33 ちっぽけな俺と歩く人
文字数 2,644文字
「あなたは何をやっているの?」
母が一切受け入れるはずなかった。
『自分の信念を貫け』
社内で意見を貫き中国に飛ばされ中の父は、何も聞かずに受け入れてくれた。じきにビザを修得できたら母は父のもとに行く。しばらく戻ってこない。妹は日本に残る。
岩飛と千由奈と湖佳。三人の元布理冥尊を我が家でかばう件は、元雪月花の三人、元司令官、現上司の二人に知らせた。相談でなく通知。
『なにかありましたら力になりますよ。力にならしてください、グヒヒヒ』
落窪さんが連絡を寄こしてくれた。茜音にも伝わっているだろうな。
……力になって欲しい。
押部諭湖であった洞谷湖佳は、贖罪のごとき精神状態だ。教えから逃れて生き延びたと中学二年生が塞ぎこんでいる。さらには俺が性フェロモンの種明かしをしてしまい、俺の顔をまじまじ見て、彼女はすべてに不信となってしまった。
俺に代わり、与謝倉凪奈であった春木千由奈が彼女を支えている。その子たちを、すべてを受け入れた相生桧が支えている。
最年長の岩飛は役に立たない。本名は聞くたびに変わる。でも精霊の力が残ったままの五人衆である千由奈を恐れているので、掃除洗濯係を言われればやる。俺は食事片付け係ぐらいは手伝う。調理係はローテーションで、俺は加わらない。当然だ。
湖佳も、湖畔を渡るそよ風程度には、ごくたまに笑うようになってきた。今のところは楽しい瞬間もある。それでも、裏切り者パイオニアのリベンジグレイにいずれ顔をだしてほしい。テントで一人いるときが心休まる生活。後悔はしていなくはない。
隼斗は三日後退院した。陸さんは三日後お店を再開した。芹澤は住み込みになるそうだ。
清見さんの意識は戻らない。
モスガールジャーに以後指令は来ないらしい。それは仮面ネーチャーも同じだった。レジスタンスは一日のうちに関東管轄の二チームを壊滅させられ、布理冥尊はその翌日に門番三体を倒され、五人衆に裏切られた。どちらもが致命的ダメージ。
今の静けさは、まるでファイナルラウンド前のインターバル。
……あの病院の屋上で、千由奈を追う俺の足を夢月はつかんだ。思い切り蹴り返したけど、彼女は避けようとせず手を離した。俺の意思を汲み取ったかのように。
なんで巻きこまなかったのだろう。本宮内で十五夜だせば、それで終わりだったのに。そんな簡単に済むはずないと思う気持ちは負け惜しみで、俺が夢月を道連れにするのを避けたのだから仕方ない。
でも、本宮に居住する生身の布理冥尊たちを道連れにしていた。これは負け惜しみではない。
俺が龍になったことは誰も知らない。千由奈が口外するはずない。
あれはハウンドピンクとともに変身したからに決まっている。通常の変身もしくは転生ならば、どんなに怒りに駆られようがあの力は湧いてこなかった。あの姿がどんなに強くても、二度と化け物になりたくない。
これからもスカシバレッドの姿だけで戦い続ける。
夢月の素性が明るみになった件の影響は、今のところほぼ何もない。ただし向こう側の末端にも情報は流れたようで、彼女の学校の生徒数名が逃げるように退学した。素性は丸分かり。本部が追跡したところ、幹部補が一名、エリートが一名、上級が三名だった。未成年だからこそ再教育らしい。
何も知らない中級戦闘員以下が、今も夢月と通学しているかも。命は大事に。
他にも色々あるけれど、ひとまず明日には解決しそう。二学期が始まって最初の土曜日である明日。俺と柚香は本部に呼びだされている。喚問って奴だ。
***
藍菜が影のオーナーであるあのビルのあのレストランで、それは行われる。俺たちは十分前に集合する。
東上線の改札前に、柚香はもういた。『昼は蝶』のときと同じスーツ。長袖シャツ。来年の夏まで彼女のタンクトップは見られない。来年の夏なんてまだ想像できない。
「ぜんぜん待ってないよ」
黒縁眼鏡で見あげてくる。
「ブルーはまだらしいね……」
今日は控えめな、深雪ぐらいの程よいメイク。彼女の白い肌に一番似合う……。
しゃちほこランドでレオフレイムに襲われて、声を三度漏らしたらしいよな。女同士だからなのか、俺に博多出身の京大生への怒りが湧かない。むしろ倒錯した羨望が……。
顔立ちが九割で残りの一割だった彼女の小柄な体を眺めてしまう。秩父の丘程度のお尻、房総半島の台地ほどの胸。でも耳にかけた髪とうなじ。防御力に比例したような華奢な肩。夢月が夏の柑橘ならば、柚香は冬の柑橘の香り。
そんなことより俺も白シャツにスーツパンツ。窮屈だけど中学高校と似たような服を毎日着せられていたから平気だ。
「絶対に途中で席を立たないでね。……でも正直怖いね」
俺は怖くない。俺たちに何かあれば、前線で戦う大人たちが黙っちゃいない。何かあれば、俺は柚香を守るだけ。なんて思ったのに。
「サングラスをかけていけないよね。外してみようよ」
とんでもないことを言いだしやがる。
「これがないと、柚香は俺を罵倒したくなる」
「大丈夫だと思う。私が智太君を信じる心のが強い」
西新宿の病院屋上で、彼女は俺を見るなり鼻にしわを寄せた。やられた方だけ気づくなんてよくある話だ。ここで素顔をさらすと、『こんな男さと同じ部屋にいられねえべ』と家に帰り、本部の怒りが極限に達するかもしれない。
「ダメだよ」と俺は首を振るけど、サングラスは魔法で消される。
和光市駅南口のざわめきは八秒。
須臾じゃないし久遠でもないけど――。
「ほ、ほら平気」
柚香がひきつった笑みを浮かばせる。
「わ、私は智太君を信じているから。だから、チーム分けを一人で同意したことも許す。……だから、みんなを守れなかったことを許して。口先だけでいいから、お願い」
脂汗を垂らしながら俺を見つめる。
戦いをはやく終わらせたい。彼女がこんなことに悩まないでよい日々。心も体も傷つけずに済む日を迎えたい。その時には、俺のフェロモンももとに戻って欲しい。
「最初から責めてない。俺こそ許して」頭を下げる。
「許した」柚香が強張りをはがすように笑う。
二人は並んでビルへと歩く。手はつながない。そこまでは望まないけど、サングラスを返してほしい。道行く女子に舌を打たれまくりだし。
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