03 大森で柚香とデート
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藍菜の推測だと、グリーンを見つけるのは端末に頼らず野生の感で夢月。確保までは彼女にやらせる。そこで陸さんが必殺持ちネタのオネエ芸人の真似をして夢月を抱腹悶絶させて、その隙にグリーンを広尾に連れて帰るそうだ。夢月に追われたら、俺が見つめたり抱きしめたりして引き留めるらしい。
二十五歳が怒ろうが、いまの智太君ならば即死されないから心配しないでね、とのこと。
どうでもいいや。あと二時間で陸奥柚香と会える。殺された日以来。しかも二人きり。
「お兄ちゃん! 私が選んだその服、俺には似合わないとずっと着なかったのに。それに、高二の彼女以来の制汗剤の匂い……。桧も一緒に行く!」
「桧! お父さんが帰って来るじゃない。待っていてあげようね。……お父さんはお墓参りに行くそうよ」
父は妹夫婦の墓前に、あなたたちの子どもは元気に育っているよと報告に行く。娘だった桧も一緒に。
桧がうつむく。俺の心が揺れる。
「智太はお寺に行かなくていい。一人で出掛けて」
母親の言葉に従おう。母は、俺が妹に添い寝しているのを発見して、間違いを起こさないでと切願した。妹相手に間違いを起こすはずない。本当は従姉妹だとしても、それでも法律的に結婚を許されぬ相手に。調べてはないけど。
『赤と雪の集合場所は大森駅北口のエスカレーター下に十一時。大森は川崎の遠い親戚だと思っているだろうけど、れっきとした東京なのでリスペクトするように。米軍が中東砂漠で使用する濃度のサングラスを絶対着用と花より』
昨夜、司令官からじきじきにSNSで指示が届いた。大森は蒲田の親戚だ。それくらいは知っている。
京浜東北線でサングラスをしてうつむく。
おそらく柚香は俺と目を合わさぬようにそっぽを向くだろう。そして、『なぜ私と? また蘭に――』などと非難めいたことを口にする。俺と離れて、顔も合わせずに。
『俺がみんなに無理強いして柚香と一緒にさせてもらった。病室でのお礼をしたかったなんて言い訳だよ。ただ柚香と会いたかったから。ごめん』
『そんなに私を……』
思わず俺を見つめる由香。俺は顔を背ける。
『智太さん、あなたが毛嫌う報酬なんて関係なく私たちは結ばれるかも。お願い。あなたの顔を見せて』
そこでようやく俺はサングラスをはずす。俺の胸に飛びこむ柚香。
『すぐそばに水族館があるらしいよ』
『追いつめられた人をさらに追いつめるなんて私にも無理。カピバラを見に行っちゃおうか? へへへ』
柚香と深雪。女の子は髪型でイメージが変わるよな。しかも彼女たちの場合はバストがAからDに変わる。欺瞞の魔法でスタイルを変えるのだから、俺だって欺瞞の力をちょっと使うのは仕方ない。子猫の柚香と清楚の深雪。仲が深まれば二人と交互に……。
正義の味方だからって倫理観が強いわけではない。お互いが合意すればいいだけだ。
***
指示された地点に五分前に到着したら不審人物がいた。
日傘を頭に当たるほど低く差し、周囲を監視するためにか三十秒に一回それを上げる。その瞬間に覗くと、ソマリアの海賊が重宝しそうな濃さのデカいサングラスをした金髪ショートヘアの女の子が、白い布マスクで顔半分を覆っていた。
深くかぶった赤いバンダナとビリビリショートパンツは見覚えがあるけど、白色のタンクトップから見える肩が華奢で愛らしいけど、声をかけるのを躊躇してしまう。
「待った?」頑張って声かける。
柚香は跳ね上がるほどビクリとしたあとに。
「喋るな。声で感染するかもしれない」
低い声で言う。その手にはスタンガンが握られていた。
「これは誰の差し金だ? オウムの嫌がらせか? お前も、なんで断らない? チームでそんなに立場が弱いのか? なにかあったら二人とも死ぬぞ?」
傘を横にして俺へのシールドにする。
「こ、声にフェロモンはない。飛沫にも」
「だとしてもエチケットだ」
俺の手にマスクとフェイスガードが現れる。
「蘭に交替するようお願いした。だが夢月が『蘭ばかりずるい! 私だって智太君と会いたいのに任務だから我慢しているのに! だったら模擬戦で決めよう! 勝った人が智太君とデート!』などと騒いだため、お前どもの言い分に従う羽目になった。
……一月たつのに、夢月から相生ウイルスが抜けない。二度と私にうつすなよ。下手すると、花と月に一回ずつ殺される」
俺の報酬が雪月花でなんと呼ばれているかを知った。フェイスガードは堪忍してもらい、黒い布マスクだけをつける。俺の手に端末が現れる。
「画面を見ろ。薄い黄色で囲まれている範囲が緑モスの潜伏場所だ。いまは大田区全体を覆っているが、近づけば色が濃くなり勝手にズームされるらしい。ちなみに月チームは洗足池、花チームは田園調布を探る。徹底的に追いこんで、私たちが手柄を取るぞ」
***
大森は警察が多く感じるのは気のせいだろう。俺が職質を受けて、道の反対側を歩いていた柚香が、私たちは日焼けが苦手なんですと助けてくれる。若い婦警がいたから顔をさらさずに済んで助かった。以後は並んで歩くことにする。
「柚香はマスクもサングラスもいらないよ」素顔が見たい。
「慎重なだけだ。一部の不用心なチームといる時は、顔は極力晒さない」
日傘を深くさされても、横に並んで歩けるだけで嬉しい。でも水族館なんて言いだせるムードではない。
「前に亀の隊長と任務で会っただろ? 会話中ずっと彼女の胸を見ていたらしいな。新しい赤モスは極度の乳好きだと言っていた」
亀甲隊の女性隊長はおそらくFカップ。下着を装着せずに黒い密着したスーツを着ていたから、形状も先端もはっきりと覚えている。でも。
「あの人の胸は本物かな――」
しまった。口にだしてはいけないことだ。
「ぷっ」と柚香は吹きだしてくれた。
「本人に聞けば? でも隊長さんは、紅月が地獄耳なのを知らなかった。嫉妬かなんだか知らないけど、奴は80メートル向こうから隊長に
「……朧月って?」
「相手を靄に包みかく乱する補助系魔法。でも威力がありすぎるから、レベル60以下の敵は消滅する。100以下は生き延びるけど体が溶ける。亀の隊長は距離があったから肌は日焼けぐらいで済んだけど、それでも全裸になった」
それはもはや補助攻撃とは言えない、なんてどうでもいい。俺へ身構えていない、この声だ。あの美女の素っ裸よりも、いま横にいる彼女の顔を見たい。本心。病室で削れきった体を寄せあった二人。こんな距離に戻させるはずがない。
「カフェで休もう。一席開けて横並びなら安全だから」
スカシバレッドの正体が、自分より30レベルも高い相手に挑む。サングラスにマスクの柚香が日傘をあげて、勢いに押されたようにうなずく。