないようにと祈るそばから、淡緑の光が彼女たちへと飛んでいく。
「チンケな真似をするんじゃないよ」
お蘭さんの簪から発した紫色のビームが光弾をかき消す。俺のもとへやってくる。
「なおも立ち続けるお前さんには、あたいらの戦いを見せてやる。お勉強になるだろ。
そうは言ってもどうしたものかね。下手に動くと連中はあの人たちを傷つける。保護しちまえば、モスキャノンでさえ片を付けられるのにね」
縛られた人質たちを憐れむように見つめる。
モスキャノンとはモスプレイに装備された唯一の武器だと、茜音から聞いている。威力がありすぎて扱いづらいとぼやいていた。
「しかし昨夜に輪をかけて重すぎる任務」
お蘭さんがぶつぶつ言っている。
「本部が意図的に……」
ひんやりとした風が吹いた。
「お待たせです。彼女がレッドですか? ……やっぱり擬態した雄?」
北風のように、俺たちの前に巫女が現れた。
シンプルな白衣と緋袴。俺へと嫌悪の目(小猫みたいな吊り目だ)を向けているが、黒い長髪をシンプルに結んだこいつは清楚で綺麗だ。薄化粧にオーソドックスな巫女装束が似合いすぎている。抱きしめたくなる華奢さ加減で155センチぐらいの同年代。
「そう言うなって。青モスから聞いたが、私がたまたま近場にいなくても、じきに集結できる予測みたいだが」
「それは
「仕方ねえな。――新入り赤のコードネームを聞いてなかったな。深雪も来たから自己紹介しろ」
満身創痍の俺に命令するなよ……。やばい、目が霞んできた。
「ひどい傷。こんなにも戦ってきたのね」
よろめいて巫女に受けとめられる。
「私は雪月花の雪である
その手に神楽鈴が現れる。
無数の鈴の音と清廉なお香の香りに包まれながらようやく気づく。雪月花は本体も女だと……。
幻覚? 俺へと粉雪が降りそそいでいる。なのに暖かい。雪は俺を覆っていく。ひとつの巨大な結晶となる。
その中へと包みこまれる。
***
結晶の中は鏡だった。俺じゃない。スカシバレッドが写っている。水たまり以来出会えた彼女は、自分を呆けたように見ている。そんな顔も可愛すぎる。
強い目。なのに
髪の色は想像した通り赤だ。でもスパローピンクみたいにド派手な色をチョイスしていない。生まれついてのナチュラルな赤毛……。
彼女はなにも着ていなかった。俺は赤面しながら自分の体を隠す……。ちょっとぐらいならいいよね。
でも結晶は溶けていく――。
***
「もう回復したのかよ。精神エナジーが高すぎじゃないか?」
お蘭さんが呆れた目で見ていた。
「それより人質です。囚われが三人だと失敗の可能性を捨てきれませんが、じきに奴らは見せしめに耳を削ぎますよ」
深雪は俺を抱いたまま布理冥尊たちを睨んでいる。
膠着状態に飽きて
俺の体は完全回復していた。また戦える。
体のラインを隠す巫女姿だが、抱えられているから分かる。深雪は痩せていてもしっかりしたバストの持ち主だ。だが、いつまでもそこを枕にしていられない。
俺は立ちあがる。
「私の名はスカシバレッド。この国の平和を守るため転生してきた」
彼女ならば礼もそこそこに、そう言うに決まっている。そして、こう続けるだろう。
「すぐに救出しましょう。私が
呆れ顔を向けた二人が、俺の目を見て、強くうなずく。
「あんたのハートを見せてもらおうか」
「もちろんフォローはする」
二人はジェットコースターが動きだす直前のような、スリルを待ち兼ねた顔になる。人質の命もかかっているのだぞ。
でも、その機会は来なかった。
林道を猛スピードで登るエンジン音がした。
「魔法を使わずバイクでだと? だとしたら早過ぎだ。あいつ、無免許でなおかつ高速道路を使ったな」
お蘭さんが苦々しげに遠くを見つめる。
「道案内の必要なし。榛名山付近としか知らないのに、どうやれば自力で来られる?」
深雪も見つめる林道の先にライトが現れる。荒れた道などお構いなく、大型バイクが広場に突入する。鋭角にターンして荒々しく止まる。
敵も味方も魅入ったように見つめる中、運転者はエンジンも止めずに座席から降りる。点けっぱなしのライトに照らされる。
夏のセーラー服。ヘルメットをはずす。赤茶色に染めた長髪が無造作に降りる。意志の強げな凛とした顔。
オーラを感じた。
「新入りでも聞いたことあります? あれが雪月花の月。私たちの、いや我が組織のエース」
深雪が誇らしげに彼女を見ている。
「200段階のレベル分けだと評価不能。絶対的レッドの
「遅えんだよ。エンジンを止めろ」
お蘭さんが紅月を笑う。
紅月が振り向く。その目線で、バイクが静まり闇に戻る。またこちらへとゆっくり歩きだす。抱えたヘルメットが消える。
「これまでだな。猿からやり直しだ」
糞エリートの諦め声が聞こえた。
茂羅が電話を終える。また緑色の姿へと変身する。さらに
その姿に人の面影はない――巨大な芋虫。これでもかと光りだす。
縛られた女の子の絶叫が、緑色の光に包まれた森に吸われていく。
ピロリンと手首から音がした。モスウォッチまで復活していた。
識別が完了しましたと、余裕を取り戻したアメシロの声がする。
名称 コケライト
所属地位 温泉ランド管轄スカウト部長
特性 苔 慈
ライフ 76/76
コンディション 99%
レベル 75
ボーナスポイント 不明もしくは0
化け物になど興味ない。興味なきことは耳に入れない。俺はただ紅月という女を睨む。こいつはあの子と同じくらいかわいい。
こいつは俺の視線を感じとる。……にっこりと会釈しやがる。